第73話、家庭のことはよくわからないが……


「……実は、私には娘がいるのです」


 学者のクロキュスは言った。


「ほう、娘さんが」


 見た目からして四十代といったところのクロキュスである。子供の一人や二人いてもおかしくはないだろう。

 成人したあたりで結婚というのが珍しくない国だとすると、最短ではその娘も成人済みで、もしかしたら孫が産まれた直後の可能性も――


「晩婚だったので、実はまだ10にもなっていないのですが――」

「あぁ、そうなんですか」


 いつ結婚し、いつ子供ができるかは、それぞれではあるな、うん。……で?


「問題というのは、その娘さん絡みで?」

「はい」


 クロキュスは頷いた。


「妻が流行病で亡くなり、家族は私と娘の二人だけなんです」


 なるほど?


「私が昼間、仕事に出ている間は、ご近所さんに娘を預かってもらっていたんですが……。少し、いや問題となりまして、原因は私にあるのですが」


 ご近所さんに預けた娘。原因は自分にあるというクロキュス。預けているご近所さんに問題がないなら、あれかな。


「私の迎えが遅いことで、あちらにご迷惑をかけてしまいまして――」


 一日程度なら、そういう日もあるさで済む。が、ここ最近毎日となると事情も異なる。ご近所さんにも家庭があり、夜ともなれば、早々に寝る一般家庭にあって、迎えがいつ来るわからず、真っ暗闇の中、起きていなければならないというのは非常に迷惑な話である。

 就寝時間の前には、預かっている娘を迎えに来て、ということだ。そしてそういうストレスは、娘のほうも敏感に感じ取って居心地を悪くさせてしまう。


「父親は一人なのだから、子供との時間もしっかり作れとお叱りを受けまして」

「それはそうでしょうな」


 個々の家庭のことはよくわからないが、そういうものだというのは勉強している。

 一番の解決方法は、父親であるクロキュスが暗くなる前に帰って、娘を迎えに行くこと……なんだけど、そう簡単な話でもないわけだ。


「要するに、娘さんも先方で気まずい思いをしているので、こっちに連れてきたい、ということですな?」

「っ! ど、どうしてそこまで!?」


 あぁ、図星だったか。私に相談した時点で、そうなるんじゃないかなって思っただけだ。何せ、ここの主は私だからね。

 クロキュスにとっても、娘がここにいるなら、夜遅くまで本に没頭していてもいいもんね。……いいわけあるかぁ! 娘さんともっと時間を作りなさいよ! と本に書いてあったぞ。


「娘は、本を読むのが好きなので、彼女にも勉強を兼ねて、ここの本を読ませてあげたいのですが……」


 本が好き、というか、お父さんが構ってくれないから、渡された本を繰り返し読んで時間を潰しているだけじゃないかな? ……などと邪推してしまったが、真相はいかに。


「まあ、いいでしょう」


 私に迷惑をかけないならね。……何が迷惑になるかは、その時にならないとわからないけど。その時は、クロキュスも覚悟してもらうよ。



  ・  ・  ・



 ということで、クロキュスの娘ペッシェが、我が魔境の家にきた。

 年齢は8歳だという。わかってはいたが、ここにきた最年少記録更新だな。


「ペッシェです」


 非常に大人しそうな子だった。茶色い髪をショートカットにしていて、こざっぱりしている。やや人見知り気味なのか、口数が少なそう。


「ジョン・ゴッドだ。よろしく」


 まずは、ここの特製フルーツジュースをあげよう。たぶん、ここで一番接点が多くなるだろう私とフォリアで、ペッシェちゃんと顔合わせ。


 それ以外の人間は、それぞれ自分の仕事関係で、ここに来ているから、クロキュスと同じく遊んであげる人もいないだろう。

 イリスは……まああれでお姫様だから、あまり気安く接して問題になると困るし、別にいいだろう。


 さて、いざここで昼間過ごすことになるが、基本はクロキュスと共に図書室にいて、お勉強をするということになっている。私に大きな迷惑はかけないという話ではあるが、はてさて……。


 私は、他にやることがあるからずっと見ていることはできないが、フォリアが観察したところによると。


「本が好きなのは、間違いないですね」


 図書室にある沢山の本を見て、目を輝かせていたという。自由に見ていいと言われたら、さっそく適当に本をとって、父クロキュスの近くの席で静かに本を読んでいた。


「あの子、凄く賢いですよね。8歳で本が読めるんですもん」


 そういえば、フォリアは本が読めるようになったのは、つい最近だったね。ペッシェちゃんは幼少の頃から本に接する機会があったんだろうな。

 父親が学者だから、家にいくつか本があったと思っていいだろう。……環境って影響するんだなぁ。


 大人しい見た目どおり、本を読んでいる間も図書室にいる間も、非常に静かで、他の利用者の迷惑になるようなことはなかったようだ。

 幼いから、周りの邪魔や迷惑にならないか不安もあったが、よくできた子だと思う。……と言ったら、話を聞いたイリスが首をかしげた。


「それでいいのかぁ……」

「というと?」

「子供って、もっと元気に遊んでもいいんじゃないかなって思う」

「そうでしょうか? 普通だと思いますよ」


 フォリアは、反対するように言う。


「子供でも、働いている子は、大人に叱られないように行儀よくするものですし」


 生まれの差が出たようだ。

 両親を失い、周囲の大人たちに支えられたとはいえ働いていたフォリアと、王族として育てられたイリス。見てきたものが違えば、考え方も違うものだ。異質ととるか、普通ととるか。……人間って難しいね。



  ・  ・  ・



 クロキュスが娘を連れて図書室で仕事をし、問題もなく過ごしている間、私は機械騎兵のナイトを仕上げ、いよいよ飛行型の試験を行う段階にこぎつけた。


 これが完成すれば、クラージュ第二王子ご希望の専用機械騎兵の開発に取り掛かれる。王族用飛空艇については、ゴーレムたちの協力のもと、すでに建造は始まっている。

 聞けば、王都でも私の改良案を元に、一般騎士用の機械騎兵の量産準備が進められているとか。


 ソルツァール王国を取り巻く情勢を考えれば、いいことではあるが、世の中そう都合よくはいかないものだったりする。

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