第72話、困窮は争いのもと


 聖剣のようなもの、実質聖剣をもらって、クラージュ王子はよっぽど嬉しかったのだろう。家族に自慢してまわっていた。


「……よかってのですか、ジョン・ゴッド様?」


 第一王子のグロワールは、些か渋い顔で私に言った。


「君も、剣が欲しいのかい?」

「いえ、そういうわけでは」


 違うのか。弟がいいものをもらったから、自分も欲しくなったのかと思った。


「俺は、あいつと違って武器を振り回すことは好みではないので」

「そうか。まあ、あの剣は、この国を守るために力を最大限に発揮するものだ。いざという時には頼りになると思うよ」

「……やはり、危機は迫っていると」

「どうかな」


 それは私より、王族のほうが詳しいんじゃないかな。

 ここ最近、グロワール王子は私のもとに訪れて、ディスカッションを希望する。何かしらのテーマを決めての会話は、ここでは中々ないから、あまり長くならない程度で私も楽しみにしている。

 彼は第一王子ということもあって、国の統治、発展、戦争など、今後に影響するだろう話題を好んだ。


「――国が豊かになれば、戦争をする必要がなくなる」


 この近辺の国々の歴史を知識の泉で調べたところによると、争いの原因のほとんどが、不作による食料不足にあった。


「領土拡大を図ったり、あるいは宗教が違うから、という理由もありますよ? 後、面子が潰されたどうの、という貴族同士のプライドなどの面倒な理由もあるようですが」

「領土を欲しがるのは、略奪が必要なほど困窮していることが多い。お金はあっても買えないから、そのお金を軍備に使って、他の領地から奪う。作物は一日二日で育たないからね、周りから奪うのが手っ取り早いというわけさ」


 自分のところのなけなしの物資を使って、それよりも多くを奪えれば、やる価値はあるだけだ。


「……そう言われると、そうかもしれません」


 グロワールは腕を組んだ。でも、そうだね――


「宗教に関しては、戦争の口実であることも多い。ただ、この場合は、それを認めない、蔑ろにした、で戦争になる場合もあるからね。でも、何故そうなったか、と考えると、やっぱり困窮が根底にあったりするんだよ」


 余裕がある時は、戦争は起こらないものだ。そしていざ戦争となった時、人を動かすには、動機が必要になる。

 戦争なんて、人を殺す、殺されるなんて状況で、そこに駆り出される農民やらは、できれば戦うことなく五大満足で帰れることを望む。いくら従軍すれば給料がもらえると言ってもね。


「要するに金銭だけでなく、感情に訴えるわけだね。人間は自分のものを盗られるのは嫌だし、信じるものを貶されれば怒るものだ。そういう感情を刺激して、人を動かす。人間は、やる気になれば強いからね」


 イリスだって、聖騎士としてドラゴンにも立ち向かう勇気を持っている。だけど一般の人から見たら、ドラゴンに立ち向かうことすらできない。やる気だけではどうにもならない事柄ではあるけれど、やる気にならないと立ち向かえないのも事実だ。


「やる気を起こさせる……」

「やる気がないと人をなじるのは簡単だけど、やる気を引き出せば、人は強くなるものだ。……まあ、突き詰めるとそれが大変なんだけどね。だから共通して人を動かすものにするのがいいわけだけど」

「それが、宗教だったり、民族だったりするのですか」

「シンプルかつ、わかりやすいものだね。難しく理念や理屈では、民はついてこない」


 いまいち士気が上がらなくなるわけだ。我々は、何のために戦っているのですか?――というやつ。そしてそれが動かしている人の個人的理由だったり、自分たちには関係のない話だったなら、やる気は起きないのだ。


「だから人を動かすなら、これこれこういうことがあってあなた達も危ない。だからそうならないために頑張りましょうって。巻き込んでしまうといい。人間、自分が関係していることだと、頑張るからね」


 無関係でいられる人は、そもそもそのために頑張らない。他人事で済んでしまう。だけどここで無理矢理動かそうとすると、反発されてしまうわけだ。


「だから強制的に連れてこられた者は弱い。上から自分の都合だけで高圧的に命令すると、表面上は従っているけど、やる気はない、仕事はできない無能集団になってしまうんだ」

「……」


 グロワールがじっくりと考え込んでいる。……うん、やる気というワードで、そっち方面にいってしまったが、本題は、豊かな国は領土戦争をしない、という話だったな。


「すまんね。話がそれてしまった」

「いえ、人を動かすことについて、大変参考になります。……思い返してみて、何となくふに落ちたことがいくつかありました」


 どうやら、王子の中で色々心当たりがあるようだ。


「なら、君にとって無駄話ではなかったわけだ。それはよかった」


 じゃあ、話を戻そうか。


「国が豊かであれば、仕掛ける理由はないが、逆に仕掛けられる理由になったりするのが面倒なところだ。自分たちが仕掛けなくても、豊かな土地とみれば欲しくなってしまう……。生き物というのはそういうものだけれど」


 弱肉強食。強い生き物が何事も優先される。強者がよい場所を独占し、支配者になるのは、人間に限らず、野生の生き物にも見られる話だ。


「ただ先のやる気の問題にも繋がるけれど、攻める方は相当な理由がいるけれど、守る側は戦う理由は簡単なんだ。自分たちの国、生活、家族を守る、それだけだからね」

「そうですね」

「で、私が言いたいのはだね。よそから奪うことに注力するより、今の自分たちの国を発展させることだ」


 現状、作物の生産の効率化を図れば、わざわざよその領地を奪わなくても、この国は豊かになれるんだ。


「――ということで、ここに本がある。全てが正しいとは限らないけど、王国の食料事情や技術発展に貢献できることが記されている。暇があれば読んでくれ」

「ありがとうございます、ジョン・ゴッド様」


 グロワールは、私から本を受け取り、頭を下げた。


「本日もお話を聞けてよかった。大変勉強になりました」



  ・  ・  ・



「ジョン・ゴッド殿、よろしいですか?」

「――何かな、クロキュス殿」


 国王がオーギュストという偽名を名乗ってここへ来た時、同行していた学者さんだ。彼は、我が家の図書室にある本を見たくてやってきた。個人的にほとんど話していないが、ここの常連の一人だ。


「折り入って、ご相談があるのですが……」

「何でしょうか?」


 改まって言われると、こちらも背筋が伸びるね。クロキュスは、その冷めた顔つきに、たっぷりの躊躇いを混ぜて言った。


「こちらにある蔵書はどれも素晴らしく、私の研究も大いにはかどっています」

「夢中になってますよね」


 朝から晩までいるんだから。そう告げたら、クロキュスは苦笑した。


「お恥ずかしい話ですが、その通りです。つい時間を忘れ、夜までここに留まってしまう……」


 学者さんを満足させる本があるというのは、悪い気はしないね。


「ただそれで、一つ問題が発生しまして……」

「ほほぅ……?」


 問題? いったい何があったんだい?

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