第70話、王子と神の対談


 ジョン・ゴッドは、俺との対談を受けた。

 この自称神がどういう人物なのか、疑問はすべてぶつける。俺個人としても、ソルツァール王国第一王子としても、モヤモヤは振り切っておきたい。


 一対一で向き合っているのに、ジョン・ゴッドは実に落ち着き払っていた。むしろ俺の方が緊張しているかもしれない。王子としての身分、権力が、まったく役に立ちそうになかった。


「貴殿はどこの生まれか?」


 王国出身か? それとも別の国か? ここまで無名だった謎の人物は、果たしてどこから生まれた?


「天界、神界とも言われているところの生まれです」

「……」


 この答えは、真面目に、そして意気込んでいたから、正直ふざけるな、と声にでかかった。我ながらよく抑えた。

 そうだ、この人は、挨拶の段階で『神』だと名乗っていた。できれば冗談の類いであってほしかったが、その時から回答はブレていない。腹立たしいことに。


「信じる信じないは、あなたの自由です」


 ジョン・ゴッドは、まったく悪びれずに言った。いいだろう、その設定を通すか。


「貴殿は神と名乗った。……ここに来るまでは、何をされていた?」


 魔境に来る前は、何をしていたか? さあ、これでどうだ? 俺を納得させられる理由を話してみろ。


「天界で、規則を破った神を追放する役目をしていました」


 淀みなくジョン・ゴッドは言った。


「追放担当、追放神とも言われていました」

「追放神……」


 神にも追放担当なんてあるのか? 俺は考えてしまった。これはあれか? 神と言っているだけで、普通にどこかの国の話だろうか。


「こちらでは聞かない名前だ」


 ちょっと面食らってしまった。


「私は神と言っても、高くもなく低くもない、凡庸の位にいるので、実質無名も同然です。地上世界で言うところの、宮仕えの役人でしょうか」


 あぁ、わかりやすい例えだ。神の世界か、どこかの国での出来事だろうが、俺はだいたいのところで理解できた。

 とりあえず、合わせておくか。


「そんな追放神が、何故ここへ?」

「些か真面目に仕事をし過ぎたようで、上位の神々から睨まれました」


 は? 


「追放した神にお気に入りがいたのでしょう。そのことで顰蹙ひんしゅくを買って、私が追放されたというところです」

「真面目に仕事をしていたのに、追放されたのか?」


 真剣に仕事に取り組んだ人間を、個人のお気に入り云々で追い出す? なんて無能な組織だ!


「正しい行いが、必ずしも正しいとは限らない、ということですな」


 ジョン・ゴッドは、実に穏やかな調子だった。自分が追放されたのに、憤りも悲しみもそこには感じられなかった。


 彼は、受け入れているのだ。理不尽な追放を、ひょっとしたら理不尽とも思っていないのではないか? ジョン・ゴッドはそれを寛容にも受け入れた。彼の話が本当であるなら、仕事ができなくて追放されたわけではない。組織の不興を受け止め、悪化しないうちに自分が抱えて、追放に従ったのだ。


 何と心が広いことか。すでに組織から外れても、それを悪く言うこともなければ恨み言の一つもない。

 その点は、俺はジョン・ゴッドに好感を抱いた。当人がいないからと、人はつい本音を漏らすものだが、彼が前の所属に敵意や恨みを持っていないのは理解できた。


「失礼した、ジョン・ゴッド殿」


 質問を続けよう。


「貴殿は、この国の外から来た。何故、魔境に拠点を構えたのだろうか?」

「特にやることがないので、人のいないところでまったり過ごそうかと思いまして。私は追放されたとはいえ、神なので、人の住む場所に行くこともない」


 ……この人は、本当に神様なのかもしれない。追放され、寄る辺のない身なれば、再出発を兼ねて、人がいる集落なりに頼るものだ。


 それがどうだ。とりわけ危険な魔物の徘徊するとされる魔境で、こんな立派な屋敷を建ててしまっているのだ。そこらの追放者がそんなことができるか? それこそ、他国が諜報員を活かすために大規模な支援をしなければ無理だろう。


 そしてそれをやると、魔境でそれは実に効率も悪く、ここまで豪勢な拠点にする意味がわからない。ここが諜報員が住むには不便過ぎる場所だが、贅沢なのだ。


「元いた場所を追放され、我が国に流れ着いた……。しかし貴殿にとっては、この国には縁もゆかりもないはずだ。しかし、我々に対して協力的で……それは実に助かっているのですが、何故、協力してくださるのか?」

「協力……」


 ジョン・ゴッドはそこで初めて少し考えるような顔になった。


「あまり協力しているという実感はないんですよね。……ただ、介入しないと面倒なことになる、と思った時に動いていることが多いですね」


 放置すれば面倒確定の時、ジョン・ゴッドは、その面倒が嫌で動いている、という。……なるほど。


「そう考えると、貴殿の行動の幾つかには納得できます。ちなみに、姉上を助けられたのも、その介入しないと面倒になる、あるいはなっていたということですか?」


 俺としては、置物姫などと陰口を叩かれていた姉上が元気になり、そして活躍しているのは気分がよい。何せ母も同じ、実の姉弟であるわけだから。その点は、ジョン・ゴッドに感謝している。


「あれは偶然だね。私がたまたま育てていた薬草が、秘薬に必要な素材だったというだけだ」

「そうなのですか? 貴殿は、ずいぶんと姉上に肩入れをしたようですが……」

「魔法を教えたことかな? 神というのは、気に入った存在に肩入れしがちではある。時々、神の加護をもらった人間が現れるでしょう? あれと同じだよ」


 偶然助けた、と聞いて、少しがっかりした。あれだけ神を疑っていたのに、ジョン・ゴッドが神で、姉上が特別に選ばれた存在だったのでは、と期待してしまったのだ。


 自分の都合のよさに呆れつつ、しかし、後半の神は気に入った存在に肩入れしがち、という言葉で、少し持ち直した。姉上は、ジョン・ゴッドにしっかり肩入れされていた。


 それはそれとして、そうなると――


「機械騎兵を提供してくださるのは?」

「聞けば、隣国だとか、諸外国から安全を脅かされる可能性があるそうだね」


 これは……もしや! 彼がジョン・ゴッドが神であるならば、予言ではないか? 俺は思わず息を呑んだ。


「――私個人が介入しなくて済むように、魔境でのんびり生活するための布石というものかな。追放されたとはいえ、神が人間の争いに直接出しゃばるのはよくないからね。間接的に根回ししておこうと思って」

「未来が、見えていらっしゃるのですか、ジョン・ゴッド殿? だから先に起こることがわかっているから、備えている――」

「神様だってそんな便利なものじゃないよ」


 ジョン・ゴッドは、やんわりと否定した。慌てるでもなく、落ち着き払って。


「私に未来がわかっていたなら、追放されることもなかっただろうけどね」


 ああ、この方は……。未来を見ているに違いない。しかし同時に神は万能ではないとも言っている。


 だがそれでも、今できることをし、それは結局このソルツァール王国を助けている。何より彼は、我々に危機に備える時間と力を与えてくださっているのだ。

 ジョン・ゴッド様は仰った。


「力がなくとも、予想はできるからね。早かれ遅かれ、大変なことは起こる。そのための準備は無駄ではないと思うね」


 大いなる神よ。試練に立ち向かう手助けをしてくれているのですね。そしてその試練には打ち勝てると後押ししてくだった……。ありがとうございます、神よ。

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