第69話、神と王子の対談


 グロワール・ソルツァール第一王子が、私と対談を希望した。……これまで会ったソルツァール王族の中で、私に対して一番疑いの感情を持っていたからね。


「――さて、私とお話したいということでしたが」

「貴殿のことが知りたい」


 グロワールはきっぱりと告げた。


「ただ、中には人がいては答えにくいものもあるかもしれない。だから一対一での対談を希望した」

「なるほど」


 それなりに配慮しての対談というわけだ。だが裏を返すと、聞きにくいことも質問するぞ、という宣言にも等しい。


「伺いましょう」

「まずは、貴殿はどこの生まれか?」


 生まれね……。王子たちには神だと名乗っているからね。正直に言うべきだろう。


「天界、神界とも言われているところの生まれです」


 その答えに、グロワールの表情が強張った。最初に神と名乗った時も、そんな顔をしていたね。

 信じられないということだろうか。それともあからさまに嘘と受け取っているのか。


「信じる信じないは、あなたの自由です」

「……貴殿は神と名乗った」


 グロワールは少し考えながら言った。本当は『神なのか?』と聞きたかったのかもしれないが、私はそうだともう言っているからね。今更、それを聞いたら、最初の紹介で何を聞いていたという話になるから、変えたんだろう。


「ここに来るまでは、何をされていた?」

「天界で、規則を破った神を追放する役目をしていました。追放担当、追放神とも言われていました」

「追放神……、こちらでは聞かない名前だ」

「私は神と言っても、高くもなく低くもない、凡庸の位にいるので、実質無名も同然です。地上世界で言うところの、宮仕えの役人でしょうか」

「なるほど、理解した」


 グロワールは少し表情を緩めた。どうやら、この例えは彼には刺さったようだ。


「そんな追放神が、何故ここへ?」

「些か真面目に仕事をし過ぎたようで、上位の神々から睨まれました。追放した神にお気に入りがいたのでしょう。そのことで顰蹙ひんしゅくを買って、私が追放されたというところです」

「真面目に仕事をしていたのに、追放されたのか?」


 グロワールは、かすかに驚いたようだった。私は頷いた。


「はい」


 神々の世界にも秩序というものがあって、私の存在は一部の上級神にとって不愉快になったのだ。それが続けば、他の神々にも悪い影響が出る。そのために天界は私を追放することで、安定を図ったのだ。


「正しい行いが、必ずしも正しいとは限らない、ということですな」

「……」


 グロワールはじっと考え込んでいる。私の話をどこまで信じているのかはわからない。だが、まったく信じていないという様子もない。信じていないなら、すでに声を荒らげるなり、嘘をつくなと言っているだろうから。

 私は、じっと王子が考えをまとめるのを待った。神様ともなると、相手を待つことに苦痛を感じることはない。


「失礼した、ジョン・ゴッド殿。質問を続ける――貴殿は、この国の外から来た。何故、魔境に拠点を構えたのだろうか?」

「特にやることがないので、人のいないところでまったり過ごそうかと思いまして。私は追放されたとはいえ、神なので、人の住む場所に行くこともない」


 神であるなら、どこに住もうが勝手だ。人間ではないから、人間の法も関係がない。

 グロワールはまたも考えをまとめるためか押し黙る。少しして、彼は口を開いた。


「元いた場所を追放され、我が国に流れ着いた……。しかし貴殿にとっては、この国には縁もゆかりもないはずだ。しかし、我々に対して協力的で……それは実に助かっているのですが、何故、協力してくださるのか?」

「協力……」


 しているのかなぁ? 私は別に、そういうつもりはなくて、協力しているというのなら、それは結果的にそうなっているだけではないか。


「あまり協力しているという実感はないんですよね。……ただ」

「ただ?」

「……介入しないと面倒なことになる、と思った時に動いていることが多いですね。放っておくと、結局自分の周りも危なくなるとなれば、さっさと危険を取り除いたほうがよい、と」

「……なるほど。そう考えると、貴殿の行動の幾つかには納得できます。ちなみに、姉上を助けられたのも、その介入しないと面倒になる、あるいはなっていたということですか?」


 幻の秘薬の材料を提供した話かな? 


「あれは偶然だね。私がたまたま育てていた薬草が、秘薬に必要な素材だったというだけだ」

「そうなのですか? 貴殿は、ずいぶんと姉上に肩入れをしたようですが……」

「魔法を教えたことかな? 神というのは、気に入った存在に肩入れしがちではある。時々、神の加護をもらった人間が現れるでしょう? あれと同じだよ」


 フレーズ姫は生い立ちから損な人生を送ってきて、それでも前向きだったからね。

 実のところ、彼女がアンデッド騒動を単独で鎮められるような実力者になってくれたら、王国からそちら方面で目をつけられることはないかな、という思惑もあるにはある。


「ふむ……。機械騎兵を提供してくださるのは?」

「聞けば、隣国だとか、諸外国から安全を脅かされる可能性があるそうだね」


 そう言ったら、グロワールが目を見開いた。どうやら彼も気にしているようだ。王族だから、周辺国との事には敏感か。


「私個人が介入しなくて済むように――魔境でのんびり生活するための布石というものかな。追放されたとはいえ、神が人間の争いに直接出しゃばるのはよくないからね。間接的に根回ししておこうと思って」


 全ては、自分とその生活環境を守るため。火の粉が降りかからないための準備というやつだね。


「未来が、見えていらっしゃるのですか、ジョン・ゴッド殿?」


 グロワールは真顔だった。


「先に起こることがわかっているから、備えている――」

「神様だってそんな便利なものじゃないよ」


 もちろん、見ようと思えば未来が見える神様もいるだろう。見えるけど、敢えて見ない神様も。


「まあ、私に未来がわかっていたなら、追放されることもなかっただろうけどね」


 そう言ったら、グロワールは察したような顔をした。追放されたということは、それが予見できていない――つまり未来を見えないのだろう、と。


「力がなくとも、予想はできるからね。早かれ遅かれ、大変なことは起こる。そのための準備は無駄ではないと思うね」

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