第68話、第一王子、観察する
知らない世界に来てしまったようだ。
俺は、グロワール・ソルツァール。この国の第一王子だ。
最近、俺の周りで話題になることが多いジョン・ゴッドなる人物の屋敷へと来ている。噂通り、ここは王都とはまったくの別世界だ。父上と母上がこちらに別宅のように行き来しているのも理解はできる。
ここの環境は、実に快適だ。
それは俺も認めるところだ。ここが謎の御仁の屋敷でなくて、王城や王家の屋敷であったなら、文句のつけようがない。俺だって、こちらを選んだだろう。
肝心のジョン・ゴッド――
感情の見えない男だ。人間とは演じる生き物だと俺は思う。第一王子をやっていると、初対面から素を出す人間に会ったことがない。必ず無害を装う。
王族に敵対するつもりで近づくというのは、普通は不可能だ。そしてこちらの機嫌を損ねないように、従順な臣下を演じる。
でも実際、俺や王族と接していない時は、口調も変われば態度も変わる。俺はそういう挨拶や面談後の態度の変わる人間をごまんと見てきた。
だから、装う顔と実際は違うということを俺は理解している。そういう人間ばかり見ているから、初対面の挨拶で見せる顔の奥を見るようにしている。
無害を装っているのはわかっているから、実際にはどういう感情を抱いて、何を考えているのか。視線、瞬き、汗、細かな仕草、挙動に、その人間の素が現れる。だから俺は見逃さないようにする。
その結果、ジョン・ゴッドは『不気味』だった。口調こそ普通だが、態度に迷いは一切なく、王族に対して、緊張はない。……その辺りは父上たちとの会談で慣れてしまっているのかもしれない。
しかし、それを差し引いても、ジョン・ゴッドの態度は、それまでの人間のそれと違う。姉上は神、それが無理なら王族と接するようにしろと注意されていたが、なるほど、この落ち着きぶりは、そうなのかもしれない。
しかし、だからと言って姉上のようにジョン・ゴッドを神として見るのは、どうにも抵抗があった。
それならばせめて、ジョン・ゴッドが何者か、魔境で何をしているのか見てやろう。
まず見せられたのは、機械騎兵。――これは……初っ端から見せつけられた。王城で再現された古代文明の機械騎兵とは、まるで別物だ。そしてそれを実際に妹――第七王女のイリスが扱いこなすのを見て、性能もまた段違いの代物だと理解した。
これが王国に正式に配備されたなら、領土拡張を狙う強国の侵略に怯えることもなく……いや、我々が逆にそれらを制することも可能ではないかと思えた。
昨今、隣国の動きが怪しく、我が王国の防衛にも力を入れなければならないのは確定事項。隣国に機械騎兵が少数ながら量産されているという情報も漏れ聞こえているから、我が国も機械騎兵の配備は急務と言えた。
……そう考えるならば、ジョン・ゴッドは他国の者ではないと思える。何故彼が独自に機械騎兵を作っているかはわからない。しかしその操縦を、我が国が誇る最強の聖騎士であるイリスに任せている以上、あの機械騎兵も彼女に託すつもりなのだろう。それは我が国の戦力アップに繋がる。
そして弟クラージュも、自分用の機械騎兵が欲しいと口にしたら、作ってもいいという始末だ。
その技術力もさることながら、隣国や他国の者なら、我が国の軍の強化に繋がるようなことはしない。
散々疑わしいと思って乗り込んだのに、早々に敵ではない判定に傾きそうだった。これを意図的にやっているなら、ジョン・ゴッドは大したものだ。だが俺はそう簡単に騙されるつもりはない。
味方と見せて、疑いを解き、こちらを油断をさせる腹かもしれない。クラージュの機械騎兵の件も、口から出任せかもしれないしな。実際に用意するまでは、何とでも言えてしまうものだ。
地下工房の機械騎兵の後は庭をしばし移動。姿の異なる複数のゴーレムを目撃した。如何にもゴーレムといったものもあれば、馬型やウォークバード型など、動物を模したものもあった。
これらもジョン・ゴッドが製作したものだというから、なるほど上級魔術師というのも頷ける。王国の魔術師で、ここまでのものを作り上げられる者が、果たしてどれほどいるのか。少なくとも、俺はここまで奇怪な形のものは見たことがない。
ゴーレムの後は、飛空艇だ。……2隻ある!
「新型の推進装置を搭載しました」
ジョン・ゴッドは、さも当たり前のように説明した。同じ形で船を作ったのは、推進装置の性能差をわかりやすくするためだという。
「安全性が確認できれば、王族専用の飛空艇にも新型を装備できれば、と思っています」
聞けば、父上がジョン・ゴッドに飛空艇の建造を依頼しているのだとか。それは初耳だったが、すでに飛空艇を調達する算段がついていたらしい。……ここにある飛空艇を購入なり接収しないのは、よりよいものを手配済みだから。懐が深いのか、父上が上手くやったのか、果たして。
ここまでは実に文句の付け所がない。彼が何者であるかは知らないが、ふって現れた天才が、我が王国にその技術と能力を惜しみなく提供してくれている。
これは王国が保護すべき対象だ。この才能は、ソルツァール王国に繁栄をもたらすに違いない。
頼もしきことだが、果たしてこのままでいいのか、疑問は残る。
彼はこれまで何をしていたのか。王国の人間なのか、別の国の人間なのか。後者ならば何故王国に協力するのか。何故、魔境に住んでいるのか。
疑問は尽きない。
父上は、どうもそう言った疑問には触れず、今のジョン・ゴッドを信用しているようだった。母上は、政治的な話はしないから、現状よければよいと思っていると思う。
姉君は、すでにジョン・ゴッドの信者と言っていいほど、取り込まれているので信用できない。
では、どうするべきか? 決まっている。彼と直接話をするしかない。俺の評価として、不気味なままにしていては、心配で眠れなくなる。
ということで、俺はジョン・ゴッドと直接、対談を希望した。彼の答えはシンプルだった。
「いいですよ」
承知しました、ではないところが、すでに一般人のそれではない。最低でも他国の王族に接するように、とは姉上もよく言ったものだ。
神だの王族だのと注意されてなければ、どこかでその態度は何だとカチンときていたかもしれない。姉上には感謝だな。
もし私か、あるいはジョン・ゴッドの気分を損ねていたなら、対談は叶わなかっただろうから。……いや、さすがに姉上は遠慮してください。
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