第67話、王子、魔境の主が気になる2


 オレにとって、魔境ってのは実は二回目だったりする。何年前に、王国軍で魔獣討伐という名の魔境探索があった。


 クラージュ・ソルツァール、ここにあり! 第二王子でありながら、戦士として鍛えてきた実力ってやつを披露する時がきたって、まあ意気込んで乗り込んだんだがな。


 オレは体格が恵まれていたこともあって、それなりのものだったんだ。だがその時は、散々な目にあった。

 やっぱり魔境の化け物どもは強いわ。噂が敵を大きくしているんだ、なんて言って騎士たちを鼓舞したが、実際、噂の通り魔境の生き物は強かった。


 今だったら、あの時よりももっと上手くやれると思う。だがまあ、因縁がある森だったから、ジョン・ゴッドの屋敷とやらに着くまでは緊張したものだ。


 ……転移石ってのは、本当にすぐ着いてしまうんだなぁ。森の中に建つ屋敷は、なるほど形は立派な屋敷だが、これまで見たこともない造りをしていた。

 同行するグロワールの兄貴も、この珍妙な建築様式にしばし奇異な目を向けていた。フレーズの姉貴が振り返る。


「さあ、行きますよ」

「おう」

「……」

「こんな魔境に屋敷を建たるんだ。まあ、普通じゃねえわな」


 何か言いたげに黙しているグロワールにも声をかけて、オレたちは、いざ屋敷へ。

 ……まあ、色々驚いたね。王城より快適でやんの。フカフカのソファーに、美味いジュース。できれば酒がよかったが、これはこれでよいものな。


 ジョン・ゴッドという男は、体格としては普通。これといって特徴がない。だが只者じゃないなってのは感じる。


 昔見た剣の達人がまとっている空気に近いものを感じた。何といえばいいのかな。ジョン・ゴッドの周りだけ、冷たい氷水のようなものがあるような、そんな感じだ。

 間違っても触れたらやばそうというか、初対面でハグや挨拶したら冷たそうって感じたのは、今回が初めてだ。


 何というか、人って触ったら温かかったり熱かったりするもので……いやたまに手が冷たい奴もいるのだが、それでも温もりってもんがあるんだ、人間って。

 フレーズの姉貴はジョン・ゴッドを神だと言っていたが、神って温かみとかあるもんじゃないのかって思う。


 なお、自己紹介でジョン・ゴッドは神を自称した。真面目なグロワールは、眉をひそめていた。こういう冗談を嫌うタイプだからな、兄貴は。


 オレも事前に姉貴から聞いてなくて、さらにジョン・ゴッドのまとう独特の空気を感じてなかったら、詐欺師の類いだと軽蔑したかもしれん。彼の空気が、只者ではないと思わせる以上、下手な冗談とも受け取れなかった。


 姉貴の言う通り、オレもジョン・ゴッドには殿をつけて話すことにした。実際に、オレたち王族を前にしても、まったく緊張することなく自然体に振る舞える人物だ。神が降臨したなんて、今でも信じられないが、そういうふうに対応しようとオレは決めた。


 それからオレたちは、屋敷とその周りを案内された。……だからよう、フレーズの姉貴。そんな怖い目でオレたちを見ないでくれ。熱心なジョン・ゴッド信者というのは、この人を見ていればわかるってものだ。


 まず見せられたのは、彼が個人で製作していた機械騎兵『ナイト』。……機械騎兵って個人で作れるもんなのか?

 最近、遺跡から古代文明の機械騎兵が発掘され、修繕されたのはオレも知っている。実際に見た。


 だがここの機械騎兵『ナイト』は、古代文明産とはまるで別物だった。グロワールの兄貴が珍しく『美しい』などと言っていた。

 確かに、これは王城で再生された機械騎兵とはまったく違う。より人の形に近いっていうか、騎士の姿をした巨人といっても通用すると思う。ただオレの中の巨人は、もっとマッスルな体型だから、こいつはスマート過ぎる印象だがな。


 兄貴は、一目見てナイトが、そこらの機械騎兵よりも強いと考えたようだった。オレには機械のことでそこまで確信は湧かないんだけどな。

 で、このナイトはお飾りではなく、動くということなので、実際に動いているところを見ることになった。


 驚いたのは、第七王女、つまり母親は違うが妹であるイリスが、これを操縦したってこと。相変わらずオレらには、一定の壁みたいなもんがあるイリスだが、まあそれはオレがこいつをライバル視しているからかもしれない。


 王国一の聖騎士ってのが、オレではなく妹っていうのは、まあオレとしては少々面白くないわけだ。……だからといって嫌がらせをするとか、そういう王子として騎士として恥ずべき行為は誓ってやっていないが。

 グロワールの兄貴が避けられているのは、普通に性格だろう。生真面目過ぎて、ついでに嫌味なところがあるからな。


 それはともかく、ここにはオレたちより先にいて長いらしいイリスは、ナイトについてはそつなく動かしてみせた。

 そういうのを見せられると、オレもまた動かしてみたくなるんだよな。羨ましがったら、ジョン・ゴッドは何でもない顔で言ったんだ。


「じゃあ、作りましょうか」


 これには驚いたね。王国でもつい最近手に入れたばかりの機械騎兵だ。色々言い訳して断られるかと思ったら、作りましょうか、だからな。

 そんな簡単な話なのかこれ? 言ってみるもんだ。


 さっそくジョン・ゴッドは、本――複数の紙をまとめた、めちゃくちゃ薄いそれを持ってきた。ページが少ないってのもあるが、こんな薄いのは初めて見たぜ……!


 で、その本の内容は、これまた見たことがない色付きの絵が描かれていて、全部、機械騎兵だった。なにこれ、メチャ格好いいな!

 ナイトは細いと思っていたが、この本には、見るからに手足が太くて頑丈そうなものもあれば、人間の足とは違う形の鳥足だったり、人と馬が合体したような生き物、ケンタウロスに似たものなど、色々なパターンがあった。


「あくまで、参考ではあるのですが、クラージュ殿はどういうのが好みですか?」


 ジョン・ゴッドは、やはり何でもないように言うのだ。


「これがいいと言ったら、それを作れるのか?」

「ここに載っているのはあくまでサンプルなんで、細部は違うかもしれませんが、大体のシルエットはこの通りになりますよ」


 絵は立派だが、実物は駄目だった――ということは、実際にナイトの完成度を見れば、それはないだろうと思えた。……この人はマジで作るぜ。

 ということで、ジョン・ゴッドは、オレ専用の機械騎兵を作ってくれるそうだ。それだけでもここに来た甲斐があったというものだ。


「兄貴はいいのかい、作ってもらわなくて」


 ずっと難しい顔をしているグロワールの兄貴に言えば。


「後でな。今は他にも見るべきところがある」


 おっと視察の途中だったな。オレはこれだけで楽しくなっちまったよ。親父やグリシーヌ王妃が、ここに入り浸りになるのも何となく理解できた。


 ここは良すぎるんだよなぁ、環境がさ。

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