第66話、王子、魔境の主が気になる


 最近、親父殿と王妃様、一番上の姉フレーズ姫が、魔境のとある屋敷に入り浸りになっているという話を聞いた。


 オレは、クラージュ・ソルツァール。王国の第二王子だ。第二妃の第三子。上に二人姉がいたが、すでに嫁いでいて最近会っていない。

 ちなみに第一王子のグロワールは、グレシーヌ王妃の第四子で、オレより半年前に生まれた。まあ同い年というやつだ。


 それはそれとして、魔境の屋敷だ。いつからそうなのか知らないが、王城では話題になっていた。そこに住むジョン・ゴッドは、得体は知れないが凄い奴らしい。

 オレとしたら、王国の敵というなら喜んで戦うが、そうでないなら、ぶっちゃけ興味はなかった。

 王である親父とグレシーヌ王妃が何やら気に入っているという話も、オレとしたら、フーンで済む話だった。


 が、グロワールは、それが気になるらしい。いや気に入らないようだった。


「だって怪しすぎるではないか!」


 何故、魔境に住んでいる? こちらの常識を上回る知識と技術を持ちながら、それを表立って使おうとしないのか。


「そうは言うが兄貴よ。協力的なんだろう、そのジョン・ゴッドって男は」

「……表向きはな」


 大臣たちも、この得体の知れない人物の存在を警戒する者が多かったが、ジョン・ゴッドが王国にした行いを振り返ると――


「何一つ、損はないんだ。むしろ、こちらに利のあることしかしていない」


 その知識にしても独占せず、尋ねられれば公開する。


「それに、ジョン・ゴッドに救われた者も多い。アンデッド騒動に、ドラゴン退治――まあ、ドラゴンはイリスが倒したらしいが、それを迅速に解決に導いたのは、奴の保有する飛空艇があったから、という話もある」


 オレは指摘する。


「それに、兄貴の一番上の姉貴の不治の病も治したそうじゃないか」

「あれは秘薬の材料を提供しただけと聞いている。実際に治したのは、ジョン・ゴッドではない」


 グロワールの兄貴は、それでも認める気はなさそうだった。まあ、この人は、自分で見ないことには信用しない性質だからな。


「じゃあ、オレらも行くか。魔境へ!」

「俺たちがか? あのとりわけ危険な魔物だらけの場所にか? 命がいくつあっても足りんぞ」

「いや、親父たちに連れていってもらえばいいじゃねえか。ジョン・ゴッドから預かった転移の石で複数人も行けるんだろ?」

「……」

「親父や王妃様だってほとんど丸腰で行ってる場所だぞ。……まさか、兄貴、怖いとか言うつもりか?」

「ば、馬鹿な。父上や母上も行っているのだ。怖いものか!」


 ややムキになってグロワールは言い返した。


「煽るなよ、クラージュ」

「別に煽るつもりはなかったんだけどな。オレとしちゃあ、お袋のこともあるから、いつか会わないといけないかも、と思っていたんだ、ジョン・ゴッドには」

「……あぁ、テレシア妃のご病気の件か」


 グロワール兄貴は、オレのお袋――第二妃のことを名前で呼ぶ。


「しかし病気を治したのは、姉上だぞ」

「そのフレーズ姉貴を治したのが、ジョン・ゴッドの薬草じゃないか。あれがなきゃ、お袋は今も体調不良が続いていた」


 そうオレのお袋は、ここしばらく体調不良で、病気のようだがよくわからない状態だった。それを治療したのが、グロワールの姉、第一王女のフレーズ姫だ。

 彼女もここ最近まで、原因不明の病気でほとんど城から動けなかったのだが、今では病から回復し、それどころか光属性魔法に関して、並ぶ者なしの術者になっていた。


 聞けば、フレーズの姉貴は、ジョン・ゴッドに師事して、魔法を教わったという。どこまでが本当かわからないが、オレにとっては一種の借りになっている。


「なあ、兄貴よ。気になってるなら、ここでウダウダ悩んでないで、行こうぜ?」

「……そうだな。ここで愚痴っても何も変わらないな」


 ということで、オレとグロワールの兄貴は、魔境にあるジョン・ゴッドの屋敷へ行くと決めた。

 だがそこに行くには、親父や王妃様、フレーズの姉貴など限られた人間に話すしかない。で、オレたちが選んだのは――


「姉上、よろしいですか?」

「どうしました、グロワール。そしてクラージュ」


 フレーズ姉貴は、今日も美人だった。落ち着いた物腰と女神じみた美貌の持ち主だが、病から回復してからは、それに磨きがかかっているように思う。活力というのが漲っているのが見ただけで伝わる。


「魔境に行きたいと思いまして。ジョン・ゴッドなる御仁に、面会したく思います。……その、姉上の恩人でもありますし」


 言葉と表情が一致していないぜ、兄貴。ジョン・ゴッドについて不信感ありありな顔をしているグロワールである。

 それを察したか、フレーズの姉貴は眉をひそめた。


「グロワール。ジョン・ゴッド様、もしくは殿とつけなさい!」


 温厚な姉貴が、珍しくピシャリと言った。そういえば、フレーズの姉貴は、ジョン・ゴッドに助けられたからか、さながら信者のように熱心なジョン・ゴッドの味方だった。


 グロワールが、あからさまに表情を険しくした。それで何となく察した。兄貴がジョン・ゴッドをいまいち信用できないのは、自分の姉貴が信仰にも似た傾倒を見せているからかもしれない。


「いいですか? ジョン・ゴッド様は、この世に降臨された神様なのです。たかが人間の王族が呼び捨てにしていい存在ではありません!」


 神とか言い出したよ、この人……。さすがに苦笑するしかない。いや神様って言われてもなぁ。それを信じろって無理な話だぜ? 特に聞いた限りの話だけじゃ。そこらの人間には難しいこともやり遂げているって言ってもだ。


「お父様にも口添えしますが、ジョン・ゴッド様にお会いするなら、絶対に失礼も無礼も許されません! まして、王国のためにどうこうすべきだ、などと戯れ言をほざくのも許されません!」


 この人、こんな苛烈なことを言う人だったっけ?


「神様ですが、それが信じられないのなら、せめて他国の国王陛下と同じかそれ以上の態度で接しなさい。間違えがあれば、王国が不幸になります。それが自分のせいとなって、歴史に名を残したくないでしょう?」


 ちと、大げさ過ぎないか。だがフレーズの姉貴の表情を見ているとマジ顔なんだよな……。


 これ、もしジョン・ゴッドに舐めた態度を取ったら、本人よりも姉貴に絞められるパターンじゃないだろうか……?

 まあ、それはそれとして、オレとグロワールは、親父殿の許可ももらって、いよいよ魔境へ向かった。

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