第60話、国王陛下、頭を下げる
これは機械騎兵ではなく、機械騎兵を参考にした別の機械だ。
知識の泉で得た様々な技術、技法を取り入れて組み立てているからね。私が家を自分の気に入るように作ったのと同様、この人型機械も好きに作る。
「乗り込めるゴーレムみたいなものなんですよ」
私は、見学しているオーギュストに言った。始めはポカンとしていた彼だが、すぐに何かに気づいた顔になった。
「なるほど。ゴーレムを作る要領で、機械騎兵を再現していると」
しかし――と、オーギュストは見上げた。
「これはゴーレムというには大きいな」
「大型の範疇にあるかもしれないが、ゴーレムでもこれくらい……いや、もっと大きいものもありますよ」
ゴーレム図鑑で、全高10メートルほどの大型ゴーレムというのが存在していると見たことがある。石の巨人などと呼ばれてもいるらしいけど。
現在、組み立てている人型機械は、機械騎兵同様6メートルから7メートルくらいで、巨人級ゴーレムよりは一回り小さい。
「ジョン・ゴッド殿は、これを作ってどうするつもりなのか?」
「そうですねぇ……。作りたいから作っているというか、好奇心というやつです」
私は、何かをしなければいけない、というルールで生きていない。今のところは、思いつきで生きているのだ。のんびり、好きにやるができれば、何事も出たとこ勝負でも構わないのだ。
「何かと戦うわけでもない。というか、想定していない時点では兵器としては失格なんですけど。まあ、人型で大きいというのは土木の分野でも使えますし」
「というと?」
「木を切って運んだり、地面を掘るとか」
「あー……。魔境の開拓でもするつもりなのか?」
「そういうこともできます、という話ですよ。普通に巨大な人型が、手足をぶん回して暴れるだけで、それだけでも充分武器になるわけですが」
「確かに。隣国の……これは噂だが、隣国の機械騎兵も、巨大な棍棒を振り回す以外は、蹴ったり踏み潰したりする程度のものらしい。……騎士や兵からしたら、それだけで脅威だが」
オーギュストが語った。特に武装していないゴーレムが、攻撃の意思を持って近づいてくるだけで危ないものな。頑丈で、近づかれたら格闘でやられると。
体が大きいヤツが強い、というわけだ。
「ジョン・ゴッド殿が王国に機械騎兵を提供してくれたから、ようやく隣国にも対抗できるというところだが……、正直、技術も経験も彼らに比べては落ちるだろう。ようやく第一歩を踏み出した我々と違って、向こうは機械騎兵に習熟し、それを扱う周りも整備されている」
「でしょうね」
同時スタートでない分、ノウハウはどうしてもソルツァール王国が遅れている。私が遺跡から発掘した機械騎兵の数など、隣国とやらが保有している数とどれほどの差をつけられているか。……知らないけど。
オーギュスト――アーガスト・ソルツァール王陛下が、隣国を気にしているということは、ひょっとして近く攻め込まれる確証でもあるのかな?
「隣国、近いうちに攻めてくるんですか?」
「さほど遠くないうちに。あちらさんは、ここ数年不作が続いているようでね。国外に活路を見いだす方向に動いているんだ。他の国にも手を出していたが、そろそろこちらにも仕掛けてくる気配はある」
研究生としてやってきたはずだが、素の王様の顔、危惧が出てしまっているね。これは私も話の振り方を間違えたかもしれないが……まあ、このまま王様であることは目をつぶっておこう。
ただせっかくだから、王様だからこそ知っている話を聞いておくのも悪くない。
「そのための準備は必要、というわけですね」
私としては、この魔境生活のために、王国にはぜひ頑張ってもらわないといけない。自力での対抗手段を用意するのは難しくないが、ソルツァール王国としては、そういうのは欲しいわけで。
そうだねぇ、王国の守護神みたいなのを作って渡しておくのも手かもしれない。
「……ソルツァールの騎士」
私の呟きに、オーギュストは目を見開いた。
「ジョン・ゴッド殿?」
「隣国がどれくらいの機械騎兵を保有しているかは知りませんが、単機でそれを蹴散らせるものがあれば、何とかなるんじゃないかなー、と」
「できるのか? その、機械騎兵を凌駕するものを」
「挑戦する価値はあるんじゃないですか?」
私は基本的に無責任でいたいが、個人としてのやる気はまた別なんだ。何というか、目標があると、俄然やってやろうという気になるやつ。
悪い言い方をすると、今なら王様公認のもと、好き勝手に作れてしまうわけだ。
「どうですかね? やはり、国王陛下にはご了承いただいてからの方がいいですかね?」
「……それは――いや、こちらで何とかしましょう」
オーギュストが口調を改めた。
「国運がかかっている話ですから、国王陛下もお許しいただけるはず。――ジョン・ゴッド殿、ぜひに、隣国に対抗できる手段を、ソルツァールに」
そういうと、オーギュストは深々と頭を下げた。……王様に頭を下げられたのではね。こちらも意気に感じてしまうわけだ。
ひとつ、やってやりますかねぇ。
・ ・ ・
オーギュストが、お付きの護衛であるハイマーと共に、我が家を後にした。
結局、王とは名乗らなかったし、私もそこはスルーしたままだった。
が、当然の如く、ウイエやイリスから、言われた。
「あの方は国王陛下よ」
「知ってるよ」
「知ってたの?」
「正体を明かされた?」
「いいや。私は鑑定眼持ちだからね」
私が答えれば、イリスは「あぁ」と頷いた。しかしウイエは眉をひそめる。
「何か、失礼なことはしてないわよね?」
「してないよ」
少なくとも、オーギュストを怒らせたりしていないのは間違いない。表面上は取り繕っても、怒りや負の感情は感じ取りやすいが、そういうのもなかったし。
「どんな話をしたの? 飛空艇や地下の工房も見せてなかった?」
イリスが問う。……よくご存じで。
「飛空艇を見て、欲しいというから作ってあげようという話になった。工房で作ってる機械騎兵もどきを見せた後は、王国の防衛のための機体を作ることになった」
「要請されたの?」
「作りましょうか、って聞いただけだよ。そうしたら頭を下げられたからね」
「あ、頭を下げさせたの!? 国王よ!?」
ウイエが素っ頓狂な声をあげた。落ち着きなさい。向こうが下げただけで、私は何も言っていないよ。
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