第59話、国王陛下、ジョン・ゴッドを気に入る


 何という気持ちのいい男だ。


 私は、アーガスト・ソルツァール。ソルツァール王国国王だ。グリシーヌの夫であり、第一王女フレーズ、第七王女イリスの父である。

 前々から気になっていた人物、ジョン・ゴッド殿に会うため、身分を偽り、オーギュストと名乗って、魔境にあるという彼の屋敷に向かった。


 面会したジョン・ゴッド殿は、不思議な雰囲気をまとった御仁だった。何というか『この世のものではない』と感じた。


 物静かなようであるが、どこか霞がかっていて、しかし確かにそこにいる。今まで様々な人に会ったが、このような感覚は初めてだった。フレーズが言っていた神の遣いという存在だったとしても、そうかもしれない、と思えたのだった。


 そして彼の住み家――事前のウイエやフレーズ、そして直近ではグリシーヌに聞いた通り、風変わりな屋敷であった。

 しかし趣味は悪くない。自らの地位や身分をひけらかすところがないのは好感が持てる。……しかも眺めも悪くない。


 魔境という恐るべき魔物の巣窟も、ここにいる限りはただの森のようであった。

 まず私を魅了したのは、皆も絶賛していたフルーツジュースだ。ここのことを聞けば、フレーズが美味であることを強調していたが、なるほどこれはよい味だ。


 新鮮かつ、量も充分のそれらを堪能したら……用を足したくなってしまった。いくら美味でも量があったから仕方がない。フレーズが飲んだものは全種類確かめてみたくなったのだから、これまた仕方ない。


 そして驚かされたのは、トイレの存在。今の世の中、尿も便も専用の壺だったり、地面に穴を掘ってそこに出して、廃棄するのが常識ではあるが、ジョン・ゴッド殿の屋敷では、専用の部屋があり、専用の便器に座り、出した後は流すという画期的なものであった。しかもこの手の厠にありがちな臭気はほとんどなく、また清潔であった。


 ……そういえばフレーズが、城にもトイレットをどうの、と言っていた気がする。なるほどなぁ。


 城に欲しいと言ったら、ジョン・ゴッド殿は職人さえ押さえてくれたなら、設置するために必要なもの一式と工事方法を教える準備があると申し出てくれた。実に話のわかる御仁である。

 連れであるクロキュスが、ジョン・ゴッド殿の図書室に入るなり、あっという間に本の虫になりおった。


 まあ、こやつの目的が、この世で最先端を行くだろう技術や知識の宝庫であるジョン・ゴッド殿の図書室だったことは知っていたが、仮にも私を差し置いて、調べ物を始めるとは……。


 とはいえ、私もどういう本があるか興味がないわけではないから、ちらと見てみたが……なるほど、本自体が世間一般のものと違う。

 まず紙の質が違うし、一回り小さい分、持ちやすく、開きやすい。これなら机まで行かなくても、立ってチラ見ができる。物によっては鮮やかな絵もあり、なるほどこれは興味深い。


 私が気になった本は、『ちょっと自慢したくなる小話集』。大きなことではないが、ちょっと知っていたら、周りを驚かせられる知識というのが、さりげない悪戯っぽくて気になった。大臣らをからかったり、妻や娘に物知りアピールできそうで楽しそうだ。


 が、それは後回しだ。ジョン・ゴッド殿が家の周りを案内してくれるというので、ついていく。ここに来た目的の一つでもあるから、ここにあるものをよく見ておかないとな。……後ろ髪を引かれる思いで図書室を離れて、裏の庭に。


「おお、これは飛空艇ではないか?」

「その通り。飛空艇です」


 ジョン・ゴッド殿は、私によく飛空艇を見せてくれた。これが大昔に、実際に空を飛んでいたというのだから、驚きである。

 私が空に興味を示せば、ジョン・ゴッド殿は快く飛空艇を乗せて、実際に空へ飛んだ。


 吹き抜ける風はやや強く、しかし、世界の広さを痛感せざるを得ない。広大な大地、果てしない空が私の視界に収まった。これが鳥、いや神の視点か。


 飛空艇、素晴らしい。

 しかし古代文明時代の代物だ。これまで復元できるほどの状態の飛空艇が発見されたことはなく、望んでも簡単に手に入るものではない。


 ジョン・ゴッド殿に頼んだら、譲ってはくれないだろうか。いや、なんなら購入できないものか。

 私が飛空艇が欲しいと声に出したら、ジョン・ゴッド殿は驚くべきことを口にした。


『ご要望なら、船を作りますよ』


 これには度肝を抜いた。まだ正式に要請を出していない段階で、作ってもよいという返事。これには私の胸も躍った。

 ジョン・ゴッド殿は言った。


『このウィンド号は試作品なんですよ。次に作るのは、これより良いものを作ろうと思っているんですが……。作ったものの置き場所に困るから躊躇していたんですよね』


 何ということだ! ジョン・ゴッド殿は新しい船を作りたいが、場所がないから迷っていたという。

 ちらちらと私を見て、船を作ってほしくないかとアピールしているようだった。これは渡りに船というのだろう。もちろん、私の答えは『はい』だ。


 しかしよくよく考えた時、私はある点を見落としていた。ジョン・ゴッド殿は何と言ったのか。

『作る』と言ったのだ。彼は、飛空艇を作る技術を持っているのだ!


 これは確保すべき人材だ。彼の卓越した知識と技術は、ソルツァール王国を繁栄させるに違いない。


 が、またまたよく考えると、ジョン・ゴッド殿はその知識を我々に隠すことなく、披露してくれており、王国の有望な者たちが学んでいる。

 本来は、他国などにジョン・ゴッド殿の才能を取られないよう囲う必要があるが、そもそもこの魔境という環境は、陸の孤島に近く、おいそれと近づけるものではない。我々が屋敷に来られるのも、ジョン・ゴッド殿が限られた人間のみ許可しているからだ。


 つまり、保護せずとも、守られる環境にジョン・ゴッド殿はいるということだ。ならば、部外者が立ち入らないように監視は必要かもしれないが、現状のままでもよいのではないかと思うのだ。


 フレーズは、ジョン・ゴッド殿は神のお遣い、いや神なので、彼の気を損ねる行為は国が滅びるからやめようと言っていた。ネサンの村のアンデッド騒動の借りもある。神のお遣いという説に多少の信憑性がある以上、つかず離れず、現状維持が最善ではないか?


 そもそも彼には飛空艇があり、その気になればいつでも逃げられる。下手に押さえようとしたら、そこで逃げるだろうし、現状に不満があれば、私たちを招くよりさっさといなくなっていただろう。


 うむ、そうだな。やはり、現状維持だ。ここは興味深いものがいっぱいあるし、まだまだ未知なるものもありそうだ。それを堪能するのが楽しそうではある。

 ……などと思っていたら、彼は屋敷の地下で、機械騎兵を作っていた。……えぇ。


「これ、王国に献上したと聞いていたのだが……」

「遺跡で発掘したものは、全てお送りしました」


 ジョン・ゴッド殿は、まったく悪びれる様子もなく言った。


「遺跡のそれの記録をとって、それを参考にしつつオリジナルを作っているんですよ」

「オリジナル!?」


 え、復元じゃなくて、作っているの? 機械騎兵を? そんなぁ……。

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