第58話、オーギュスト氏、空を飛ぶ


 学者と名乗ったクロキュスは、魔道具職人のエルバと同じく、我が家の図書室の虜になった。

 初めてではないので、そちらは前任者に倣い、適当にやってもらおう。


 さて、私はオーギュストとその護衛であるハイマーを連れて、家とその庭を案内する。ゴーレムについて興味深く見ていたオーギュストだが、やはりというべきか飛空艇を見せた時の食いつきがよかった。


「これが空を飛ぶのか……!」

「はい。サンダードラゴンの討伐の際も、これで追いかけたんですよ」

「おおっ。今回の討伐が非常に早かったのは、そういうわけだったんですな。なるほどなるほど――」


 何やら納得するように頷くオーギュスト。


「して、これに乗せてもらっても?」

「どうぞ」


 梯子を使い、飛空艇ウィンド号に乗り込む。


「ほう、船に似ているが、やはり水の上の船とは大分違うのだな。これはこのまま空へ飛べるのか?」

「飛びましょうか?」

「ぜひに」

「陛――オーギュスト殿」


 ほぼ無言で通していたハイマーが口を開いた。……陛下と言いかけたね。お忍びだから言い方を変えたけれど。


「なんだね、ハイマー?」

「さすがに、いきなり空を飛ぶ乗り物に乗るのは――」

「危険、と言うのか?」


 オーギュストは眉をひそめてハイマーを見た後、私へ視線をズラした。


「ジョン・ゴッド殿。この乗り物は危険か?」

「物事に絶対安全はありません」


 いつ如何なる時に事故やイレギュラーが起こるかわからない。それを回避するのは、未来予知が必要だろう。それか、徹底的な安全対策。


「これまでは、問題はありませんでした」


 これからはわからないよ。もちろん、そう簡単に壊れるようなものは作っていないし、事前の点検では異常はなかった。


「結構。ジョン・ゴッド殿がよければ、少し私も空を飛ぶ体験をさせてほしい」

「いいですよ」


 というわけで、ウィンド号、始動! 魔境の空をちょっと散歩と行こう。



  ・  ・  ・



「うわぁ、本当に? うわぁ……」


 ウイエは、ウィンド号に乗り込んだジョン・ゴッドとオーギュスト――ソルツァール国王陛下の姿を遠目で見やり、顔を青くする。


 万が一、事故でもあったらどうしよう――ウイエの不安はつまるところそれだった。飛空艇が墜落して、国王陛下が死亡なんてことになったら、王国が大混乱に陥る。王妃やフレーズ姫が悲しむとか、そういうレベルの問題ではないのだ。


「ねえ、ウイエ――」

「ひぇっ!?」


 唐突に後ろからイリスに声をかけられて、ウイエはビクりとする。近くに来ていることに気づいていなかった。


「ひょっとしてだけど、あそこにいる人って、国王陛下ではなくて?」


 ウィンド号の甲板に乗っている人々の姿が、屋敷の二階から見えている。イリスは基本、ここではまったり心の休養中だから、屋敷にやってくる人間のことは全然知らない。

 だから国王にそっくりな人の姿を見かければ、当然確かめに来るわけで。


「そうよ、ソルツァール国王陛下」


 嘘をついても仕方ないので、ウイエは正直に答えた。第七王女であるイリスにとっては、一応、王は父親でもある。


「なんで、あそこにいるのよ? というか、いつここに来たの?」

「今日よ。いわゆるお忍びで」

「お忍びって……。ジョン・ゴッドは知っているの? あの人が国王陛下だってこと」

「言ってない」


 ウイエはきっぱり告げた。イリスは目を剥いた。


「言ってない?」

「言う余裕がなかったのよ。仕方ないでしょう」


 その答えに、イリスは思わず天を仰いだ。


「大丈夫なの? ジョン・ゴッドは、陛下に失礼なことを言わない?」

「それが私も心配している。……王族に対して、失礼がないと思いたいけれど……不安だわ」


 フレーズ姫は、そもそも寛大だったから問題があったとしても問題にはならなかった。グリシーヌ王妃の時も幸いトラブルはなかった。


 だがさすがに、正体を隠している王に対しては無礼がないか不安は隠せない。アーガスト陛下が言わなかったからわからなかった、がどこまで通用するかは怪しいものだ。

 仮に知っていたとしても、ジョン・ゴッドが王家を敬うかは別の話である。


「やっぱり、何とかして伝えておくべきだったかしら……?」

「そりゃあ、知らないよりは知っていたほうが――」


 言いかけるイリスだが、二人の目の前で、飛空艇がゆっくりと浮かび上がり始めた。ああ、とウイエは思わず声に出た。


「何事も起こらないことを祈るわ……」



  ・  ・  ・



「おおーっ、これが空か! 何と見晴らしのよい!」


 オーギュストは遥かな地平線まで見やり、声を弾ませた。元気な人だ。私は操舵輪を握りながら、ゆっくりとウィンド号を旋回させる。


「これが伝説にきく飛空艇か! これは欲しくなるなぁ」

「もしご要望なら、作りますよ」

「え……!?」


 オーギュストは目を剥いた。私は言った。


「このウィンド号は試作品なんですよ。次に作るのは、これより良いものを作ろうと思っているんですが……」

「これよりもいいもの」

「ただ、作ったものの置き場所に困るから躊躇していたんですよね」


 最近は、作るのが楽しくて色々やりたいところだけど、作っても使われないと何だかなぁ、と思っていたりする。解体するのはもったいない気もするが、魔法的な力で収納するという手もあるにはあるが、それって二度と取り出さない気もするし。


 だから、先日作ったドレスも、結局、王妃様たちに押しつける形になったんだよね。死蔵するよりはってやつ。

 でも……作りたいんだよね、色々と。

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