第57話、本日のお客さんは――


 その日の新規の来客は、三人だという。……ここのところ、来客が多いね。


 もっぱらうちで魔法研究のために来ているウイエは、そういう新規の来客の案内役もやっているせいか、最近は少し鬱陶しがっている。……家主である私より先にウンザリしてどうするんだ?


 と、今回やってきたのは学者が一人、研究生が一人、聖騎士が一人。……君たちはどういう組み合わせなんだい?


「お初にお目にかかります、ジョン・ゴッド殿。私はクロキュス、学者です」


 四十代くらいか。背が高く、真面目そうだがやや顔作りが冷徹そうに見える。しかし物腰が丁寧で、特に見下した様子もないから、どちらかと言えば外見で損をしているだけなのかもしれない。


「こちらは、オーギュスト殿。私の懇意にされている方のお弟子さんです」

「オーギュストです。お初にお目にかかります」


 こちらは五十代。お髭を生やしていて、どこかの貴族のようにも見える。痩せているわけでもなく太っているわけでもない。今回の中で最年長は彼だろう。さっぱりした雰囲気で、こちらも敵意や差別的なものはなさそうだ。

 最後は、聖騎士。


「ハイマーと申します。私はお二人の付き添いなので、お気になさらずに」


 非常にキビキビしていて、生真面目を絵に描いたような男だ。三十代くらいか。四角いなぁ。

 ……案内役のウイエが、傍目にわからないようにしているようだが、やたら緊張していた。最近、毎日顔を合わせているから、そういう機微もわかるのだが、そこで問題だ。

 ウイエは何を緊張しているのか?


 1、この中に苦手な人がいる。

 以前に何かあったか、相性が悪いとか苦手なタイプが、三人の中にいる可能性。


 2、この三人の中に、偽っている大物がいる。

 王国のとても偉い人が混じっていたとすれば、ウイエが緊張したとしてもおかしくない。


 その場合、怪しいのは最年長のオーギュストかな。自己紹介も、クロキュスがオーギュストの紹介をする形で始まった。かと思えば、ハイマーの方はしなかったし。


 そのハイマーが聖騎士で間違いないなら、付き添いという名の護衛に送られるくらいだ。クロキュスかオーギュストのどちらか、あるいは両方を守る必要があるということだろう。それだけの大物の可能性が高い。


 こっそり鑑定。……ふむふむ、クロキュスは学者で間違いない。オーギュストは……なるほどなるほど、アーガスト・ソルツァール。ソルツァール王国の国王陛下か。


 私が魔境から動かないから、ならば自分から出向いてきたというわけか。……いや、それなら名を偽る必要もないか。王妃様は護衛をズラリと連れて来訪したし。ということはお忍びか。


 なら、私も知らないフリをするのが礼儀だろう。あまり自信はないが、極力失礼がないように気をつける。……あまり自信はないけど。

 というわけで、まずは我が家恒例のジュースを一杯。外から来る人にはこれが好評なのだ。


「味が濃い!」


 クロキュスが真顔で頷けば、オーギュストもワインを見るような目でガラスのコップとその中のオレンジ色の飲料を見つめる。


「これは……わかる気がするなぁ」


 給仕してくれたフォリアがニコリとする。


「こちらはお師匠様の作られた果物から直接絞って作られています。販売はしていないので、薄めていないんですよ」

「なるほど。……これはいつも出しているものかね?」


 オーギュストは、さも世間話をするように言った。その間も視線はジュースに注がれている。


「いつも、というか、日によって変わります。ここでは様々な種類がありますので……」

「ほぅ、どれくらいの種類があるのかな?」

「えーと、時々増えるのですが、今は10種類くらいですね」

「一通り飲んでみたい。頼めるかね?」


 オーギュストが顔を上げれば、フォリアは困った顔をした。


「あの、あまり一度に飲まれると、お腹を冷やしてしまいますよ。最悪お腹が痛く――」


 ギロリ、とクロキュスがフォリアを見た。後ろで控えているハイマーも、心なしか身を固くした。……隠しているとはいえ、王様の要望だからね。


「飲みすぎは、体によろしくないということです」


 私はフォローを入れた。


「フォリア、少し小さめのコップでいいから、全種類をお出しして」

「わかりました」


 私が指示したからか、フォリアは素直に従った。



  ・  ・  ・



 オーギュストは、こちらの用意したジュースを一通り試された。味の好みはあるが、ワインをたしむように、舌で味わい、匂いを楽しみ、まさしく貴族そのものという優雅な振る舞いだった。

 しかし、案の定、飲みすぎたようで――


「すまないが、用を足したいが、ここではどう処理をしているのかな」

「案内しましょう」


 ということで、我が家のトイレにご招待。大や小を入れる壺はないよ。


「こ、これは?」

「トイレです」


 異世界式水洗便器というやつだ。うちの女性陣にも大変好評でね。


「実に座り心地がよくて、楽でいいなぁ。しかもこの部屋も不快な臭いもない、清潔だ。これはぜひ城――屋敷に欲しいものだ」

「便器一つで完結しないので、大がかりな工事が必要になります。職人を手配するなら作り方や設置の仕方をお教えます」

「では、そうさせてもらおう。……いやあ、ここは楽しいな」


 オーギュストは朗らかだった。王妃様も、フレーズ姫もそんな様子だったね、ここに来ると。

 席に戻り、少しすると、クロキュスが少しそわそわしながら口を開いた。


「ジョン・ゴッド殿、不躾ではあるが、そろそろ、ここにある叡智の図書室を見せていただきたいのだが、よろしいだろうか?」


 そういえば、学者さんだったね、クロキュス氏。ウイエやエルバ、リラから、ここの図書室の話を聞いていたのだろう。学者先生がここを訪れる理由など、ほぼ本目当てだろうけど。……叡智の図書室? 変な名前がついているんだな。


「いいですよ。オーギュスト殿も如何です?」

「ん? そうだな。私も見てみたい」


 ということで、図書室へ移動。ハイマー君には意見は聞かない。そういう雰囲気を感じていたから。


「おおっ、おおっ、これが! 叡智の図書室っ!」


 クロキュスが声を弾ませた。

 そんなに大きくはないが、本棚にはビッシリと本があって、それなりの部屋と内装にはなっている。

 さっそく近づいて本のタイトルを眺めるクロキュス。


「おおっ、まさしく、ここは知識の海だ! 素晴らしい……! 来た甲斐があったというものだ!」


 テンション高いなぁ。エルバやリラも最初はこんな調子だったかもしれないけど。

 まあ、楽しそうで何よりです。

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