第56話、王国への献上品
家に帰ったら、二階で、ドレスパーティー・ティータイム編が行われていた。
グリシーヌ王妃は赤いドレスをまとっていた。
「これはこれは王妃様。大変お美しいですな」
「お世辞でも嬉しいわ、ジョン・ゴッド殿」
「お世辞だなんて」
そういうのは、上手くなくてね。自分でもお世辞というのは、あまりよくわかっていない。
グリシーヌ王妃は目尻を緩めた。
「普段ならこの色のドレスは絶対着れないですのよ。王城で着たなら、猛反発されてしまうわ」
自重気味の王妃様。
「そうなのですか?」
「ええ。だってソルツァール王族の色でないもの。口の悪い者なら、隣国の色だって目くじらを立てているわ」
それを王妃が着ているというのが、問題というわけらしい。
「ここでは国の争いはありませんから」
「そうね。一度着てみたかった色が着れて、満足したわ。ここには様々なドレスがあって、どれも素敵な色をしているから、見ているだけでも楽しいわ」
「もしよろしければ、気に入ったものをお持ち帰りください。プレゼント致します」
「まあ、私にもお土産をくれるのね。選ぶのが大変だけれど」
「全部でも構いませんよ」
「まあ!」
機嫌を取るつもりはないが、結果的にそうなってしまうのかな。
私としては必要となれば、すぐに作れるし、正直、今あるものを地下に置いてもしょうがないところがあってね。
「……ところで」
私は、王族のティーパーティーに、件のドレス姿で参加しているイリスを見やる。気まずげに、イリスは視線を逸らした。
「な、なに?」
「いや。君がまたすぐドレスを着るなんて、思わなくてね」
「し、仕方ないでしょ。王妃様からのお誘いだし、その……」
「私が、イリスのドレス姿を見たいと言ったからなの」
グリシーヌ王妃は悪戯っ子のような顔になる。
「フレーズ姫から、イリスもドレスを着たと聞いて。そういえば、彼女がドレスを着ているところは、子供の頃くらいで最近はとんとなかったから、ぜひ大人になったイリスのドレス姿が見たかったから、お願いしたの」
ああ、それで着たのか。まあ、王妃様から言われたら、断れないよな。お生憎様だ。
しかし、なるほど。イリスがあまりドレスを着たがらなかったのは、大人になる頃にはほぼ着なくなっていたからなのか。騎士としてのイメージを優先させた結果かどうかは知らないが、まあ、そんなところじゃないかな。
ともあれ、グリシーヌ王妃の歓待は、上手くいったようだ。魔境での優雅な半日を満喫されたようで、お菓子やジュースも大変気に入ったそうな。
・ ・ ・
さて、私は、機械職人であるリラに、マジックバッグを与えた。
見た目はただの革のバッグに見えるが、容量が格段に大きく、魔境の遺跡で発見した機械騎兵の残骸一式を入れてもお釣りがくる。
「――ということで、これを国王陛下に献上するといい」
「わかりました!」
リラは使命感に満ちた顔をする。
隣国さんと不仲なのは、よくあることだ。何かの弾みで戦争になったら、機械騎兵を押し立てた敵に一方的に叩かれて面倒なことになる。それが魔境に介入してきたらもうね……。そうなる前に、王国には頑張ってもらう。
機械騎兵の残骸を研究、組み立てて、防備に役立ててもらうとして、さてこちらだ。個人的に、機械騎兵に興味が湧いたので、私も個人的に作ってみようと思った。
異世界式機械騎兵、というべきか。例によって例のごとく、知識の泉の力を借りよう。
回収された残骸はすべて提供したので、私が見て、記憶したものを生成して、部品のコピーを作ろう。
そして知識の泉で、不足分を補いつつ、いざ製作。……うーん、なるほど? しかしこれは、こっちの技術を使ったほうが、効率よさそうだな。
「――お師匠様。ご飯のお時間ですよー」
「あー、もうそんな時間か」
あれこれ弄っていると、あっという間だね。呼びにきたフォリアが、私の工房にあるそれを見つめる。
「新しいゴーレムですか?」
「似て非なるものかな。有人で動かす巨大な機械の兵隊だな」
中に乗って操縦するんだ。
「これって、乗り物なんですか!?」
「……まあ、広義では乗り物と言えるかもしれない」
例の魔境の遺跡から発見したもので、その文明が存在していた頃は、普通にこれが歩いていたんだ。
「凄い。今はないものがある古代文明って、技術が進んでいたんですね」
フォリアは感心を露わにした。
・ ・ ・
ソルツァール王の困惑は、深まるばかりだった。
グリシーヌ王妃は、新しいドレスを大量に持ち帰り、パーティーでもないのに気分で着飾っていた。
美しくあり、彼女の笑顔を見るのは、王にとっては癒しではある。だがジョン・ゴッドと彼の屋敷の話をするのは、少々ジェラシーを感じるのだ。
かと思えば、そのジョン・ゴッドは魔境の探索を進め、古代遺跡から、王国軍が喉から手が出るほど欲していた機械騎兵、その残骸を発見。それを王国に献上した。
ジョン・ゴッドの屋敷に送った機械職人のリラが、彼からもらったというマジックバッグに、機械騎兵五体分の残骸を入れて、王城に持ち帰ったのだ。そのバッグ自体、凄まじいマジックアイテムではあるが、王国軍では早速、機械騎兵の再生作業に取りかかった。
家臣たちは驚きつつも、ここに至ってジョン・ゴッドを他国のスパイや工作員などと言う者はいなくなった。
王国の防衛に役立つ兵器を惜しげもなく提供。本当なら徴発してでも手に入れるべき代物を、躊躇いなく提供した。
しかもジョン・ゴッドのもとで機械についての知識を深めていたリラの手により、機械騎兵の再生は、思いの外早く進んでいた。ジョン・ゴッドが技術を秘匿せず、オープンにしていたことが、作業を早めたが、その点から見ても、彼が王国に協力的であると見て、間違いなかった。
「いったい、どんな人物なのだろうな」
国王は首を捻るのである。ジョン・ゴッドの屋敷に派遣予定であった学者のクロキュスを呼ぶと、王は告げた。
「さすがに挨拶の一つもしておかねば、バチが当たる気がしてきた。……そろそろ私も、足を運ぶべきかもしれない」
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