第53話、ドレスパーティー


 女子たちがドレス選びしている間、私は晩餐の準備をした。さすがにお着替えの邪魔をするのはよろしくない。私がいくら神様でもね。


 エルフのエルバ、ドワーフのリラも誘ったが、前者は招待に乗ってきたが、後者は丁重にお断りされた。リラは今、機械の乗り物の設計に夢中だった。

 ウイエにも、地下にドレスがあると言ったが、彼女は――


「あ、私はギャラリーに徹するわ」


 と言った。本人がそういうなら、私はかまわないけどね。元々、イリスの立ち直りのきっかけ探しで始めたもので、彼女が変わろうと動く以外のことは、正直おまけである。


 こちらが食事の用意が終わった頃、ドレスを着こなした令嬢方がお見えになられた。

 フレーズ姫はピンク系、イリスが深い青、フォリアは新緑色。シスター・カナヴィは黒で、彼女のお付きのホムンクルス美女は深紅のドレスを選んだ。……君、何気に混じってない?


「これはこれは……」


 エルバが、女性陣のドレス姿を眺め、吐息をついた。


「素晴らしい……。こうまで美を引き立てる衣装があるとは……」

「エルフにはないのかい、こういうドレスは?」

「ありませんね。しかし、これはもっと見てみたいですね」


 エルフにはこの手のドレスがないという。まったくドレスがないわけではないが、人間のそれとかなりスタイルが違うらしい。花嫁だと花の冠をするとか云々。……これはウェディングドレスではないぞ。


「ウイエ、感想は?」

「……」

「ウイエ?」


 皆のドレス姿に、魔術師さんが固まっている。その反応に、イリスが眉をひそめる。


「そんなにしげしげと見つめないで……」


 そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うんだがなぁ。一人だけドレスで注目を浴びているというのならともかく、皆で着ているし、そもそもギャラリーは、私とエルバ、ウイエしかいないぞ。


「どうですか、ウイエ!」


 一方でフレーズ姫はテンションが高い。憧れのドレスを人前で披露できて、嬉しいのだろう。

 見とれて言葉を忘れているウイエを、私は軽く肘で小突いた。そこでハッと我に返るウイエ。


「あ、えっ、よくお似合いです、姫様」

「とても綺麗だよ、フレーズ姫」


 私も言葉を添える。


「イリスも、フォリアも。普段着ないから、見違えたね」

「あ、ありがとうございます、お師匠様」


 照れるフォリア。反応が初々しいね。一方でイリスは皮肉げな顔になった。


「見違えたってことは、普段は綺麗じゃないと?」

「そういう面倒くさい言い方は、嫌われるよ。そもそも普段のそれは、私よりも自分の方がよくわかっているんじゃないかね?」


 フン、とそっぽを向くイリス。わかってる、恥ずかしいんだよね。君、この手のことで褒められ経験があまりないから。


「ちょっとぉ、ジョン・ゴッドぉ。こっちは褒めてくれないのぉ」


 カナヴィが、せがんできた。イリスやフォリアのように褒められ慣れしていない者がいる一方、カナヴィのように積極的に言葉をもらいに来るタイプもいる。


「綺麗だよ、シスター。……あと、君のお連れのお嬢さんも。そういえば名前は?」


 聞いていなかったから、今のうちに聞いておこう。ホムンクルスさん呼びは、あまりよろしくなさそうだから。


「ペタルです。以後、お見知りおきを、ご主人様」


 スカートをつまみ、礼儀正しく礼をしながらホムンクルスさんは、ペタルと名乗った。……ご主人様?


「普段は、カナヴィ様のメイドをしております」

「あ、はい」


 そこまで聞いていないが、ここではメイド設定を与えられたらしい。カナヴィの趣味……なんだろうか。表向きはメイドさん、裏ではシスターの玩具。……それには突っ込まないようにしよう。


 パーティーは、普段は見れないドレス姿である女性陣、という以外は、特に何かあるわけではなく、いつもより豪勢な食事を楽しみつつ、平穏無事に終わった。

 ……そのはずだったんだけど。


 翌日、ウイエが思い切り頭を下げた。


「ごめん、ジョン・ゴッド!」

「うん?」

「王妃様が、貴方の作ったドレスをご覧になりたいと申されているのよ」

「ふーん。いいんじゃない。別に」


 物凄く淡泊な返事だと自分でも思う。むしろ、何にウイエが謝っているのか理解に困る。


 昨日のパーティーで、身につけていたドレスは、それぞれプレゼントした。

 フレーズ姫は、新しいドレスをもらった娘のように大喜びだった。イリスは――


「まあ、次に着る機会があるかわからないけど、もらっておくわ」


 と、まんざらでもない様子だった。フォリアもとても大事そうにドレスを抱えた。


「わ、わたしも! 次の機会があるかわからないですけど、大事にします!」


 なお、シスター・カナヴィは特に何も言わず、ホムンクルスさんことペタルはお辞儀だけした。二人とも人間ではないから、多くは求めないよ。


 ただ総合的に見て、私が制作したドレスは概ね好評だったと評価していいだろう。


 で、ここで話を戻そう。何故、王妃がドレスのことを知っているのか? ……深く考えるまでもない。フレーズ姫が持ち帰ったものを見たのだろう。

 もう一度着て自慢したか、いや、普通にドレスを持って歩いているところを目撃されたのかもしれない。


 で、王妃はフレーズ姫から昨夜の顛末を聞き、ついで彼女のドレスを気に入ったのだろう。他にも色とりどりのドレスがあると聞いて、ぜひ見てみたい、ということなんだろうね。


「じゃ、余っているドレスを王城に持って行くといい」


 どうせ献上してほしいとかって話になるんだろう? あんなにあってもしょうがないし、場所とるから王城でもどこでも好きなところに持って行くといい。


「それが……」


 ウイエが言い淀む。……お、これは嫌な予感。何となく察したぞ。


「こちらに王妃様が来たい、と言っているの」

「……」


 そんな気がしたんだよ。とはいえ、すでにフレーズ姫やイリスの件で、当たり前のように今ここを行き来しているからな。


「で、何が問題なんだ?」


 私に『ごめん』と謝るのは、つまりそういうことなのだろう。


「さすがに王妃様が来る時は、十数人ほどの護衛や侍女がついているのよ。つまり」

「人が大勢、というわけだ」


 そうは言っても、王妃様の後ろをゾロゾロついてくるだけで、私がそれぞれに対応しなくてもいいわけだろう。


「いいんじゃないか。よっぽどなことをして私に迷惑をかけなければ」

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