第48話、聖騎士とイリス
何てこと! 私、イリス・ソルツァールは、ここで起きたことを思い出して、未だに信じられない気持ちだった。
ドラゴンを討伐した。下級のドラゴンならば何度か倒してきた私だけれど、今回の敵は、それら下級とは異なる属性持ちのドラゴンだった。
これは私も未体験の敵。ドラゴンの攻撃パターンはある程度似通っていて、想像もつくけれど、さすがに上位クラス相手では、胸の奥がギュッと締め付けられた。
勝てるの? 込み上げてくる不安と緊張を押し殺し、私はドラゴンに挑んだ。そう、この国で私以上に戦える者はいない。
つまり、私が何とかできなければ、王国は滅びる。それくらいの覚悟をもって戦っている。
ただ……今回は、私一人ではどうにもならなかったと思う。
ドラゴンは空を飛んで移動していた。翼があるのだから、当然といえば当然なのだけれど、私がこれまで相手をしたのは、皆地上だった。
スピード優先で飛空艇で移動したのも影響しているのでしょうけれど、さて困った。高速で飛行するドラゴンを攻撃できる武器も技も持ち合わせていない。
そう思ったら、ジョン・ゴッドが武器を渡してきたわ。
『魔法の槍だ。これを敵めがけて投げると、百発百中という神の世界の武器だ』
いや、魔法の槍と言っても……。移動するドラゴンに対して、飛空艇から投げたって届かないわよ!
普通に考えれば、そうなんだけれど、魔法槍というからには、そういう追尾する魔法が付与されているかもしれない。
でも、たとえ攻撃が届いたとして、次の問題。ドラゴンの強固な鱗を貫通するのが、そもそも困難。
ドラゴンが最強種族と言われる由縁は、その攻撃力はもちろん、耐久性、防御力の高さだ。並大抵の武器では傷ひとつつかない。だからこそ、討伐は困難であるし、私のような聖剣使いが狩り出される。
魔法の槍と言っても、追尾性能だけあっても威力がなければ意味はない。だけど、ジョン・ゴッドは例によって例の如く、微塵も不安がない顔だった。
そういうことなら、物は試し。あなたの自信が通用するか試してやろうじゃない。
ということで、魔法槍を投げたら……これが本当に一直線にサンダードラゴンへと飛んでいった。いや、明らかにそういう飛び方をする武器ではないのだけれど。
さらに突き刺さったら、ドラゴンが墜落していくじゃない……! どうなってるのよこれ! 普通の槍だったでしょう? そりゃあ何か魔法が仕込まれているんでしょうけど、それで上位クラスのドラゴンが一撃で落ちるなんて、わけがわからないわ!
経験があるからこそ驚いたのだけれど、武器を託したジョン・ゴッドは平然としていて、ちょっとムカついた。何よ、その当たり前って顔は!
でも思い起こせば、ジョン・ゴッドの用意する武器って、こうなのよね。フォリアのために作った武器の性能を思い出して、まあ何とか自分を抑えることができた。
墜落したサンダードラゴンを追えば、奴はまだ生きていた。さすがドラゴン、恐るべき生命力だわ。
地上にいるのなら、ここからは私と聖剣の出番。ドラゴン討伐は初めてじゃない! ……と、張り切ったまではよかったのだけれど、初見の相手にはもう少し用心すべきだったと思う。
敵が背中を向けていたからつい急いでしまったけれど、サンダードラゴンがブレス以外にも電撃を放つことができるとは思わなかった。防具のおかげで感電死することはなかったけれど、危うく頭から転落して死んでいたかもしれない。
あの時、ジョン・ゴッドが、私の落下速度を落として、さらに魔法でドラゴンの注意を私から引き離してくれなかったら、本当に危なかったと思う。
一時的な麻痺から復帰して、サンダードラゴンがジョン・ゴッドに引きつけられている間に、その首を切り落とすことができた。
まったく手こずらせてくれたわ。生命力が強く、半端な傷は再生するドラゴンといえど、首と胴が分かれては、復活しようがない。
終わってみればあっけない戦いだったかもしれない。これより下級のドラゴンを退治した時だって、もっと時間がかかった。
大抵、都市や集落だったから、周りでは死傷者が続出していたし、討伐しても息を抜けなかったのだけれど……。
ここにはジョン・ゴッドしかいない。しかも私、彼に助けられたよね。いつもの戦いだったら、私は死ぬか重傷で運び出され、なおドラゴンが暴れている最悪な状況だったのだけれど、ジョン・ゴッドが援護してくれたおかげで、討伐に成功した。
そう、その件には私は彼に感謝してる。ただ、複雑な感情を抱いているのも事実なの。
それは、私でなくても、ジョン・ゴッドがいれば、あのドラゴンは退治できたのではないか、ということ。
そう思ったら時、私の中で何かが切れた。
「イリス」
ジョン・ゴッドが、サンダードラゴンの死骸を指し示した。
「あれは回収しておいた方がいいか? それとも放置するか?」
「回収してもらっていい?」
「わかった」
討伐証明に、サンダードラゴンの体の一部なりを取っておかねばならない――というのが普通だけれど、ジョン・ゴッドにかかれば、死骸丸ごと回収できてしまう。……うん、私、いらない。
「終わったが――イリス?」
怪訝な顔をするジョン・ゴッド。私は今、どんな顔をしているのかな……?
「ジョン・ゴッド」
声が震えているのを感じた。どうしてだろう?
「私、わからなくなっちゃった」
わからない。わからない。体は大丈夫なのに、心がボロボロと崩れていく。涙が目元を濡らしているのに、私、どうして笑っているの……?
・ ・ ・
私はこれまで、王国を守る騎士であろうとした。母が偉大な騎士だったことが誇りだったし、それになることが私の憧れだった。
努力して力をつけ、聖剣にも選ばれた。第七王女の前に、聖騎士であることは誇りだった。
いつからだろうか。人前で、騎士という仮面をつけるようになったのは。
清く正しく、人々の模範であれ。
決して弱音を吐くこともなく、強くあれ。
困っている人を助け、優しく接し、時に励ませ。
いつからだろうか、自分が聖騎士イリスになっていたのは……? 本当の私は、どこにいるのだろう?
わからない。私はイリス。……本当にイリスなの、私は?
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