第45話、ドラゴン討伐


 王国南部にドラゴンが現れ、暴れているという。その報せは、魔境の私の家にいるイリスのもとに届けられた。


「――と、いうわけで聖騎士様」


 王城から戻ってきたウイエが、第七王女に言った。


「国の危機かもしれないほどの重大事よ! 討伐命令、よろしくね!」

「……はぁ」


 イリスはあからさまにため息をついた。私の家では、私以上にのんびり生活をしているイリスである。

 やる気がわかないのか、と思ったら、そういうこともなく。


「仕方ないわね」


 半ば諦めの境地のようだった。文句は言わなかった。


「それが、貴女の仕事でしょう?」

「わかっているわ」


 ウイエの言葉に、イリスは渋々頷いた。


「で、場所はどこだって?」

「南部のダガンの町よ」

「遠いわね」


 またもイリスはため息をついた。彼女は、私を見た。


「ジョン・ゴッド。面倒でなければ、飛空艇で送ってくれないかしら? 早く駆けつけられれば、その分被害も犠牲も少なくなる」


 ……なるほど。遠いと一言漏らしたところからして、地上を走ったのでは、それなりの日数がかかるということなのだろう。

 私が出しゃばる理由はないのだが、うちにいる面々は、何もしないのはいい顔をしないだろう。……まあ、送るくらいなら構わないだろう。 


「いいよ」


 ということで、飛空艇ウィンド号の出番だ。では早速準備にかかろう。


「わたくしも! 行きます!」


 フレーズ姫の声がした。あ、いたの、お姫様。どうやらウイエが王城に行った帰りに同行していたらしい。


「王国の危機かもしれないのでしょう? でしたら、わたくしも――」

「あなたが来て、どうなさるお積もりですか?」


 突き放すようにイリスが言った。


「あなたは騎士でもなく、戦う力もない。モンスターとの戦闘の経験のない者が、ドラゴン討伐の場にいるだけ足を引っ張るだけですが?」


 聖騎士としての正論をぶつけるイリス。しかしフレーズ姫も怯む様子はない。


「わたくしは、ドラゴンと戦おうなんて自惚れておりません。ええ、あなたの言う通り、わたくしは、ドラゴンを前にしたら恐怖で動けないでしょう。わたくしは戦えません。でも、あなたがドラゴンを退治した後、被害を受けた民の怪我の手当をする者が必要ですわ」


 つまり、フレーズ姫は戦わない。彼女の役割は、イリスが討伐を成功した後の後始末を手伝うこと。


「いいんじゃない」


 ウイエが、どこか安堵した調子になる。てっきり姫もドラゴン討伐に加わると聞いて、肝を冷やしたのだろうが、彼女の言い分を聞いたら、危険な場に出るわけではないとわかったからだろう。

 イリスも少し考え、そして小さく頷いた。


「わかっているならいい。私が戦っている間、ウロチョロしなければ」

「もちろんです。邪魔はしません」

「……だといいのだけれど」


 どこか疑うように呟いたイリスだが、完全に独り言だろう。

 それでは、いざ王国南部へ。



  ・  ・  ・



 エルフのエルバに留守番を任せつつ、私たちはウィンド号に乗って南へ飛んだ。

 私は操舵輪を握り、そのサポートにリラがついている。


 ドラゴン討伐の主役であるイリスに、その援護役で魔術師のウイエ。フォリアは後学のために同行し、フレーズ姫は戦闘後の怪我人の治癒要員である。

 王国一の聖騎士は、今回のような敵の攻撃に対して戦う使命を持っている。果たしてどれほどのものか、お手並み拝見だな。


「それで、ドラゴンですけど」


 フォリアがウイエに尋ねた。


「今回現れたのは、どんなドラゴンなんですか?」


 確かに。ドラゴンと一口に言っても様々だろう。人間と比べれば強いが、それだって上から下まで力の差は凄まじくある。


 そもそも、ドラゴンとは地上世界における最強種族とされる。

 トカゲや蛇のような爬虫類の体を持つ。大体にして巨大。その鱗はそこらの金属より硬く、傷を負わせることが難しい。背中に巨大な翼があって、その巨体に似合わず飛行が可能。口からブレス攻撃を吐いて、その一撃は小さな集落を吹き飛ばす。牙も爪も鋭く、容易く金属の鎧をも引き裂く。


 と、攻防がすでに異常に高く、それでいて体を再生させる力もあるから、誇張なしで、小さな国が一体のドラゴンによって滅びたなんてこともある。


 普通に考えれば、人間がタイマンをするような相手ではない。しつこいようだが、王国最強戦力らしいイリスが召集されるのも、致し方ないレベルの敵である。

 ……問題は、彼女で対抗できるのかどうか、だが。


「現れたのは、サンダードラゴン型よ」

「サンダードラゴン……!」


 フォリアは息を呑んだ。


 サンダードラゴン――雷属性のドラゴンらしい。


 ドラゴンには属性があって……という語弊があるか。生き物にも大抵属性があって、種族すべてが同一属性もあれば、人間やドラゴンなど得意属性がそれぞれ異なる種族もある。


 ドラゴンにおける属性は、雷を操り、吐き出すブレスは、ファイアーブレスより鋭く、そして速い。威力もかなり強力で、他のブレスより効果範囲は狭い傾向にあるが、正直誤差レベルで、危険な代物だ。他の属性ドラゴンのブレスと比べても、追撃能力が高く狙われれば、逃げきるのは難しい。


「大丈夫なんですか……?」


 フォリアは不安を口にする。彼女も、魔獣図鑑でドラゴンのことを勉強している。だから危険極まりないドラゴンの中にあって、サンダードラゴンを危険視しているようだ。


「当たってみないとわからないけれど――」


 聞いていたらしいイリスが口を開いた。


「私の聖剣は、ドラゴンのブレス攻撃を弾くわ。だから、たぶん、何とかなると思う」

「たぶん!?」


 真顔のイリスだが、フォリアは不安を感じたようだった。イリスとの付き合いが長そうなウイエが肩をすくめる。


「やってみないとわからないこともあるからね。でも、本当に危なければイリスは避けるから心配ないわよ」

「そんな……」


 不安を払拭できない様子のフォリアである。……そんな目で私を見ないでくれるか?


「彼女は王国の誇る聖騎士だ。信じなさい」


 ……まあ、駄目だったら私が何とかするからさ。こういう言い方はあれだが、私もフォリアと同様、イリスの実力のほどを知らないからね。


 ただ、彼女がしくじっても、悲観的になることはない――私と周囲の違いはそこにあるけど。

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