第44話、王と王妃の話し合い
ソルツァール王と王妃にとって、最近の関心事は、娘であるフレーズ姫の変化である。
「嬉しい。そう、それは間違いない」
病弱でお飾りも同然だった彼女が、健康になったことは喜ばしいことではある。しかし、王族として見た場合、その心境はやや複雑なものがあった。
「あの子は手の掛からない子だったからな」
医療団の世話にはなっていた。しかしフレーズ姫が王城にこもっている間は、特に王は心配もしていなかったりする。
「あの子は病弱でしたけれど」
王妃は頬に手を当てる。
「大人しくしている分には、状態も安定していましたからね」
「もっとも病であることには変わりなく、治療してしまうにこしたことはなかったが」
その方法がなかった。いや方法はあったが材料がなかった。
しかし遠縁にあたるルート家のウイエが、秘薬を完成させたことで、その問題は解決した。王と王妃は喜んだ。
「あの子にもようやく春がきたのだ」
「これまで大変だったでしょうに」
来る日も部屋から外を眺めて、自由にならない体を恨めしく思っていたに違いない。決して口には出さなかったし、王妃に対しても何一つ恨み言は言わなかったフレーズ姫である。
「だが健康になったことで、王として娘の扱いを色々考えねばならない」
王はため息をつく。
そう、たとえば婚姻とか。
「本来ならとっくに婚約を済ませているべき年齢なのだがな」
「王族の婚約は早いですからね」
今のフレーズ姫なら、何の問題もない身体状況である。だが、王族貴族の娘として年齢を考えると、少々厳しい。
「かといって、このままというのは世間的によろしくない」
別の意味で後ろ指を指される。王妃は困った顔になる。
「これまでその話題をしなかったこともあるのでしょうけれど、あの子にその辺りの自覚がなさそうなんですよね」
病弱で病持ちだから、婚約について持ちかけられたことがなかったフレーズ姫である。他国の王族にしろ、自国の貴族にしろ、健康な子を残したいと願うのが普通であるから、その点フレーズ姫は不幸だった。
だが当のフレーズ姫は、そんなことはお構いなしとばかりにと精力的に活動をしている。
自分を救ってくれた魔境の預言者――ジョン・ゴッドのもとに足繁く通っているのだ。
聖騎士イリスが目を光らせているというから、通うのを許可しているが、本来ならこの得体の知れない人物のもとに姫を通わせるのは反対しているところだ。
「ですが、ジョン・ゴッド殿はフレーズの恩人でもありますから……」
王妃は嘆息するのである。
「とはいえ、ここまで変わると、不安がないわけではないのですが」
フレーズ姫はドンドン変わっていった。王と王妃の心配をよそに、魔境の預言者から極意を学び、知識を得た。
過去に置物姫などと言った者たちが、今の彼女を見て、果たして同じ感想を抱けるのか? いや無理だろう。
勉強ができるようになり、体を動かすようになり、精悍さが出てきた。活力が漲っている人間というのは、見ていてわかるのだが、今のフレーズ姫はまさにそれだった。
「わたくしは、人の役に立ちたいのです」
フレーズ姫は柔やかに言うが、かつての儚げだったものとは違う。ただ願望を言うのではなく、それに向かって自分の足で向かっている。
これは劇的な変化と言っていい。王族としてのしがらみがなければ、親として大変嬉しい子供の変化だ。
勝手な願望を言えば、彼女がもう少し幼くあれば、今頃、名うての魔術師にも劣らぬ才能を発揮できたかもしれない。
フレーズ姫は最近、怪我人や病人のもとに訪れて、治癒の魔法をかけて癒しているという。その姿は、評判を呼びつつある。
「しかも聞いたところによりますと、一部から聖女などと囁かれているとか」
王妃は笑みを浮かべた。自分が産んだ不遇の娘が一転して認められるようになって嬉しくないはずがなかった。
しかし王の表情は優れない。
「聖女、か。それが大きくなると、王国教会も黙っていないだろうな」
フレーズ姫は教会に関わりを持たないようにしているようだが、その治癒術は目をつけられていると見てもよいだろう。
「噂になりはじめた、ということは、そういうことなのだろう」
婚約者がいない状況を利用して、王国教会はフレーズ姫を聖女に祭り上げ、教会のシンボルにしようとしているのではないか?
もし今、教会関係者が『姫殿下には、このまま清らかなままでいていただき、王国のため、その癒しの力で民をお導き頂きたい』などと言ったら、手が出てしまうのではないかと王は思った。
フレーズ姫に関して『独身』『処女』などとのたまったら、処刑してやりたい気分である。
「実際、あの子の魔法、凄いんですのよ」
王妃は言った。フレーズ姫はジョン・ゴッドの指導のおかげ、と自分の手柄としないのだが、メキメキと治癒魔法を身につけている様は、異常ともとれるスピードであり、その能力も高かった。王としてもそれは鼻が高い。娘を誇りに思う。
だがこれは神官ならずとも、王国魔術団も気にしていた。
『ジョン・ゴッド殿は、その魔術の神髄を開陳する義務がある!』
『彼の術は、今後の魔術界隈の発展に必要! 王都に召集し指導を賜るべきだ!』
などという声が上がりはじめているとか。その情報を思い出し、王はまたもため息をついた。
「気持ちはわからんでもないし、相手が相手でなければ、私もそれをしただろう。……だが」
ジョン・ゴッドはな――王は渋い顔になる。よぎるのは、怒っても美しいフレーズ姫の顔。
『ダメです。ジョン・ゴッド様は大いなる主、あ、いえ、神の御遣い様なのです。そのような人間の勝手を押しつけては、王国に罰が下りましょう!』
ジョン・ゴッドが只者ではないのは、ウイエやその後派遣したエルフ、ドワーフの技術者たちも認めるところである。凄すぎて、神だとしてもおかしくないレベルらしい。
だが、それで周りが納得するかと言われると難しい。特に姫は、ジョン・ゴッドの指導を受けている身だから、その技術を独り占めにしていたいがために、そんなことを言っているのではないか、と批判されかねない。
もちろん、フレーズ姫にその気はない。何故なら彼女は対案というか妥協案を出していたからだ。
『大勢で行って迷惑をかけず、限られた人間が教わり、その人が教わったことを広めればいいんです』
呼びつける、指導してもらう、などと話を大きくしなければよい。指導賜りたいという者たちがいるなら、そこを代表する者が学び、その者が周りに教えろということだ。
「フレーズ姫がそこまで気を遣うのだから、やはり神に関係する者なのだろうなぁ、ジョン・ゴッド殿は」
「お怒りに触れないよう、細心の注意を払う必要があるでしょうね」
王妃は頷いた。二人の意見が一致したところで、大臣たちともそのように意思統一を図ろうとした矢先、急報が王城に入った。
「申し上げます! 王国南部、ダガン町に、ドラゴンが襲来しました! 至急、援軍を求めるとのこと!」
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