第41話、お人形作り


 フレーズ姫は、人の役に立てるようになりたいと願った。


 どういう風に役に立つかは、人それぞれ解釈も違うし、考え方によっては些細なことでも役に立っているということもある。


 彼女が具体的に何を望んでいるかと言えば、『人を癒す力、魔を祓う力、浄化する力』が使える人間ということらしい。

 知識の泉で調べた結果は、神官系の職業ということだろう。


 これについてシスター・カナヴィは言った。


「要するに、あんたがネサンの村でやったことができるようになればいいんじゃないの?」


 シスターの皮を被った悪魔娘は、作業する私に後ろから抱きついてきた。


「でー、どうするの? こういう時、悪魔なら力をあげる代わりに、代価をもらって契約しちゃったりするところだけどぉ」

「そうらしいな。どういう取引を持ちかけるんだ?」

「んー、そうねぇ。自分で見つけたものなら状況や気分次第なんだけど、召喚された場合は安く利用されないために、取り返しのつかないものを代価に要求するわね」


 つまり、都合よく何度も召喚されたり、小間使いにされるとムカつくので、法外な何かを要求して、そう頻繁に召喚してお願いできないようにするということだ。


「魂を差し出せ、というのは究極よね。死後、永遠の奴隷となるのと引き換えに、その人の願いを叶えるとか、手足の一本とか、呪いとか、才能を失うとか――」

「ろくなものではないな」

「人にお願いするんだもの。タダではやらないわよ。人間社会ってのは、そういうものでしょう?」


 それを元神、元女神の悪魔が言うのだ。やれやれだ。


「純粋なお願いなら、何とかしてあげてもよい、そうは思わないのか?」

「元神様らしいお言葉」


 カナヴィは私の耳をつついた。


「過干渉にならない程度の加護は許されているけれど、それ以上は駄目――それが天界のルールだもんねぇ。あ、でもあんたはもう神様じゃないんだから、干渉しまくってもいいんだけっけ?」

「節度はもって、だけどね」


 あまり派手にやると、天界からお叱り、または制裁くらって、本当に悪魔墜ちしかねない。


「君にも手伝ってもらおうかな?」

「いやーよぉ。どうしてワタシが見ず知らずの他人のために働かなきゃいけないのよぅ」


 カナヴィは唇を尖らせた。


「それとも、ワタシが彼女に契約をふっかけて、能力を与えろってこと? それなら、あの子の大事なモノと引き換えにやってあげても――」

「これ」


 私は、肩の近くにある彼女の顔、その鼻先をつついた。


「別にタダでやれとは言わないさ。何か欲しいものをあげよう。元神仲間のよしみとして」

「その元神仲間とほざいているあんたに、追放されたんですけどぉ?」

「ルールを破った君が悪い」


 私の仕事がそれなのだから、私に仕事をさせたカナヴィが悪いよ。


「まだワタシぃ、報酬もらってないんだけど?」

「……だから、こうして、君のお求めの人形を作っているんじゃないか」


 可愛いお人形さん――以前、カナヴィに頼んで調べてもらった件の報酬として要求されたものを、私が製作している。


 神の能力を奪われ、悪魔となったカナヴィは、こういう物作り系には、とんと能力もなければ才能もなくなっている。だから悪魔は、基本他人のモノを手に入れようとする。


「可愛い、ねぇ……」


 皮肉げなカナヴィ。私は笑った。


「可愛いの解釈違いだな」


 最初に作ったのは動物の人形だった。小柄で中々愛らしいフォルムだったのだが、デフォルメが利き過ぎたせいか、カナヴィは口をへの字に曲げた。


『可愛いは可愛いけど、そういうのじゃないのよ!』


 要するに、彼女が求めていたのは、性的欲求を満たすための人形だったらしい。そっち方面のことはあまり詳しくないが、カナヴィ曰く、色々やってみて気持ちがいいものらしい。


 じゃあ、何で人形なんか欲しがるのかと聞いてみれば、理想の子が中々いないのと、手軽にやりたい時に使いたいのだそうだ。


 ちなみにそれとは関係ない試作モデルは、我が屋でマスコットとしてフォリアやフレーズ姫に遊んでもらっている。


「それで思い出したけれど、お姫様のお手伝いしたら、二体目作ってくれるぅ?」

「まだ一体目なんだけど……。まあ、それでいいんなら作るが」

「二体目は、動物型がいいわ。四足のやつ!」


 ……一体何に使うんだ? 


「乗り物か?」

「あー、やっぱり! そうじゃなくて――いや、そっちの機能も悪くないけど、ワタシが欲しいのは、こっちでも楽しめるやつ」


 彼女が自分の体の一部を押さえたのが見えたが、深く突っ込まないようにしよう。知識の泉に助けてもらえば、何とか作れるでしょう。


「ふーん。まあ、それはそれとして、とりあえず一体目だ」


 人型のそれ――知識の泉で引っ張り出して製作したのは、ホムンクルスという名前の人工生命体。


 世界によって、その仕様がだいぶ異なるもので、一説では、世界のあらゆる知識を持っているとか、小人サイズでフラスコの中しか生きられないとかあるらしいが、そんな大層なものではなくて、ゴーレムより人型に、かつその思考能力も改善したタイプに近いかもしれない。

 一部を除いて、体の構造は人間のそれに近いという部分が、ゴーレムとの決定的違いではあるが。


「で、基本の姿は、女性型でいいんだね?」

「ええ、大変よくってよ」


 カナヴィがニヤリとした。基本、カナヴィは性別を気にせず、どちらもイけるという。それを言ったら、神様の性別も曖昧なんだけど。女神というのは、あくまでそちらのスタイルでやっている神か、人から神になったパターンとかになるものだ。


「性別変更機能は持たせてあるのよね?」

「君のご要望だからね。部位のサイズも変更可能だ」


 お好きな性別、お好きな体格の相手とご自由に。


「やったー! もうね、これまでのことは許してあげちゃうわ!」


 何か許されないといけないことをやった覚えがないのだが? 彼女が追放されたのは、自業自得だから、私のせいではないよね?


 それはともかく、さすがの悪魔でも、こういう人形を自分で作る能力はないから、カナヴィは、一応ホムンクルスである人形に大喜びだった。

 早速カナヴィは、ホムンクルスを長い栗色の髪の美女の姿に変える。私は聞いた。


「服は?」

「それくらいはワタシが用意できるからいいのよー」


 どこからか魔法で盗んでくるんじゃないか? 作る能力はないが、魔法に限れば悪魔は強いからな。


「ちなみに、モデルはいるのか?」

「んー、昔狙っていたシスター仲間」


 そう言いながら、カナヴィは、ホムンクルスを部屋へと連れ出した。これからお楽しみなのだろう。……胸、大きかったな。彼女の趣味なのだろうなあれは。


 さて、二体目は四足動物という希望だったが、どんなのがいいんだろうか? 知識の泉で漁ってみるとしよう。

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