第40話、お姫様のお願い


「え、ミリアン・ミドール?」


 その名前を教えた時、ウイエが反応した。私の家での晩餐時。情報提供元は隠した上で、ネサンの村での騒動について話すわけだが。


「知っているのか? その人物について」

「元王国魔術団にいたエリート魔術師よ」

「そういえばいたわね、そんな名前の魔術師」


 イリスも聞き覚えがあるようだった。


「確か、異端の魔術に手を出して、追放されたんじゃなかったかしら?」

「まさにそれよ。ミリアン・ミドールは、死者を蘇生させる術の――あぁ、そういうこと」


 ウイエは合点がいったようだった。


「追放された後も、研究を続けていて、それをネサンの村で試したわけね」

「なんて奴!」


 イリスが怒りを露わにすると、フォリアもまた同様の顔になった。ウイエが私を見た。


「それにしても、どうしてわかったの? 貴方、彼と知り合いなの?」

「いいや、会ったことはないね。瞑想中に、こうお告げがあったのだ。闇の気配を感じたからね」

「……」


 無言になるウイエ。フォリアが手を叩いた。


「神のお告げですね!」

「あぁ、そうだったわね。貴方、預言者なんだっけ」


 そんなつもりはないが、ネサンの村では住民たちから特にそう言われたね。ここは否定も肯定もせずにしておこうか。違うと説明するのも話がややこしくなりそうだから。それでこの件をこれ以上深く追求されないためなら、そのほうがいい。


「信じる信じないは任せるさ。とりあえず、今回の件を探るなら、彼を調べたほうが早いという話だ」

「わかったわ。そのように話をしておくわね」


 ウイエは頷いた。まあ、調査の取っ掛かりができたとでも思ってもらえればそれでいいんだ。


 それではこの件は終わり……のつもりだったが、ウイエとイリスが、ミリアン・ミドールについて、ああでもないこうでもないという話をしていたので、しばらくその話を聞くことになった。


 王国お魔術団にいた頃は有名な人物だったが、魔法第一主義的で、やや危険思想が見え隠れするとして、周りから警戒されていたそうな。その末が、禁じられていた書物に手を出して、追放とは。


 うーん、私も追放する側だったからね、王国側の処置についても理解できる。追放で済んだのは、誰かで人体実験したとか、そういうのがなかったからかな。


 こちらで夕食が済んだ頃、ウイエが一度報告に王都へ戻った。入れ替わるように、フレーズ姫がやってきた。やあ、お疲れ様。


「ジョン・ゴッド様。わたくしのお願いをお聞きいただけますでしょうか?」


 何やら神妙な調子だった。


「どうぞ」

「わたくし、ネサンの村では何もできませんでした」


 う、む……? まあ、そうだね。しかし、君は病み上がりに近い、特に何か特技がない普通の人だろう? そういう人間に、あの場で何かを期待していないよ。


「アンデッドに冒された集落に、危険を顧みず単身挑まれる勇気。そして汚染を浄化し、民をお救いした……。誰に言われたわけでもなく、あなた様は、迷うことなく行動されました」


 ……。


「わたくしも、健康を取り戻した今、いつまでも何もしないというわけにはいきません。では何ができるのか……」


 どうやら真剣なお悩みの様子である。


「それでわたくしは、人の役に立てる人間になりたいと思いました。あなた様のように。……王族として、民を守り、救いたい。ですのでお願いします! わたくしに、人を癒す魔法を、魔を祓い、浄化する魔法をご指導いただけないでしょうか!」

「私に?」

「はい。ウイエさんから、ジョン・ゴッド様は偉大なる魔術師とお伺いしています。さらにネサンの村の浄化の力は、第一級の神官のそれを上回る魔法だと思います。もちろん、生まれてこの方、人に守られてきて、何も知らない未熟者ですが……どうか! お願いします!」


 切実かつ、迫真の感情である。知識の泉の資料で読んで知った王族のパターンでも、かなりレアではないだろうか。


「たとえ、一般神官ほどのお力でも構いません。わたくしは、ジョン・ゴッド様のようになりたいのです!」

「フレーズ姫」


 震える彼女の肩に、私は軽く手を置いた。


「あなたは、私にはなれない」

「!」


 お姫様は言葉を詰まらせた。私は続ける。


「あなたはあなただ。私にはなれないし、私も、あなたにはなれない」


 よろしいか? 私は元神で、あなたは人間だ。逆立ちしたって、神様にはなれない――というのは野暮だ。しかし普通に指導して、私のようになれるか? というと、現実的な壁というものがあるのだ。これを説明してどうこうというものでもないが。


「できる範囲からはじめていけばいい。そんなに結果を急いではいけない」

「……はい。もちろんです」


 フレーズ姫が頭を下げた。うん、わかってくれればよろしい。あまりに切迫感を出すから、こちらまで慌ててしまうではないか。知識の泉から、役に立ちそうなものを引っ張ってこれるし、暇だったら見るくらいはいいよ?


 彼女も、元々私から指導を受けたいという話なので、これは彼女の望む結果の一つであろう。


 それによくよく考えると、私ほどではないにしろ、フレーズ姫がネサンの村のような汚染を浄化ができるようになれば、何かあった時、私の方に頼み込んでくるようなこともなくなるのではないか。

 そう考えるなら、これは私のためにもなるな。


 ということで、フレーズ姫の能力面を鑑定してみよう。何か才能があれば、それも彼女の自信に繋がるかもしれない。

 そうだ、自信だ。フレーズ姫は幼い頃からの病のせいで、自分に何ができるかわからず、自信が持てずにいるのだ。

 だから、まずは自信をつけさせるべきだろうね。


 ……さて、鑑定によると、これといって何かに秀でている部分というのは残念ながらない。前回、体力面を見た時は、人間としては本来健康で体力がつきやすく、また魔力の総量も多めと出ていたから……。


 まとめると、育てれば魔術師や神官など、魔法を行使する方面で一線級のレベルに達する。しかし間違っても天才ではなく、何か特別な力があるわけではない。つまり、人間の枠内ということだ。


 うーん、彼女が一端として認められるのは何年後になるか。それではちょっと遅いんだよなあ。彼女の場合。これが子供の時から教育できていれば、今頃、ウイエのように有力な魔術師なり神官になっていただろうに。


 これはちょっと、梃子入れが必要かな……?

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