第39話、シスター・悪魔が報告にきた


 飛空艇による遠出は、想定外の状況ではあったが、私としては無事に家に帰ることができたので、よしとする。

 ネサンの村を出た後、ウィンド号で王都を遠くから見て、魔境との位置関係を把握したので、出かけた成果はあった。


『このまま王都へ行かれるのですか?』


 フレーズ姫がそう聞いてきたが、私は首を横に振った。飛空艇はこの世界でも非常に珍しいものとなっているそうだから、それで乗りつけたら大変なことになるのは想像できる。……実際、ネサンの村の住人たちが、ウィンド号を神の船だと跪いて拝んでいたからね。


 帰りは、フレーズ姫がやたらと興奮して、村を浄化した事について云々と少々煩わしくあった。イリスは複雑な表情を浮かべていたが、それだけだった。


 私やフォリアが家に戻る一方、フレーズ姫、イリス、事情を聞いたウイエが慌ただしく王都へ転移した。ネサンの村の出来事を報告するためだという。一歩間違えば惨事になるところだったから、らしい。


 本当は私にも来て欲しそうにしていたが、前にも言ったが王都に行く用事はないし、王様の部下でも民でもないからね。国のために働いたわけでもなく、あくまで個人的動機でやったことだから、出向く理由にもならない。


 ということで、私はのんびり家で過ごし、エルフのエルバ、ドワーフのリラと魔道具についてあれこれお喋りを楽しんだ。物作りについて話すのは楽しいね。

 が、このお話の時間は長くは続かなかった。シスター・カナヴィが来たからだ。


「フォリアちゃーん。ジュースちょーだい!」

「はーい、ただいまー」


 すっかり慣れた様子のやりとりをよそに、私とカナヴィは場所を変えて最近、増築した小屋へ移動した。いわゆる、カナヴィ用のお部屋というやつだ。家具などはうちで作ったものだけど。


「なーんか、大変だったそうねぇ。聞いたわよ、ネサンの村、だっけ?」

「おや、耳が早いね」


 小さなテーブルに向かい合って、椅子に座る。元女神、現悪魔のシスターは、だらしくなくふかふかソファーに座った。


「何を知ってるんだ?」

「タダで教えろって?」

「ここでは通貨もないから、お金のやりとりはないんだよ」

「別にお金とは限らないんじゃない?」

「ジュース飲んだり、食べたりしているだろう」

「……まあ、そうね。タダでもらっているんだから、それで貸し借りなしってことで手を打つべきよね」


 カナヴィは足を組み替えた。


「今回の事件は、ミリアン・ミドールとかいうネクロマンサーが仕組んだものらしいわよ。動機は知らないけれど、何か王国に恨みがあるみたいよ」

「恨み、ねぇ。どこで知ったんだ?」

「悪魔仲間から知ったのよ。死霊術を知りたいって召喚された悪魔がいて、そいつに神の知識の中の死霊術を教えてあげたんだって」

「悪魔仲間ねぇ」

「召喚術は知っているかしら? 魔力と何らかの触媒やらを合わせた神との交信に使われた秘術」


 あぁ、あれか。神を呼び出して、予言や願いを求めたりするやつ。昔からそういうのはあるが、もちろん天界から呼び出すにば、生半可な魔力では足りないから言うほど簡単ではない。


「元は神だったが、いつからか悪魔や天使召喚というのが流行ったな」

「そう。神様を呼び出すのは難しいけれど、天使や天界から追放された元神なら、多少はやりやすいってやつ」


 カナヴィは笑った。追放された神や女神が悪魔に身を落とした後、この地上世界で生きていくために人間などを利用する。対価と引き換えに願いを叶えることで、悪魔自身も願望を果たす。……交換条件というわけではないが、元神である悪魔は、まあ狡猾で大抵は人間側は利用されて終わる。


「で、それでミリアン・ミドールに、死霊術を与えたって通知が、悪魔の情報網に上がっていたわけ」

「それは、召喚されたら全悪魔に知らされるものなのか?」

「そうよ。一応、追放された者同士のよしみでね。あんたは絶対に入れてあげないんだから!」

「悪魔を名乗るつもりはないから、謹んで辞退するよ」

「お呼びじゃねーっての。……まあ、そんなわけで、悪魔同士の連絡網に、召喚魔法を使った人間などのリストがつけられるのよ。ふざけた奴なら、リスト上にメモもつけられるから、他の悪魔が召喚されても、要注意ってわかるって寸法よ」


 あぁ、そういう意図の連絡網か。私は理解した。元神、元女神としては、人間にただ利用されるだけだったり、出し抜かれるのは嫌だってことだ。


「その情報、人間側に回していいか?」

「え? 連絡網? それはダメよ」

「ミリアン・ミドールが死霊術を使って今回の事件を起こしたって話」

「あー、そっち? 悪魔の情報網の話をしなければ、別にいいわよ。人間がどうなろうが、ワタシたち的にはどうでもいいから」


 カナヴィはグビリとレモーニジュースを飲んだ。ふむふむ、なるほどね。


「それで、前々から聞いていた、イリスの母親の件は何か進展があったのか?」

「……ええ、調べたわよ」


 悪魔シスターは、途端に顔をしかめた。


「この件に関しては、ほんと骨を折ったんだから、何かご褒美くれてもバチが当たらないと思うわよ」

「そうか。それはご苦労様。何かご希望があれば聞こうか」

「……マジ?」


 カナヴィは眉をひそめた。


「あんたが、ご褒美くれるって言うの? あの追放神が?」

「可能な範囲でね」


 それで、真相は? イリスの母の病死は、人為的なものか否か。


「陰謀は何もなかったわ。まあ、当然よね。フレーズ姫の件とイリス姫の件に関わった悪魔は別だもの」


 前者がカナヴィ。後者がその別の悪魔。


「イリス姫のお母さんは、その悪魔と戦った時の傷、その呪いが原因。王族や貴族が仕組んだものではなかったわ。……まあ、彼女の死を望み、喜んでいたのが何人かいたけれど、何か手を出したっていうほどではないわ」

「そうか」


 任務中の怪我で死亡ということが確定か。


「過去見の婆さんにムリ言って見てきたから間違いないわ」

「なるほど。ありがとう。彼女にもそれとなく伝えておくよ」


 イリスの内側に巣くっている問題の解決の一助になるといいんだが。


「それで、カナヴィ。ご褒美の件だが」

「そうねぇ……。ワタシ、お人形さんが欲しいわ」


 そう言うと、彼女はシスター服越しに自らの下腹部に手を当てた。


「ちょーと、ここが寂しくてねぇ。とっても可愛いお人形さんを、ちょーだい!」

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