第38話、悩める王
ネサンの村で起きた事件は、ソルツァール王国の中枢を驚かせた。
アンデッドの発生。それで村一つが制圧されかけたこと。これは事が事だけに、被害が拡大すれば王国の危機に発展する恐れがあった。
きっかけはなんだったのか?
イレギュラーが重なって、自然発生してのか。それともどこぞのネクロマンサーが仕掛けた事件だったのか。
原因究明が急がれるが、それよりも王国――王を驚かせたのは、そのアンデッドに汚染された村が、一人の男によって浄化されたこと。
ジョン・ゴッド。謎の魔境の住人。
一度汚染された人間は、高位の神官、治癒術士の魔法でなければ治すことは不可能。それでも確実でなく、アンデッド化に至る恐るべきものである。
それをまさか治してしまう人間がいるとは! これは驚嘆すべき事実だが、普通であれば、あり得ないと一笑に付すところである。
しかし、それを目撃したのが複数いて、たまたま現場に居合わせた第一王女と第七王女がその目撃者だというのだから、無視もできない。
「奇跡です! ジョン・ゴッド様は、神の力を行使できる預言者様なのです!」
最近、ジョン・ゴッドへの傾倒が凄まじいフレーズ姫は、そうまくしたてた。一方で常に冷静沈着、感情が表にあまり出ないイリスによる報告は――
「事実です。そうとしか、あの場で起こった浄化現象について説明がつきません」
ここしばらく、ジョン・ゴッドの家にいて監視していたイリスは、やはり事務的であり、感情――興奮を露わにしているフレーズ姫とは対称的だった。
ソルツァール王は、頭を悩ませることになる。
重臣たちを集めた会議で、この件について話し合いとなったが、意見が割れた。
「そのような優秀な人間がいるならば、我が国で登用すべきでしょう。村ひとつ浄化できる術者など、教会よりも優秀です」
「しかし、かの者は、どこの馬の骨とも知れぬのであろう? 危険ではないか?」
「左様。他国の間者の可能性も否定できない」
「間者が魔境などに住むか?」
「あるいは魔境で調査をしているのではないか? 報告では、魔境には古代文明の遺跡があったとか。そしてジョン・ゴッドは、その魔境から空を飛ぶ飛空艇を再現したとか」
その大臣は言った。
「このまま放置しておくのは危険なのでは?」
「だが、預言者かもしれんのだろう? 神の力を受けることができる者の手を出せば、神の怒りに触れるぞ」
「その通り。古今、預言者に害を与える者やその国には災いが起こり、滅びてしまった例も存在する。安易に介入するのは、国の破滅をもたらすやもしれぬ」
「……怪しいところはありますが」
一人の大臣が、冷静な口調で言う。
「一つ、思い出していただきたい。ジョン・ゴッドが、ここまで我々に対して何をしてきたか」
大臣たちは押し黙る。
「彼がやったことは、フレーズ姫の病を治療する薬草を提供したこと。そして今回、ネサンの村のアンデッドの浄化。……我が国にとって利になることしかしていません」
「工作員として、疑われないようにするためではないか?」
「それはないな」
別の大臣は顔をしかめた。
「工作員、間者であるなら、良くも悪くも目立つのは控えるものだ。こちらを信用させるためにしゃしゃり出なくても、姫君の薬草のことも黙し、ネサンの村も見て見ぬ振りをすれば、無関係のままでいられた。だが敢えて介入し、解決に導いた。……彼が敵対者であるならば、事態を収拾させないほうが得のはずなのに」
「……」
「事と次第によっては、ジョン・ゴッドは国を救ったのだ。これを他国の間者や工作員がするだろうか?」
「ではジョン・ゴッドは、本物の神の遣い、または預言者だと?」
「そもそも間者に、アンデッドの浄化ができるか?」
「……しつこいようだが、今回のアンデッド騒動が、人為的なものだった場合、ジョン・ゴッドが関わっており、その後始末に現れた可能性だってなくはない。……敵にしても、イレギュラーな事故だったとか」
「憶測ですな」
「左様。可能性の話ならば何とでも言えましょう」
大臣たちのやりとりに、王は黙って聞いていたが、静かに口を開いた。
「これからどうすべきだと思うか?」
「……そうですな。本物の神の遣いであるならば、よかれと思って取り込もうとすると神のお怒りに触れる恐れがありましょう」
神官系の大臣は言った。
「できれば彼の知識や技術を取り込みたいところではありますが、我らが大いなる主に裁かれるのは勘弁というところです」
「明確な敵であるならば、対処の必要があるでしょうが……」
先ほど、ジョン・ゴッドを間者ではないかと言った大臣は言った。
「現状は、他の方々がおっしゃる通り、我が国にとって利のあることしかしておりません。……もちろん、完全に信用できるかといえば、わからないとしか言いようがありませんが」
「当面は監視に留めるべきかと」
とある大臣は言った。
「すでに、イリス第七王女殿下が、ジョン・ゴッドをマークしております。このまま監視を続けていただき、敵であったならばそのまま……」
「それが無難か」
ソルツァール王は頷いた。
「確かに、得体の知れない人物だ。しかし結果として、私にとっても国にとっても恩人であることには変わりない」
第一王女の病の治療、そして村の浄化。それを忘れることはできない。
「それに、彼のもとに送った技術者には、相応の知識の学習を許しているという報告を受けている。あと何人か、ジョン・ゴッドの素性を探るために送り込んで、判定してもよいと思う」
「そろそろ拒まれませんでしょうか?」
大臣の一人は言った。
「古来、魔術師にしろ技術者にしろ、自分のところの術が広まるのを嫌い、秘匿する傾向にありますれば」
「その時はその時だ」
ソルツァール王は席を立った。会議は終わりということなのだろう。
「今でも、イリスやウイエが見ているのだからな」
大臣たちは席を立ち、王の退出を見送った。
ソルツァール王は臣下の前ではそう言ったが、内心不安もあった。
それは、フレーズ姫がジョン・ゴッドに対してかなりの傾倒を見ていることだ。元気になったのは嬉しいが、彼のことを神の遣いと信じて疑わず、熱心な信奉者となっていることだった。
少し前までは考えられないことではあったが、活発に動けるようになった面が、まさかこうなってくるとは……。
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