第37話、その男、預言者?


 どうしてこんなことになってしまったのでしょう!?


 わたくし、初めての飛空艇に乗って、素晴らしい体験をしていたのに、まさかまさか、王国領内の村がアンデッドに襲われている場に出くわしてしまうなんて!


 第一王女として、わたくしはこういう場合、どうすればいいのか? 義妹にあたるイリスは、アンデッドは早期に処理しなければ国が危険を言いました。彼女は、王国一と謳われる聖騎士。国に大事があれば、剣を振るうのが使命。

 事態は深刻です。


 ですけれどわたくしは? 先日まで病で、体が弱かったというのは、ここでは言い訳にしかなりません。

 戦う力もなく、さりとて魔法が使えるわけでもない。この場にいるだけの、ただのお荷物です。


 村では、アンデッドに脅かされて、しかし助けを待っている人がいるかもしれません。もしそうなら王国の民として助け出さねばならない。けれど、わたくしに、その力はない……。


 非力、無力。それがたまらなく悔しい。わたくしにも、イリスのように力があれば……。それか、彼女を助ける魔法なり能力などがあれば……。


 その時でした。


 ジョン・ゴッド様が動いたのです。機械職人のリラに、ウィンド号の操船を任せると、ひとり村に飛び降りたではありませんか!


「この高さを――死ぬ気!?」


 イリスが言いました。常人では飛び降りて、ただでは済まない高さと言うではありませんか! ジョン・ゴッド様!


 慌てて下を見れば、ジョン・ゴッド様は何事もなかったように立っていました。ああ、大丈夫だったのですね。


 安堵したのもつかの間、アンデッド――化け物のような肌に姿をなってしまった元村人たちが、彼のもとに集まってきました。


 ジョン・ゴッド様は魔境で生き抜くほどの強者と伺っております。けれどわたくしは、あの方の強さは見たことがありませんでしたから、不安でたまりませんでした。


 でも、それは杞憂に終わりました。


 光が、ジョン・ゴッド様の周りに昼間にもかかわらず白き光が溢れてきて、それは村全体を包み込んだのです! わたくしたちも飛空艇にいましたが、その光が意外と眩いわけではないものであることに驚きました。


 イリスが口走ります。


「これは、そんな……。浄化なの?」

「浄化……?」


 確か、教会の高位神官が、死霊を祓い、悪魔を撃退する神聖魔法の一つだったと記憶しています。もちろん、それを見たことがありませんが、私には確信がありました。

 これは、ジョン・ゴッド様のお力だと。


 やはり、あの方は、神の遣いか預言者に違いありません! 人を傷つけない優しい、しかし強い光など、神の御業。ジョン・ゴッド様が神の遣いか、神託を受け、時にその力を代行して使用すると言われる預言者でなければ、起こり得ないことです!


 そして、全てが終わりました。

 村を覆っていた禍々しい空気は消え去り、あの不快だった匂いもなくなりました。徘徊していたアンデッドだったものが、村人に戻り、自分たちの状態に驚き、しかし人間になっていることに喜びの声を上げたのです。


 あぁ、何ということでしょう! 神様――村は、人は救われました。王国も危機を脱したのです!


 飛空艇は、村の外、入り口近くに降ります。リラは『着陸は初めてなのです!』と、フォリアとあれこれやりながら、無事降りることができました。


 イリスが一目散に船から飛び出し、ジョン・ゴッド様のもとへ駆けつけます。わたくしも続こうとしたのですが、フォリアに止められました。


「まだダメです、フレーズ様! 安全確認が済んでからです!」


 護衛の騎士のようなことを、彼女は言いました。フォリアは冒険者で、わたくしよりも修羅場に慣れていらっしゃいます。その判断と行動は、実に頼もしく、同時に何もできないわたくしは己の無力ぶりを思い知らされます。


 せめて飛空艇の甲板から、村とジョン・ゴッド様たちの様子を見守ります。


 そして思います。わたくしは、何ができるのだろう、と。

 こんな気持ちになったのは初めてです。何者にもなれない、ただ病に蝕まれる人生。そこから救い出されて、体が動くようになって……それで終わりでいいのかと。


 人並みのことができるようになった。であるならば、わたくしも何かできるようにならなければならないと。

 ただ、苦しかった分、今を楽しんでばかりでもいけない、と。わたくしは王族であり、これまで助けられてきたことへの感謝を、気持ちだけでなく、形にしないといけないと思いました。


 ……ジョン・ゴッド様。わたくしに、何ができるのでしょうか……? 神は、わたくしに何を求められていますか?



  ・  ・  ・



 ジョン・ゴッドは、やはり只者ではなかった。

 ネサンの村がアンデッドに汚染された。そのことで、どうせ私が処理しないといけないと思った。


 聖騎士イリス――国の大事は、私が何とかするもの。いままで散々頼られ、まだ何も言われていないけれど、どうせ私がやるしかないんだと覚悟を決めた。


 けれど、私より先んじて、ジョン・ゴッドが村に降りて、武力制圧ではなく、神聖力で村全体を浄化してしまった。


 こんなの奇蹟じゃない。しかもアンデッドと化した村人たちも、元通りって……!


 ウイエは、ジョン・ゴッドを、どこぞの高名な魔術師で、おそらく大陸一の能力者ではないかと、推理した。


 いいえ、魔術師ではないわ。高度な大司教級以上の神官。神からの加護を受けた奇跡の子か、フレーズが言うように、神の遣いかもしれない。


 村人たちには、アンデッドにやられていく記憶が残っていたようで、そこから救い出したジョン・ゴッドに、惜しみない感謝を告げていた。


「あなた様が来られなかったら、今頃村は――」

「この子たちを救ってくださり、ありがとうございます!」

「聖者様だ……! 神の御遣い様だっ!」


 村人たちの声に、ジョン・ゴッドは、ただ黙ってニコニコしていた。否定しないの? 本当に聖者や神の遣いって認めてしまうの?


「私の声を、主が聞き届けて、皆さんに慈悲を与えただけのこと。私は祈っただけ。気にすることはない」


 ジョン・ゴッドはそう言った。いやいやいや、気にすることでしょう!? 本気で言ってる? 誤魔化しのつもりなら、墓穴を掘っているわ!


「預言者様だ……!」

「預言者様っ!」

「預言者さま――」


 ジョン・ゴッドを囲んで、村人が跪き、祈り始めてしまった。あーあー、まるで御神体みたいになっちゃってるわよ、ジョン・ゴッド!

 ……しかも何、そのやり遂げたような満足そうな顔! ジョン・ゴッドは、村人が神に感謝するさまを見て、顔を綻ばせている。


 魔術師? 教会関係者か、ガチものの預言者じゃないの、この人!

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