第36話、遊覧飛行中に、見た!


「雲と言っても、霧のようなものなのね」


 イリスが、雲の中を通過するウィンド号の甲板で、手を伸ばしてみた。フレーズ姫も両手を伸ばして、雲に触れようとするが……。


「すり抜けてしまいますわね。……雲は触れることができないものだったのですね」


 心なしかがっかりしているようだった。


「残念そうだね」

「わたくし、雲は上に乗れるものだと思っていました。そういうお話を読んだことがありますので」

「それは残念だったね」


 天に神様が住んでいるから、とか、そういう連想かな? 雲の上が歩けるとかそういうのは。


「雲も霧も、その正体は小さな水滴だからね。基本は同じもので、違いは空の上か、地表かというくらいだ」

「水滴……水なのですか?」


 フレーズ姫の問いに、私は頷いた。


「そう。ちょっと湿っぽいだろう? 特に濃い雲を通った後などは、肌や服が微妙に濡れるものだ」

「そうなのですか」


 なるほど、と感嘆の声をあげるフレーズ姫。イリスは腕を組んだ。


「霧の中が湿っぽいのは、そういう理由だったのね」

「じゃあ――」


 フォリアが口を開いた。


「空から雨が降るというのは、雲の中の水滴だったり、します……?」

「そういうことだね。雲の中の水滴が集まって重くなったら、落ちてくる。それが雨だ」

「へぇ……」


 天気談義をしながら、ウィンド号で遊覧飛行。雲が多いところもあるが、基本的にはよい天候。

 と、下に集落が見えた。


「ジョン・ゴッド様! もう少し近くから見えますでしょうか!?」


 ここからでは高くて、細部まで見えない。フレーズ姫のご希望だが、私個人としても見たかったから、ウィンド号の高度を下げた。

 最初は指先ほどの小ささだったそれが、だんだん大きくなってくる。……と?


「ジョン・ゴッド。何か、様子がおかしい」


 いち早くイリスがそれに気づいた。うむ、何やら邪な気配を感じる。視力拡大――天の目で、町の様子を見よう。……おう。


「何があるの、イリス?」


 フレーズ姫が聞けば、イリスは下を見ながら真顔で告げた。


「まだわからないわ。でも、何か嫌な感じ」


 まさしく。ずいぶんと顔色の悪い者たちが、村を徘徊しているな。鑑定、鑑定っと。

 アンデッド。元は村人だが、ゾンビ化している。

 村全体がやられたのか、ゾンビ化した者だらけのようだ。


「うっ」


 フォリアが鼻を押さえた。


「何か、臭いませんか?」

「ええ、死臭がするわ」


 イリスもそれに気づいた。そして見えてくる光景にゾッとしたようだ。


「まさか、アンデッド!?」

「アンデッドって?」


 問いかけるフレーズ姫に、フォリアが答えた。


「死せる者です。死んでいるにもかかわらず、動いたりする生ける屍……」

「それって、生きているの? それとも死んでいるの?」

「基本は死んでいるわ」


 淡々とイリスが告げた。


「仮の命を吹き込まれた死体というものもあれば、死者でも生者でもないとも言われているわ」


 死者でも生者でもない、というのが、この場合は当たっているな。死にきれていないから、どっちでもない状態。だがこのままなら、確実に死んで徘徊するだけになるけど。

 イリスが顔をしかめた。


「ここ、ネサンの村よね。まさかアンデッドに汚染されたなんて」

「どうなるんですか?」


 フォリアが問うた。イリスは厳しい表情のまま答える。


「これ以上、アンデッド被害が拡大しないように、全滅させる」

「殺すの!?」


 フレーズ姫が非難げな声を上げる。イリスは突き放すように言った。


「もうすでに死んでいるのよ。今は、これ以上被害を増やさないようにするのが先決。集落壊滅規模のアンデッド発生は、初期処置を誤ると国が滅びるのよ!」


 それは困るなぁ。アンデッドは生者を取り込み、汚染となって広がっていく。それは人間に限らず、他の種族、生き物にも感染する。……嫌だよ、魔境にまで汚染がくるのは。


「ここで何とかしないといけないわけだ」


 私が呟くと、イリスが、操縦デッキにきた。


「ジョン・ゴッド、悪いけど船をもう少し下げて。私は町に飛び降りるから、その後は高度をとって」


 剣に手をかけているイリスに、フォリアが何かに気づいた。


「一人で行くつもりなんですか? イリス様」

「アンデッド相手は、危険よ。Sランクの私が対処する。あなたたちは王都に行って、この事態を通報しなさい。手遅れになる前に」

「危ないですよ!」


 王国最強の聖騎士は、一人で乗り込むつもりだ。


「それに今は第一王女……フレーズ姫もいる。彼女の身の安全も図らないと」


 イリスの言葉に、フレーズ姫は開きかけた口を閉じた。一応、イリスがいるから、私のところに来る許可がでているお姫様である。それはそれでいいんだけど、それ私に王都へ行けって行っているんだよね? それは面倒だなぁ。


「リラ」

「お呼びですか!? マイスター・ゴッド!」


 下のデッキからドワーフ娘が顔を覗かせた。


「操縦を代われ。やり方はもう覚えただろう?」

「は、はい!?」

「お師匠様!?」

「ジョン・ゴッド、何のつもり?」


 リラだけでなく、フォリアもイリスも驚いているが、いやわかるでしょうよ。


「ちょっと面倒だから、下を片付けてこようと思ってね」

「本気なの? ジョン・ゴッド!」

「冗談を言っているつもりはないんだけどね……」


 私は、そのまま飛空艇の手すりのもとまで行き、甲板を蹴った。お先にー。


「ちょっと高さ――」


 イリスの声は途切れた。そして私は集落――ネサンの村と言っていたかな? そこに降り立った。


 綺麗とも言い難い年季の入った家が建ち並び、そしてアンデッド化した村人らが、まばらに徘徊している。土色の肌に、汚染されたアンデッドに襲われ噛まれたか、服の一部が破れていたり、出血している者もいた。

 そして私の降下に気づいた者が、こちらへ動き始めた。


「ざっと見て、百人はいないな」


 しかし、一人一人相手にするのは面倒だ。まとめて処理しよう。

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