第35話、空の散歩
我が家の図書室は、人を引きつける魅力があるらしい。
ここ最近、フレーズ姫はほぼ毎日のように私の家を訪れている。
「本当は、こちらで暮らしたいのですが――」
申し訳なさそうにいう第一王女。
「お父様たちがお認めにならないのです」
「そうなのか」
私としては、よその話なので他に言いようがない。ずいぶんと気に入られたようだ。
「本当は、頻繁にこちらを訪れることもよく思っていないようなのですが……」
お姫様がちょくちょく魔境の隠れ家に行くというのは、あまりよろしくないらしい。
「こちらで知識を得るため、と言って認めてもらっています」
にっこりとフレーズ姫は言うのだ。それについては、渋々ながら認められたとか。その認められた要因が、ウイエと、エルフのエルバ、そしてドワーフのリラの証言である。
『本が読めるのでしたら、これほど恵まれた書の宝庫はありません』
ウイエ自身、私の家にいる理由を魔法とそれに関わる知識習得のため、と公言しているそうな。
『ジョン・ゴッド殿の図書室には、新たな可能性があります。それは保証致します!』
エルバが王に力説し、リラも。
『飛空艇やゴーレムの技術。習得できれば、お国の技術発展に貢献できるのです』
何だかんだ、私の家に行き技術を学びたいと、国王に願い出たそうな。
そんなわけで、我が家に、この三人がよく顔を出すようになった。図書室の本は閲覧自由だから、好きに読んでくれ。……私は私で好きなことをやるだけだから。
家の持ち主である私はこんなスタンスなのだが、フォリアやイリスはどう思っているのか?
「何だか、賑やかになってきましたね」
フォリアは元気だ。料理を作る量が増えたが、そこは私も手伝っている。家具などの自動化もドンドン取り入れているので、後片付けや整理も楽になっている。……新しい魔道具や機械を作るたびに、エルバとリラ、どちらかがくっついてそれらの質問をしてきたが。教えれば、エルバは奇声を上げ、リラは気絶したけど。
「人が増えると、昔を思い出します」
フォリアは目を細めるのだ。幼少の頃、まだ両親がいた頃、冒険者仲間に混じってご飯を食べたりお喋りしたりの日々。賑やかだった時のことがあって、人数が多くても特に窮屈そうではない。
一方、イリスは、基本は一人で静かに過ごすライフスタイルだったが、フレーズ姫が毎日のように訪れるようになり、少々不機嫌な様子だった。
フレーズ姫の方は、特にイリスを嫌っている様子もなく、気さくに接しようとするのだが、イリスはどこか突き放すような態度を取るのだ。
フレーズ姫は覚えていないが、イリスの方で何か、第一王女に対してよろしくない感情を持つに至った何かがあったのだろう。
まあ、家の人がいる前で、険悪な態度を取ったり、喧嘩や口論をするわけでもないので、放置でよかろう。気分が悪くなったり、居心地が悪くならない限りは、個人の問題に首を突っ込むつもりはない。
・ ・ ・
「今日は飛行艇を飛ばします」
そう宣言したら、ドワーフのリラが、一にも二にもなく手を挙げながらピョンピョンと飛び跳ねた。
「マイスター・ゴッド! 乗りたいのです!」
飛空艇に興味津々だった彼女のことだ。他の機械や道具への食いつきをみても、絶対に参加すると思っていた。
……そんな飛ばなくても、ちゃんと見えているからね。小柄なドワーフは子供とさほど背丈が変わらないとはいえ、私は無視はしないよ。
他に、以前乗り損ねていたイリスと、好奇心旺盛のフレーズ姫の希望がかちあった。
が、特に言い争ったり気まずくなるやりとりになることもなく、二人の搭乗希望を取り下げなかった。
ウイエは家に残るといった。今日はエルバが来る予定だが、まだ来ていないから留守番すると言っていた。フォリアは私のお手伝いをすると参加した。
ということで、庭に出て早速、飛空艇ウィンド号に乗り込む。前回以降、飛んでいないのは、初回飛行の経験から改良を施していたからだ。
ここ数日は、リラもそれに付き合い、飛空艇の構造やメカニズムについて、見て、聞いてきていた。だから、今回の飛行に来ると確信していたんだけどね。
エンジンを始動。安全確認と、全員が乗ったのを確かめ、ウィンド号を飛翔させた。
「うわああああっ! 飛びましたわ! 飛びましたわ!」
フレーズ姫、大はしゃぎ。こういう反応を見るのが楽しいんだ。私は操縦しながら思う。
飛空艇の動かし方をそばで見ていたフォリアとリラ。しかしリラは飛空艇が高度を取り始めると、手すりまで近づいて下を見下ろした。
「飛んでる……飛んでる……」
ウィンド号が実際に飛ぶところを見るのを待ちわびていたようだったから、感動もひとしおだろう。
イリスの声が聞こえないので様子を見てみれば、彼女は景色を満喫しているようだった。静かに遠くを見て、一人穏やかな様子だ。私のところから表情は見えないが、雰囲気はわかる。
一方でフレーズ姫は興奮しっぱなしだった。
「凄い! 魔境を空から見るとこんな風に見えるのですね! 大空を飛ぶ鳥の視点ですわーっ!」
人の反応ってそれぞれだよね。普段落ち着いた雰囲気のお姫様が、ここまではしゃいでいるのはちょっと意外だ。フォリアは苦笑している。
ウィンド号は魔境から離れて、やや遠くまで飛ばす予定だ。何なら、王都が見えるところまで行ってみてもいいだろう。王都と魔境がどれくらい離れているか、見て確かめるのも悪くない。
「そういえば、お師匠様」
「何だい、フォリア?」
「前回乗った時、もっと前から風が吹きつけてきたんですけど、今回はかなり静かじゃありません?」
「よくぞ気づいた。そこも改良点でね」
いわゆる風圧の問題。物体が速度を出して飛べば、目や口を開けてられなくなるくらいの強い風にさらされる。さらに乗っている人間が風に押されてバランスを崩して、転落するのも危ない。もちろん、そこまで速度を出さなければいいのだが、せっかく飛べるのだからね。速度もある程度出したいじゃない?
「風圧から乗員を守る魔法的バリアを展開しているんだ。だから感じる風も弱いでしょ」
「そういう仕掛けをつけたんですねぇ」
ウィンド号は、のんびりと空の散歩を楽しむ。高いところから見る世界は、実に広い。雄大なる自然。王国だの何だの言われていても、手つかずの自然も多い。地平線がわずかに丸みを帯びているように見えるな。
「ジョン・ゴッド様!」
フレーズ姫が声を弾ませた。
「お空の雲に、触れますか?」
「よろしい、近づいてみようか」
幸い、見た目からして危なさそうな黒雲などは見当たらないからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます