第33話、エルフの魔道具職人、神に出会う


 自分は、エルバ。ダラの森の生まれのエルフである。


 他のエルフ同様、生まれはダラの森なのだが、森の外から流れてきた魔道具に魅せられ、人間たちの世界への興味を募らせた結果、森を出た変わり者である。


 そう言うと、エルフに魔道具がないように勘違いされるのも癪なので言えば、きちんとエルフにも魔道具はある。森でも魔道具作りをしていた。


 では何に魅せられたのかといえば、飾り気がなく、奇妙な形として生み出された、いわばエルフと異なるデザイン性というべきか。

 端的にいえば、画一的で飽きてしまったのだ。エルフの魔道具に。


 それはさておき、森を出た自分は、人間たちの作る魔道具を学び、様々な種族、文化が形となった魔道具を向き合った。そうこうしているうちに、ソルツァール王国の王都で魔道具職人をしている。


 どんなオーダーにも答える魔道具製作。エルフの技術を用いながら、他種族の希望を取り入れたデザインや機能性は、ソルツァール王国で評判となり、王家のお抱え職人の名誉に与った。

 ……自分が他のエルフと違って、人間を見下さず、話をよく聞いてくれるから、というのもあるとは思う。他人への偏見も少ないから、種族的にスタンスの合わないドワーフとも、そこそこ付き合える。


 と、そんな話はどうでもよいだろう。


 王都で仕事をしていた自分は、王家からの特別な仕事があるからと呼び出しを受けた。

 特別な、と聞いた時、遺跡か何かで未知の魔道具が発掘されたのかと思った。が、行ってみれば、そうではなかった。


「ジョン・ゴッドという魔術師が、魔境に住んでいる」


 魔境に住んでいる――聞き違いかと思った。魔術師というのは偏屈な者も少なくないが、飛び切りおかしい奴もいるものだな、と思った。


「聞けば、今の最先端を凌駕する知識と技術を持っているという。貴殿ら一流職人に、それを見て、判断をしてほしいのだ。どのような人物で、そしてその知識、技術が実際にこの世界の先を行っているのかどうか」


 聞けば、国王様直々の依頼らしい。しかし、その内容は、実に自分の心を弾ませた。まだ見ぬ未知の知識や技術と遭遇するかもしれない。自分はそういうものを見るために森を出たのだ!


 ということで、一にも二にも依頼を了承したが、一つ問題があった。

 それはジョン・ゴッドなる人物は、魔境に住んでいるところ。一流の戦士や冒険者でさえ生きて帰れる保証のない場所だ。そんなところに、素人に毛が生えた程度の自分が行けるのかどうか。


 しかしその問題はあっさり解決した。ウイエ・ルートという案内役の魔術師が、魔力の込められた石を出して言った。


「これは転移の石。これから直接、ジョン・ゴッドの屋敷に行くので傍に寄って」


 転移石! これは古代のマジックアイテムで、現在ではその製造方法も失われている。自分も魔道具職人であるから、いつか挑戦したい品ではあるが、なにぶん希少過ぎて実物は見たことがなかった。

 見た目は……何てことのない普通の石のように見えるが……。


「ちなみにこれ、ジョン・ゴッドからもらった」

「!?」


 驚いている間に、深い森とそこにある屋敷の前に景色が変わった。圧倒的な緑の匂い。ダラの森よりもさらに強い緑が暴力的に襲い来る。なんとも野性味に溢れた緑を感じた。

 しかし、静謐だ。どこか厳かなオーラを感じた。魔の気配や瘴気のような不快なものは感じなかった。


 そして、ジョン・ゴッドなる人物の屋敷である。これは何とも、面妖な建物だった。形こそ、人間の作り出した建築物なのだが、二階以上のかなりの面が透明ガラスと柱で構成されており、室内から室外、そしてその逆にも広い視界を与えていた。これは筒抜けではないか。……ジョン・ゴッド、確かに只者ではなさそうだ。自分の期待は跳ね上がった。


 そして当人との面会。背筋がゾクリときた。人間の姿をしている。しかしその内に秘めた魔力は凄まじく、エルフのそれを遥かに凌駕していた。


 この方は、人間ではないのか!? しかし不快さはない。この静謐なる屋敷周りと同じ気配、匂いを感じた。


 思い出した。この空気は、この方の張られた聖域化の効果ではないかと。エルフでも巫女か族長クラスでなければ張れない聖域化の秘術。なるほど、やはり只者ではない。


 なお、同行者に、ソルツァール王国の姫君と、ドワーフの機械職人のリラもいたのだが、この小さなドワーフが庭にあるもの――ゴーレムを見ていた。


 ゴーレム! 魔法で動く人形。魔道具職人にも重なる分野があるから、多少の興味があったが、そのゴーレムの実にスムーズな移動。金属製ゴーレムであそこまで滑らかかつ静かなゴーレムは、自分は初めて見た。

 そしてそのゴーレムを構成する金属が、伝説の魔法金属であるアダマンタイトと知り、さらに驚愕させられてしまった。


 恥ずかしながら、アダマンタイトも超古代文明の伝説にある幻の金属。本物は自分もついぞ見たことがないから、それがまさかゴーレム一体分もあるとか、どんなデタラメかと思った。

 ……リラなどは、あまりのことに気を失っていた。ドワーフからすれば未知の金属との遭遇だったから、その衝撃は自分以上だったのだろう。


 土と共にあり、鉱石を友として生きるドワーフにとっても、アダマンタイトは伝説の中の伝説。一目見れたら死んでもいい、とのたまうドワーフの話を聞いたことがあるから、気絶するのは優しい方かもしれない。


 その後、自分は、屋敷内をジョン・ゴッド殿に案内されたが、見るもの全てが目新しく、精練された技術は、自分の想像を超えていた。まったく知らないものもあれば、現在の魔道具の数段先をいったものもあった。そしてそれらは、発想次第では自分でもできそうだと思い、大いに刺激された。


 悔しくもあり、創作意欲をくすぐられた。これは、ここに来た甲斐があった。

 そして図書室に案内された時、自分は我を忘れた。何という書庫。そこにある知識、表題だけで、自分の好奇心を底なし沼に引きずり込んだ。


 ちくしょう、自分もこの知識の部屋に住みたい! ここで飽きるまで知識を貪り、道具作りに活かしたい。


 魔道具本を見つけたのが最後、そこに記載された内容に虜になり、自分は時間を忘れた。いつまでもこの本を読んでいたい。


 そして気づけば、ウイエから帰る時間だと言われた。いやいやいや、待って欲しい。自分はまだ魔道具本を全部見終わっていないし、仮に最後まで行ってもまた最初から読みたいのだ! 何度でも繰り返して読みたい。

 言ってみれば欲しい、これらの本が。どうにか持って帰れないものか。


 しかし、知識は限られたものだ。ここまでハイレベルな技術や知識を蓄えた物を外に持ち出すのは以ての外だろう。

 職人であれば、技術を持ち逃げされるのは御法度だし、魔術師も自分の得た知識や魔術を外に漏らさない。


 うー……わかっている。わかっているのだが、だがどうしても欲しいのだ。


 自分があまりに図書室でグズグズしていたせいか、ジョン・ゴッド殿がやってきた。ウイエに何事かと聞き、自分が職人としてあり得ないほど余所の技術に執着してしまっていることを告げた。


 あぁこれは、ジョン・ゴッド殿の不快を買ったと思った。貴様も職人なら自分のしていることを弁えろ、と怒られても当然の行為だ。

 しかし、ジョン・ゴッド殿は何でもない顔で言った。


「いいよ。欲しいなら。同じ本あるし」

「!」


 くれた。秘術とも言うべき、魔道具の技術と知恵のつまった本を、あっさりと手放した。同じ本があるから、というからジョン・ゴッド殿は、この本がなくなっても問題はないのだろうが……自分は、頭の中が真っ白になった。

 体の中を突き抜けた心地よい刺激に満たされ、私、いや俺、いや自分は確信した。


 この人は、神様だ、と。

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