第31話、姫殿下は、森の隠れ家に行きたい


「あの方は神様の遣いか、預言者なのですわ!」


 フレーズ姫は、そう力説した。耳を傾けていたソルツァール王、そして王妃は顔を見合わせた。


 ジョン・ゴッドなる魔術師の家にご挨拶する――フレーズ姫が言い出し、散々渋ったものの、現地に王国最強の騎士イリスがいると言うので、病み上がりの姫をウイエ・ルートの護衛のもとで送り出したら……。彼女は劇的に変化して帰ってきた。


 外見は変わらない。いや肌の色がよくなり、これまで感じたことがないほど健康的に映った。


 何より、人並みの速度で歩けるようになり、虚弱な彼女はどこにもいなかった。しかし一方で、食事の時に露骨に眉を潜めるようになった。これまではどんな料理でも作る者に感謝し、残さず食べる人間だったのだが、残しこそしなかったがあまり食が進まない様子だった。……しかしお菓子は食べた。だから食欲がないとか、そういうものではない。


 フレーズ姫は、これまでほとんど外に出ることなく、自室で療養していたが、戻って以降は、城のどこかにいて、体調が悪くなることもなく普通にすごせるようになっていた。

 これは国王、王妃ならずとも側近や召使いたちをも大きく驚かせた。このことに関して、姫は答えた。


『ジョン・ゴッド様のお力のおかげですわ』


 この謎の魔術師曰く、姫は幼少の頃より、闇の魔術で体力を奪われており、それが虚弱体質の原因であったという。彼がフレーズ姫にかけられた呪いを解き、力が戻ってきた結果、今の活発な彼女になれた。


『あの方は、わたくしの恩人ですわ!』


 これまで誰も看破できなかった闇の魔術を見破り、治療を施したジョン・ゴッド。これまでも教会の聖職者たちにも診てもらったことはあったが、わからなかった。

 それが事実であるならば、ジョン・ゴッドはそれほど強い力を持っているのだろう。


「そんなに言うのなら、一度会ってみるのもよいかもしれない」


 国王は思った。そこで、ジョン・ゴッドをフレーズ姫と引き合わせることになった橋渡し役でもあるウイエを呼び、相談した。


「ジョン・ゴッドを、王城に呼びたい。フレーズ姫が世話になった礼もある」


 そう告げた時、ウイエはとても困った顔をした。


「どうした?」

「恐れながら陛下。ジョン・ゴッドは、陛下の呼び出しには応じない可能性がかなり、高いと思われます」


 本当に恐る恐るといった調子のウイエ。機嫌を損ねないように配慮しているのだが、王である自分の呼び出しを聞かない者がいると言われ、王も少しムっとする。


「如何なる理由か?」

「それがその……ジョン・ゴッドが、恐れを知らないと言いますか、世間の常識が通用しないと言いますか、世の慣わしに無頓着と言いますか」

「難物なのか?」

「はい、難物と言ってもよいかと。悪人ではないのですが、どうにもその考えにはついていけないところがございます。何より――」

「申してみよ」

「はい。自称『神』と名乗りまして……」


 周囲がざわめく。聞いていた側近たちはもちろん、国王と王妃も困惑した。自分を神と名乗る。なんという大胆、神をも恐れぬというべきか。

 ひとりフレーズ姫だけ、祈るように手を合わせた。


「あぁ、神様! そうだったのですか、神よ。貴方様に深く感謝致します――」


 えぇ――姫の行動に周囲がドン引く。それは国王とて同じだが、ジョン・ゴッドと関わってから、フレーズ姫が原因不明の病と虚弱体質が改善し、健康となった。それは事実である。


「ウイエよ。馬鹿な質問に聞こえるかもしれんが、真面目な問いだ。この中で、ジョン・ゴッドの存在を知っているのは、お前だけだ。……ジョン・ゴッドは、自称『神』ではなく、本物の神と思うか?」


 場が静まり、視線がウイエに集中する。当人は顔を戸惑い、少し考え、やがて静かに答えた。


「はっきりと神か、と言われると証拠はございません。しかし、彼の魔境の屋敷、身の回りにあるもの――知識、技術は、私がこれまで見たもの全てを凌駕するものがあります。私もその知識を得るべく、彼の家に通っておりますが……」


 これまであったことを色々思い返しつつ、ウイエは告げた。


「その知識、技術がどこから来ているのか、いまだわからずにいますが、もしそれが自称でなく、本当に神であるならば、確かに色々と納得できるところではあります」

「そうか……」


 神、神か――国王は天を仰いだ。もし本当に神ならば、一国の王の呼びつけに応じないというのもあるだろう。神と王、どちらが偉いかなど、分別のある大人ならば誰もが知っている。


 仮にジョン・ゴッドが神だとした場合、王が呼びつけたとなれば教会関係者たちから無礼であると非難もされるだろう。


 しかし、神と確定したわけではない。そもそも疑うことすら、神に対して非礼であるが、世の中には言葉巧みな詐欺は存在するものだ。裏が取れないことを衝いた欺瞞、詐欺は、事実となれば物笑いの種となろう。


「お前はどう思う?」


 国王は王妃に問うた。フレーズ姫に聞けば、もう神確定としか言わないだろうことが想像できたからだ。話を聞いたところの率直な感想が欲しかった。


「今のところ、フレーズの病を取り除き、健康にしてくれた恩人というのは事実ですわ」


 王妃は少し考えながら言った。


「何か見返りを求められてもいないようですし……」

「それがこちらを油断させる欺瞞という可能性は――」

「お父様!」


 フレーズ姫から非難の声が上がった。恩人に対して無礼だろうというのだろう。王は少し待てと、仕草だけ姫に返して、再度王妃に話し込む。


「何にせよ、もう少し情報が欲しいところではある」

「でしたら、信用できる者を送って、ジョン・ゴッド殿の人となりを見極めさせてはどうでしょうか?」

「……ふむ。そうだな。……それがよい」


 国王は頷いた。信頼できる人材を送って、ジョン・ゴッドなる人物を確かめよう。


「ウイエよ、よくわかった。ありがとう」

「勿体なきお言葉」

「うん。それで、だ。ジョン・ゴッド殿が、我らよりも進んだ知識と技術を持っているという話であったが、それを我が国の専門家に学ばせたいと思うのだが……どうか?」


 王の申し出に、ウイエは再度考える。これまでの言動を振り返り、やがて彼女は答えた。


「あまり迷惑にならない範囲でしたら、問題ないかと。一度に一人や二人。多人数で押しかけられるのは、よしとしない風ですので」

「そうか、あいわかった」


 国王は了承した。では、話は終わり、と場が解散と言ったところで、フレーズ姫が口を開いた。


「お父様、わたくし、ジョン・ゴッド様の屋敷へ行きたい、いえ、行ってきますわ!」

「……!」


 用心しているところに、フレーズ姫の発言。空気が読めない、というか、国王の懸念にまで考えが及んでいないような態度である。そこまでジョン・ゴッドを信頼しているとも言えるが。


「ウイエ。フレーズが行っても問題はなさそうか?」

「は、はい。私もおりますし……イリス殿下もいらっしゃるので」


 王国最強の聖騎士がいるから。王は頭を傾けた。


「そうか。……それなら、頼む」

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