第29話、その女、人間にあらず


『ねえねえ、覗きはよくないと思うのよ』


 その女は若い娘だった。全身黒い服を身につけている。いわゆる教会のシスターではなかっただろうか。


『いーけないんだ。覗きはよくないわよ? 人間として終わってるわー』

『ふむ、そういう君は、人間ではないようだが?』


 私が指摘すれば、その若い娘は、ピクリと眉をひそめた。


『あんたの声、どこかで聞いた気がするのだわ』

『……そうか?』


 私には覚えがないが。少なくとも、何度も顔を合わせたり、会話をした関係ではあるまい。

 ただ、私の瞑想に話しかけられるということは、人間ではないだろう。


『それで、君は何者だ?』

『覗き魔に答える趣味はないわよ』

『なるほど。では君の正体がわかるまで、このまま覗かせてもらうとしよう』

『ちょっとぉ、それマジ?』


 ずいぶんと軽い言葉遣いなのだな。


『ちょっとヤメてよ。変態!』

『まあ、悪魔だろうことは大体想像がつくんだけどね』

『ちょっと何、あんた。天使か何かなの? ワタシ、天界から睨まれるほど悪いことをしていないわよぉ!』


 声が甘いのか、怒っているように見えて、何だか可愛く思えてくるのは何故なのか。これが悪魔の手腕というやつだろうか。


『元神だ。故あって、天界から追放されてね』

『は? なーんだ、じゃ元ご同輩じゃない』


 シスターはやれやれとばかりに肩をすくめた。同輩……つまり、この女も元神、元女神ということか。追放されて悪魔に堕ちる者はいると聞いているが。


『何? 天界から追放されて、どうやって生きていくか考えあぐねて、先輩であるワタシを覗きにきたの?』

『別に悪魔に転職するつもりはないよ』

『またまたぁ。この超絶プリティーな悪魔様になったワタシを参考にしたくて、覗いているんでしょ? 照れない照れない』

『私はただ、とある知り合いがかけられた闇の魔術の出所を追っていただけなのだがね』


 そもそも、私は君のことは知らないよ。


『えー、そうなのぉ? あっ、ワタシの素晴らしすぎる技に惹かれて……じゃないわね。あーっ、あんたでしょう? ワタシが貯めたエナジーをとったの!』

『ようやく気づいたか。なに、本来の持ち主に返しただけだ。君がどれだけその術を使ったか知らないが、たかが一人分だ。そう目くじらを立てることはあるまい?』

『別に、小皺ができるくらいの目くじらは立てていないわよ、失礼しちゃうわね』


 悪魔シスターは腕を組んだ。


『で、取られた分を取り返したなら、もう用はないわね』

『いや、聞きたいことがある』

『ワタシにはないわよ、バーカ。……答える代わりに、あんたのことを教えるってのはどう? それならフェアでしょう?』


 答える義務はない。が、それを口にすれば、相手も同じ対応をするだろう。それでは埒が明かない。


『いいぞ。何が知りたい?』

『別にあんたのことで知りたいことなんてないんだけど――。ああそうそう、何で天界から追放されたのよ、ご同輩?』

『真面目に仕事をしたらクビになった。それだけだ』

『はぁー? きちんと仕事をしてクビィ? 意味わかんない。仕事をサボッたとか、上級神を怒らせたのならともかく――』

『ああ、どうやら怒らせたらしい。主神から詳しくは聞かなかったが、私の仕事ぶりに抗議が相次いだという話だ』

『あー、仕事した気になって、ドジやらかしてるパターンね。わかったわかった、ドジっ子ってわけねぇ。可愛いじゃん』


 たぶん違う。ドジをしたとは、主神からは指摘されていない。というより、生まれてこの方、そう評されたのは初めてだ。


『で? あんたは、天界でどんな仕事をしていたのよぅ?』

『追放担当だ』

『は……?』


 シスターが固まった。その綺麗な顔立ちがみるみる赤くなる。


『あ、あんたってェ……』


 うん?


『思い出したわ。あんたよね! ワタシを天界から追放した神って! 仕事ができない。異世界に干渉した云々って淡々とワタシを追放したぁー!』


 ……はて、確かにその手の規則破りに対して追放執行するのが私の仕事ではあったが。どうやら、この悪魔シスターは、かつて私に追放されてこの世界に落とされたらしい。


『そうか』

『むきーっ! ムカつくぅー! ワタシのこと、覚えてないんでしょう!』

『覚えていない』

『ざっけんな! ワタシが女神の力を失い、どれだけ苦労したことか。……いや待って。あんた、天界を追放されたのよね?』

『そうだが?』

『ハッ、ざまぁーっ! 追放神が追放されてやんのー、ウケルぅー!』


 怒ったり笑ったり、忙しいやつだ。


『ハイハイ、追放されちゃったんならしょうがない。元女神であるワタシが慈悲をかけてあげようじゃないの。ワタシってやっさしぃー!』


 勝手に盛り上がっている。悪魔になって、情緒が不安定になってしまったのではないか。


『話が聞きたいんだったわね。いいでしょう。お姉さんがあんたの疑問に答えてあげようじゃないの。じゃ、そっちへ行くんで、また後で』


 ……来るの?



  ・  ・  ・



「はじめましてぇ。元女神、現、悪魔シスターのカナヴィちゃんでーす」


 シスターがやってきた。

 見た目は綺麗なお姉さんで、格好はシスターなのだが、言動が服装と一致しない。私が知識の泉で学習したシスターと、かなり違う。


「えぇー、教会でお固い職業だから、実はすっごくエロいのよー」


 そうなのか。清楚なものだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「で、ボクちゃん、お名前は?」

「ジョン・ゴッドと名乗っている」

「……それマジ? 偽名じゃなくて」

「呼び名など些細なことだ。それよりも話をしようじゃないか」


 うちのイリスが気になって、眠れないみたいだからね。フレーズ姫に闇の魔術を使ったのが君なのはわかっているんだ。それと、イリスの母の件が関係しているのか、無関係なのか、ぜひに知りたいね。

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