第27話、フレーズ姫の目線


 わたくしにとっての世界とは、城内と、王城から見える範囲でした。


 広大な空の向こうには、果てしなく世界が広がっていると言われても、それを実際に目にすることはありませんでした。


 わたくしは、フレーズ・ソルツァール。王国の第一王女。


 幼き頃より、体が弱く、長い時間立つこともままならぬ奇病に冒されておりました。様々な方が、この病を治そうと尽力してくださりましたが、原因がわからず、治療法もわからない。


 ただ、現実にこの病は存在していて、わたくし以外にも患っている方もいるようです。ある人は、病気ではなく呪いでは、と言われておりましたが、呪術の専門家は呪いではないと否定したり、はっきりよくわからない、しかし存在する病のようです。


 人形姫、置物姫――わたくしに向けられる言葉には、正直さみしくはありますが、それ以上にわたくしを気遣ってくれる方のほうが多く、申し訳ない気持ちを抱えて生きてきました。


 このまま生涯、人に迷惑をかけて生きていくのかと半ば諦めていたのですが、わたくしの友人である魔術師ウイエ・ルートが、古い時代の文献から治療法を見つけ出しました。ただ、その治療薬には、幻の薬草が必要で、それがあるのが、王国のはずれにある魔境だと言うのです。


 どうか、ご無理だけはされませんよう……。期待はありましたが、友人であるウイエの無事をわたくしは祈りました。どうかわたくしのために不幸になる人がいませんように……。それが願いだったのです。


 それからしばらくして、ウイエは帰って参りました。魔境で幻の薬草を手に入れた。これで治療薬ができました、と。


 彼女の無事を喜びつつ、わたくしは彼女が作ってくれた治療薬を飲みました。それまで重かった体が、自然と軽くなるのを感じました。体の中にあった何かが消えたような……そんな感じです。


 以前より動けるようになりましたが、幼少の頃より体を動かしていませんでしたから、体力についてはまだヨワヨワです。


 少しずつ慣らしていけば大丈夫と、専門家のお墨付きも頂きましたので、コツコツと体を動かしていきましょう。


 ただその前に、ウイエから伺った幻の薬草を譲ってくださった方――ジョン・ゴッド様にお礼を申し上げたく思いました。

 わたくしはようやく人並みの生活が送れる。それは魔境に住んでいるという魔術師、ジョン・ゴッド様のお力添えあってのこと。


 ですが、お礼一つで、何やら父である国王陛下と王妃である母は難色を示したそうで。わたくしとしては、そこまで話が大きく、しかもそんな大勢の方にご迷惑をかけることになるとは思っていませんでしたから、直接お会いするのは諦めようとも思ったのですが……。ジョン・ゴッド様は、わたくしに会うことを快諾してくだったとか。


 ウイエの案内で、彼の住む魔境のお屋敷に転移魔法で移動。……わたくし、転移魔法は初めてで、ついでに言えば王都の外も初めてなんです。


 夢にみた外の世界。濃厚な匂いは、森の匂いなのだそうです。青々と茂る魔境の樹海。見るものすべてが初めて同然でした。


 そんな森の中に、ジョン・ゴッド様のお屋敷がありました。お城から見た王都の建物のどれとも違う変わったお屋敷でした。二階と三階が、外から見えるではありませんか! ウイエにそう言ったら。


「たぶん、ここにきた人みんな同じことを思ったでしょうね」


 と、言われました。どうやら私より外の世界を知る方々からしても、ジョン・ゴッド様のお屋敷は不思議な建造物のようです。


 そして内装も非常に綺麗で、整っていました。小洒落たインテリアの家具や設備は、とても心地よく、また快適でした。


 王族は国でも一番豪華で整っている部屋に住んでいる、そう聞き及んでいたのですが、それは間違いでした。明らかに、ジョン・ゴッド様のお屋敷のほうが清潔で、快適です。しかも森の景色が部屋にいながら見えるというのは、外の世界に興味のあるわたくしにとっても新鮮でした。

 出されたお菓子とフルーツジュースも非常に美味しく、夢見心地です。


 お屋敷自体は、お城に比べれば遥かに小さいのですが、人が少ない分、素晴らしいところをギュッと凝縮したような、一人で歩くにも快適な距離感はよかった。


 お菓子をいただいた後、外では、二足大鳥型のゴーレムと、この屋敷の住人であるフォリアさんが戯れているのを目撃しました。


 ゴーレムというのを初めて見ましたが、聞いていたものとは形も違いますし、何より人に対して非常に友好的でした。フォリアさんが、ゴーレムに馬のようにその背中に乗るのを見て、いいなあ、と恥ずかしながら思いました。


 わたくしは、一度も馬に乗ったことがなく、乗ってみたいけれど無理なものと諦めていましたから。


 すると、ジョン・ゴッド様は、そんなわたくしの願望を汲み取ったのか、騎乗型ゴーレムを用意して乗せてくださいました。


 お父様もお母様も、誰もが危ないからと馬に乗せてくれませんでしたが――ええ、病のこともありましたから当然なんですけれども、ジョン・ゴッド様は、馬より安全とゴーレムに騎乗させてくださいました。


 ゴーレムが立ち上がった時、思ったより目線が高くなって怖かった……。でもすぐに慣れました。ゴーレムは非常に素直で、歩く時以外は揺れることもなく、非常に安定していました。


 庭の間を、フォリアさんのゴーレムとお散歩です。また一つ、叶うまいと諦めていた夢が叶いました。感無量。楽しくて、嬉しくて、しょうがなかったです! フォリアさんともお友達になれたと思います。


 ただ、やはりわたくしは、体が弱く、ゴーレムから降りる頃には疲れてしまいました。ほんの少しだったのに、この虚弱ぶりはさすがに悲しくなります。もっとここで楽しみたいのに、体がついてこない。

 そんな時、ジョン・ゴッド様は言いました。


「姫君、あなたの奪われていた体力と精力を取り戻しましょう」

「えっ、と……どういうことでしょうか?」

「あなたを蝕んでいた病……いえ、あれは一種の呪いのようなものですが、それによって、あなたは体力と精力を奪われていた。本当のあなたは、虚弱体質でも何でもなく、普通に健康な人間のはずだったのです」


 何ということでしょう! これまで誰も解き明かせなかった病について、ジョン・ゴッド様は知識を持っていたのです。呪いではないか、という説はある種、正しかった……。


「お祈りを」


 ジョン・ゴッド様は、まるで大司教様のようで、わたくしは自然に彼の言葉に従い、目を伏せました。


「闇に盗られし、かの者の生命よ。あるべき場所に戻れ。ジョン・ゴッドの名のもとに命じる。『リターン』」


 その時、何が起きたのかはわかりません。見守っていたフォリアさん、ウイエによると、光に包まれたのだとか。


 ただその時から、わたくしは体に何かが入ったような感覚を得ました。体中に流れる血を隅々まで知覚したといいますか……。とにかく力のようなものが湧いてきたのです。


 疲れが吹き飛びました。治療薬を飲んでから、体が軽くなりましたが、それ以上に体が動きたがっている。やりたいことがやれる――そんな感じでした。


 元気になったわたくしは、ジョン・ゴッド様に感謝し、日が暮れる前まで長い時間、外で過ごすことができました。これはまさに驚嘆すべきことでした。


「ありがとうございます、ジョン・ゴッド様。あなた様のおかげです」

「いやいや。あなたの本来の力が戻っただけですから。私の力ではありません」


 そう謙遜なさっておりましたが、この方が何かをされたおかげで今のわたくしがあります。


 お泊まりの予定はなかったので、城に帰らねばなりませんでした。正直に言って名残り惜しかったです。そんなわたくしの気持ちを察したのか、ジョン・ゴッド様から、わたくしが気にいった大型鳥型ゴーレムを、お土産にと頂いてしまいました!


 わたくしは、この日を生涯忘れることはないでしょう。諦めていたことが、幾つも叶い、さらにようやく人並みの力を得られたのです。


 人生最良の日でした。

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