第26話、第一王女様がやってきた
結局のところ、第一王女が、我が森の隠れ家を訪れることになった。
ウイエは、フレーズ姫とだいぶ親しい仲にあるらしい。国王に褒美内容を、第一王女が秘薬を入手した人物、つまり私に直接お礼がしたいということでお出かけする許可を頂きたい、というものにしたらしい。
無茶なお願いで、そもそもそれはウイエの褒美とは違うのではないか、というツッコミが入ったらしいが、国王も王妃も魔境に住む私のもとに王女を行かせることを渋った。
やはり、安全性の問題だ。実に賢明だ。王族が危険な場所に王女を送るなど、本来なら避けるべきだろう。
が、ウイエは私の家が如何に安全対策が万全かを語り……本人不在でそういう話が進むのはどうかと思うのだが、それはそれとして、さらに王国最強と名高い聖騎士イリスが監視を兼ねて常駐しているので、安全を強調した。
……これを聞いた時、自分が勝手に山車に使われたことをイリスは大変嫌そうな顔をした。
最強騎士がすでに確認済みで、しかも見張っているのならいいだろう、と国王の許可が出た。
かくて、フレーズ姫がやってきた。
・ ・ ・
「はじめまして、ジョン・ゴッド様。わたくしは、フレーズ・ソルツァール。ソルツァール王国第一王女でございます」
恭しく、フレーズ姫は頭を下げた。長く美しい髪の持ち主だ。あまり外出していなかっただろうから肌は透き通るように白く、体が弱いというのは細さでわかった。
しかし天界の美の女神たちに勝るとも劣らない容姿は、一部の女神たちからも気にいられそうとは思った。
「この度は、わたくしを長年苦しめてきた不治とされた病の、治療薬の素材を提供いただき、ありがとうございました。わたくしはもちろん、病で心配をかけた方々の心労を取り除いていただいたこと、深く感謝いたします」
……ああ、これは。私は思った。
自分だけではなく、周囲にいて彼女を助けてきた人々への配慮と感謝を忘れない。この清さ、神々が愛しそうな人間だ。
きっと彼女を知れば、何人もの神が、この姫に加護を与えただろう。もしかしたら死後、神に昇格できるかもしれない人材だ。
「ジョン・ゴッドです。ようこそ、我が家へ」
そういう人間には、自然と私も敬意を抱くものだ。世の中には、神に愛された人間、神に愛された生き物というのは、確かに存在している。
さあ、どうぞ中へ。さっそく応接間にもなっている二階へ。大きく広いガラス窓で、森の景色が広がっている応接間に到着すると、フレーズ姫は目を輝かせた。
「凄い! 室内にいながら、外の景観が見えるのですね。森というのはわたくし初めてなのですが、とても神秘的で、でも優しい色をしています。魔境とは、もっとおどろおどろしいものと思っていましたが、美しい場所ですね」
姫君は、純粋な感情で言っているのが伝わった。部屋からほとんど出られなかったと聞いていたから、見るもの全てが物珍しいのだろう。……三階の階段から、かなり渋い顔をしている第七王女に、その優しさを半分でもわけられないものか。
フレーズ姫は、我が家の内装や家具も珍しいようで、とてもワクワクされていた。とくにそのままベッドになりそうで、柔らかなソファーの感触に少しはしゃいでおられた。
そして、今のところ来た人間すべてが絶賛しているフルーツジュースを提供。
「美味しいですわ……!」
目を見開いてフレーズ姫はビックリしていた。結構大事にされていたお姫様でも、果汁たっぷりジュースは希少だったそうな。
「特に、一度にこれだけの量は……」
小さなカップ一杯くらい、それくらい。うちのガラスコップで入れる分の四分の一くらいしか一度に飲めなかったという。
好きなだけ飲んでいいよ、と言いたいところだが、冷やしたジュースの飲み過ぎも体によろしくない。何にでもそうだが、ほどほどがよいのだ。
「魔境での生活というものは、どうですか?」
「特にどうということは。……ああもちろん、普通の人間には厳しい環境ですよ。危険な魔獣や植物も少なくないですから。不用意に歩けば、たちまち森の生き物たちの餌食になります」
魔境と呼ばれ、人を拒んできた場所だけのことはある。
「でも、ジョン・ゴッド様は、こちらにお住みになられていますよね? 何かございまして?」
敢えて、人のいない場所に住んでいる理由。いや、特にない。強いて言えば。
「周囲に干渉されず、思った通りに暮らせる場所を、と探したらここに」
「はぁ、それは素敵ですわね。自由に、思い通りの生活とは……憧れます」
「王族というのも割と自由にできませんか?」
身分制度の上位として、治世に苦労している一方、贅沢を楽しんでいる者もいるという。特に王子や王女は、王と違い、割と自由が許される立場のイメージがある。
「わたくしは、恥ずかしながら病気であまり外に出られませんでした。それがなくても、儀式や式典に参加しなくてはいけなかったりと、世間の方が思うほど自由ではありませんよ」
やんわりとフレーズ姫は答えた。王族貴族だけでなく、平民にも分け隔てなく接することができる人とは、こういう人なのだろう。恩人の一人と思っての態度かもしれないが、些細な言葉に引っかかったり、癇癪を起こさないだけ充分立派なお姫様だと思う。……私が勉強で得た人間の知識も、まだまだ甘い。
ジュースとお菓子のクッキーを味わいながらの歓談。クッキーはフォリアが焼いたのだが、さくっと香ばしい食感が、フレーズ姫のは初めてだったようで、かなりお気に召したようだった。
……そしていちいち表情を渋くさせるイリス、君はいったい何なんだ。
おやつタイムの後はベランダに出たが、そこでフレーズ姫は新たなものに興味を引かれた。
「ジョン・ゴッド様、あれは何です? フォリアさんが騎乗していらっしゃるのは?」
そう、庭ではフォリアが、私が与えた新しい乗り物に乗っていた。
「一種のゴーレムです。彼女が騎乗できる大型鳥の話をしまして、それに乗りたいというので、日頃の感謝を込めて」
フォリアの純粋な笑顔が見たかったから、というのが本音。笑顔は生活にとっての潤いなのだ。
「まあ! ゴーレムですか。ゴーレムってダンジョンの番人で、もっとごつごつしたものだと思っていましたが、ああいう形もあるのですね!」
興味津々といった目を向けるフレーズ姫である。ふむ……。
「乗ってみますか?」
「はい……? 乗るとは――乗ってもよろしいのですか?」
やっぱり食いついた。どこか乗ってみたそうな目をしていたから、案の定だ。
「いいですよ。複数作りましたから」
フォリアに頼まれた時に、森を移動する時、全員分あれば便利だろうと思ったから作ったのだ。なお全員とは、私とフォリア、ここに住んでいるイリスやウイエを想定している。
大型鳥――いわゆる空を飛べず、足の速さに定評のあるそれをモデルにした二足型ゴーレム。
見た目はゴーレム素材なので、生き物ではないのは一目瞭然だ。しかしこちらの指示に対して非常に忠実だ。
実は馬も乗ったことがないというフレーズ姫でも、彼女が乗るまでは完全な置物で、しっかり腰を落ち着けるまで微動だにしなかった。
「では、動かしますよ」
「はい。――あっ」
すくっとゴーレムが立ち上がり、フレーズ姫の目線がグンと高くなった。一瞬恐怖が浮かんだそれも、すぐに好奇心と期待の目に変わった。
「凄い、ドキドキしますわ」
「最初はゆっくり歩きましょう」
私がエスコートして、お姫様の初めてのゴーレム騎乗が始まった。初見の人からしかとれない成分があるのだ。笑い声をあげるフレーズ姫に、私は満足した。
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