第25話、ウイエの帰還とお願い


「ちょっと目を離した隙に、また色々変わってるわねぇ」


 ウイエが戻ってきて早々、そんなことを言った。

 フォリアが作ったドーナツをかじり――


「あ、これ甘い。砂糖バリバリに使ってない?」

「美味しい」


 少しご機嫌斜めだったイリスも、ドーナツを口にして気分がよくなったようだ。……少しもちっとしている、というか、美味しいのだが飲み物と一緒に食べたいねこれ。


「美味しいよ、フォリア」

「本当ですか! 今日作ったのはオーソドックスなものなんですけど、味付け色々あるみたいなので、次は、研究します」


 喜ばれたのが嬉しかったのか、フォリアははにかんだ。……癒しだ。


「それで、ジョン・ゴッド」


 ウイエが姿勢を正した。


「アフスロンの提供、ありがとう。おかげで、薬を待っていた方をお救いすることができたわ」

「それはよかった」


 魔境にあるという幻の薬草アフスロン。そうとは知らず、異世界薬草を育てていたら、まさかアフスロンだったという、正直よくわからないことになっていたが、それが治療に役に立ったのならよし。


 一応、私なりに異世界植物が、こっちでアフスロンと同一だった理由を考えてみた。

 ひょっとしたらアフスロンは、この世界にないもので、今回の私が取り寄せたように、何かの原因で異世界から流れてきた植物なのではないか。


 だから、この世界ではほとんど見られない、幻の薬草などと言われているのではないか。たまたま流れてきたもので、本来ないものだったからこそ、幻の扱いされるほど希少になった説。


「――それであなたに話しておくけれども、薬を求めていたのは、この王国の第一王女であるフレーズ姫だったの」


 ほう。


「お姫様!」


 フォリアが驚いた声を出した。ちら、と同じく王女である聖騎士のイリスを見れば、彼女はモグモグとドーナツを頬張っていた。緊張感がないというか、あまり気にしてないって顔をしている。


「そんなわけで、ジョン・ゴッド。あなたはフレーズ姫の恩人ということになっている。国王陛下、王妃殿下も秘薬には大変感謝し、褒美を下さるそうよ。……あなた、何か欲しいものはある?」

「欲しいもの?」


 はて、いきなりそのようなことを言われてもな。……私は魔境暮らしだが、欲しいと思うものは、その気になれば大体手に入れられる。だから『これください!』というものは、今のところないんだ。


「その秘薬を作ったのは、そもそも君だろうウイエ」


 私は、君が必要としていた素材を提供しただけで、ほぼ何もしていない。


「手に入れるために魔境に入り、苦労したのはウイエなのだから、褒美も君が受け取るべきだと思うが」

「それはそう。……なんだけど、やっぱり、あなたが幻の薬草を育てていなかったら手に入らなかったものなの。提供しただけでも大手柄なのよ、実際」

「ふうん。……フォリア、君、何か欲しいものある?」

「え、わたしですか!?」


 フォリアは自身を指さしてびっくりする。イリスは私を睨んだ。


「それはちょっと違うんじゃない、ジョン・ゴッド? フォリアのここでの貢献度を考えれば気持ちはわからないでもないけれど、さすがに王陛下の褒美を、直接関係ない人間に譲るのは間違っていると思う」


 報酬は、正しき人に正しく渡されるべき。それは褒美をとらせる方にも失礼である、と。なるほど、私もまだまだ勉強不足だな。


「しかし、正しく評価されるべきというなら、私はウイエこそ受け取るべきだと思うね」


 私はそう言うと、フォリアを見た。


「褒美の話とは別に、何か欲しいものはあるか?」


 彼女の欲しいを聞けば、そういうとっさに聞かれた時のための参考になるかもしれない。


「いいんですか……?」


 もじっ、とフォリアは、照れたような顔になる。


「あの、ゴーレムなんですけど、二足歩行で、騎乗できる鳥型のやつが欲しいなぁ……って」

「よし、作ろう」

「いいんですか! ありがとうございます!」


 こういうわかりやすいと、いいよね。なるほどなぁ、今時の子は、こういうのが欲しいものなのか。

 そこで、ウイエがコホンと咳払いした。


「その話は、また後でお願い。それで、ジョン・ゴッド。あなたに一つ、確認したいことがあるんだけれど、いい?」

「どうぞ」


 聞くだけは聞くよ。何か相談かね?


「実は、フレーズ姫殿下が、あなたに直接お礼がしたいというのよ。あの方、病弱の上、不治の病だったから、秘薬の件で大変感謝しているの。それで、どうしてもお礼が言いたいとおっしゃって」


 ふむ、直接お礼ね。つまりは面会してほしいということなのだろう。


「私は大したことはしていないから、その必要はないだろう。言葉だけ受け取っておく」


 病気が治ったのならよかったね。でも体力が落ちているだろうから、無理をしてはいけない。


「王都に来てくれる、ってことは……無理かしら?」

「私が王都へ赴く理由がないからな」


 この発言に、フォリアはビクリとした。あれでしょ、王族の威光に逆らうようなことはいけないとかって、人間社会のルール。でもね、私は元神だから。人間の生活をしているから、人間というわけではないんだよ。


「来る分には構わないけど、私がわざわざ行くこともないだろう」

「……まあ、そうなるわよね。何となく、そんな気がしてたわ」


 ウイエがあっさりそう言った。よかった。王族の命令だからとか、強制するようなことを言ってこなくて。


「そうなんだけど、一つ、お願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」


 さっきも似たようなことを言ったような。


「あなた、来る者は拒まないって言ったわよね。フレーズ姫殿下が、こちらに来るのは問題ないってことよね?」

「……そうだな」


 ぞろぞろとお供を連れてこられると面倒ではあるが、お礼を言いにくるくらいなら。


「駄目よ、駄目!」


 イリスが突然ソファーから立ち上がった。


「フレーズ姫が、ここに来るのは駄目だわ!」


 何故? フレーズ姫が第一王女だから? そういえば君は第七王女だから、一応、姉妹ということになるのかな? 母親が違うらしいけれど。


「ウイエ、フレーズ姫を連れてくるのは駄目だからね」

「どうしてよ?」

「だって、ここ居心地がいいからっ!」


 えぇ……。


「フレーズ姫は体が弱いのよ? それがこの環境にきたら……もうこっちに住むなんてことになるじゃない! そうなったら第一王女だけじゃ済まなくなるわ! ジョン・ゴッドにも迷惑がかかるわ!」


 さも自分は迷惑かかっていないって風にも聞こえるが……。いやまあ、迷惑ってこともないけど、確かに安易にここへ来たら、イリスが指摘したようなことも起こるかもしれない。


 やたらめったに人数が増えるのは、いただけないねぇ、確かに……。

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