第24話、風になるとは


 飛空艇ウィンド号を飛ばすため、梯子で船に乗り込む。私が、船体中央のブリッジへと登ると、船に乗り込んだフォリアが、船外のイリスを見下ろした。


「本当に乗らないんですか?」

「落ちたら困るもの」


 イリスは素直だった。フォリアは、梯子を回収しながら言った。


「落ちませんよ、絶対」


 梯子をデッキに置いたフォリアが、私の後ろに来ようとして、ふとブリッジの下に設置されている巨大な魔石を見つめた。


「綺麗な石ですよね、これ」

「純正魔力の塊だからね」


 この船に浮力を与える浮遊の術を込められた魔石。知識の泉では『浮遊石』というらしい。作り方を参照し、魔石を集めて製作した。魔力を与えると、重量物を宙へと浮かばせることができる。

 なお、それとはまた別の世界では、天然の浮遊石で島を浮かべていたらしい。閑話休題。動力のパワーを推力にフルで活用するため、浮かび上がることに特化した補助装置といったところだ。


 私は操縦用ブリッジの中央の操縦装置に触れる。まずは魔力稼働する設備を動かすため、魔力を注ぎ込む。そして魔力動力をスタート。浮遊石の魔力操作バーをゼロから1段階上げる。


「では上昇させるぞ」

「どうぞ!」


 フォリアが緊張を漲らせて、手すりに掴まる。ウィンド号は、ゆっくりと浮かび始める。


「おおっ!」


 浮遊速度緩めの1。浮遊石操作バーは11段階のメモリがある。0が水平。最高の+5にすると、グンと急上昇するので、最初は+1で慣らしていく。


 周りの木が、私の視界の中で下がっていく。ふらふら、とフォリアが甲板を横切り、下を見る。


「わぁ、飛んでる……! イリスさんとゴーちゃんがどんどん小さくなっていく」


 それだけ高くなっているということである。高い木も、すでにウィンド号より下だ。


「少し上昇速度を上げる」


 バーを一段階動かす。船の上がる速度がアップした。魔境の樹海が見渡せるほど高くなる。山があって、遺跡は左かな。普段、森の木々に阻まれて見えない樹海を上から見る景色。雄大で、緑一色だ。


 浮遊石操作バーを0に戻す。これで上昇が止まる。下降する時はバーをマイナスの位置に持っていけば下がる。こちらも速度を5段階調整。0は現在高度をキープする。

 では、そろそろ風力噴射装置を試してみよう。


「フォリア。風力噴射を使う。一応、掴まって」


 加速の影響で後ろに倒れるとか、最悪転落は勘弁してもらいたい。風力噴射、微速!


 ぐぐっ、とウィンド号が前進を始めた。前から押される、というか後ろに引っ張られるというか、ブリッジから甲板を見下ろすと、フォリアの体が一瞬後ろへ流れて、しかし彼女は手すりに掴まり、踏ん張った。

 風が強い。髪がなぶられるー。


「お師匠様ー! ちょっと! いきなり早過ぎませんかっ!?」


 フォリアが吹く風に負けないように声を張り上げた。いやー、これは予想外。


「これ、微速なんだけどー!」


 船体が小型で軽いせいか、何か思ったよりエンジンにパワーがあるぞ。気分的に最高速度くらいの風を受けるが、まだこれ1段階目なんだけど。


「フォリア! もうちょっとスピード出すから、手を離すなよ!」

「ええっ! わっ!」


 二基の風力噴射エンジンは、ウィンド号を風のように飛ばした。何が推進のパワー不足に備えて浮遊石を装備だ。そんなものなくても、充分飛べるパワーがある!



  ・  ・  ・



 満足した。ウィンド号は、初めて作った割には大したものだ。

 やはり知識の泉の情報は正しかった。それを適切に組み合わせれば、初回でもできてしまうものだ。


 もちろん、乗ってから細かな気づきもあって、決して満点の出来とは言えないが、正直、私個人の好き嫌いの問題であり、些細なものだった。

 ここから細かな調整と改良すれば、もっとよくなるに違いない。


 家に帰ると、イリスが待っていた。……降りるまでソワソワしていたように見えたが、向き合うと、やや斜めに構えたポーズで出迎える。


「どうだった? お空の旅は?」

「よかったよ」


 うん。


「それだけ?」

「他に何を?」


 私の淡白な返事が気に入らなかったか、イリスは視線をフォリアに向けた。そしてすかさず言う。


「フォリア、髪の毛」

「え? ああ、空は風が強くて――」


 風にあおられ、髪がすっかりなぶられたからね。手櫛で整えるフォリア。


「スッゴいスピードでした。船の名前通り、風になったみたいでした」

「そう。ここからじゃ、ウィンド号がすぐ見えなくなってしまったから、わからなかったけれども、だいぶ速かったわね」


 回りに木がいっぱい生えていて、地上からだと見えなかっただろう。


「じゃあ、今度は私の番?」

「いや、試し乗りは終わったから、改良にかかる。今日はたぶん飛ばない」

「ええっ!? 飛ばないのっ!?」


 イリスが珍しく声を張り上げた。


「はい? ひょっとして、とても乗りたかった?」

「あ、いや、別に……! そうじゃないけど」


 ……乗りたかったんだな。

 しおしおと拗ねたような態度は、大人の癖に子供かと思う。子供なのに大人の体のフォリアを見習いたまえよ。

 このお姫様は、人に頼み事をするのが下手なんだろうな、と思う。フォリアが素直なのは、まあ子供だからかもしれないが、イリスは成人しているから、甘えるのが苦手なのだろう。


 ここじゃ、言ったものが勝ちなところがあるからね。言わないと何も変わらないよ。


「フォリア、付き合ってくれてありがとう。おやつにしよう」

「はい! 実は朝、ドーナツというのに挑戦してみたんですが、食べます?」


 フォリアは元気だ。料理本からまた何か新しいものに挑戦したようだ。そういえば朝、家の中に甘い匂いがしたのは、それのせいだったか。

 イリスが、家に戻る私たちと、ウィンド号を交互に繰り返して、何か言いたそうな顔をしている。


「イリス、君もおやつ食べるか?」

「……食べる」


 ボソリ、と第七王女様は答えた。ちょっと期待していたのと違ったようだ。


「ジョン・ゴッド。貴方、人から意地悪って言われない?」

「ないね。君から言われたのが初めてだよ」


 そこまで人と関わった経験がないということもあるが。その時だった――


「ジョン・ゴッド!」


 ウイエの声がした。ここを離れていた魔術師が帰ってきたのだ。

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