第23話、飛空艇を作ってみた


「お師匠様ー、これはこっちでいいですか?」


 フォリアが確認してきたので、私は、知識の泉から引っ張り出した設計図を睨む。


「ふむ、そこでいいぞ」

「はーい」


 トンテンカンテン、金槌で叩く音が響く。


 本日の魔境の天気は晴れ。庭にて、私たちは空を飛ぶ乗り物、飛空艇を作っている。魔境の古代文明遺跡にあった船を参考に、異世界知識も入れて、ただいま建造中。私とフォリア、アダマンタイト・ゴーレムのゴーちゃん。補助として作成した小型の作業型ゴーレム、コーちゃんで、大工作業中。


「――だいぶ、船らしくなってきたわね」


 上から声が降ってきた。二階のベランダから、イリスがラフな格好で庭を見下ろしていた。


「おはよう、お寝坊さん」

「もう昼前なのは知っているわ」


 少し拗ねたように、イリスは自身の長い髪を手櫛で撫でつけた。


「よく眠れただろう?」

「おかげさまで。庭に出るまで音がしなかった」


 そう遮音魔法で、こちらの工作音が家の中に聞こえないようにした。作業をするとフォリアに言ったら、うるさくないですかね、と気を遣ったからだ。

 実際、部品の切り出しや加工、船体の組み立てなどの音は、割と響いていた。


「気のせいかしら? 遺跡で見たものより小さいような」

「とりあえず、飛べればいいと思っているからね」


 遺跡にあったような、十数人くらい乗れそうなものじゃなくて、数人乗れればいいかな、と思っている。


「大きいと作るのもそれなりに手間だからね。別にこの飛空艇でどこかへ行かなきゃいけないとか、荷物を運ばなくちゃいけないとか、そういうのはないし」

「……気のせいですかね」


 フォリアが神妙な口調になった。


「なんだか、近いうちにそれをやるような気がします」


 この飛空艇で、人や物資を運ぶって? いやいや、何を言うんだい。


「どうだろうねえ。天の神様のみぞ知る、かな……」


 私はそんな予言めいたことはできないけれども、必要になったらその時はその時なんじゃないかな。


「……」

「……何かね、イリス」

「別に」


 ふい、と視線を逸らす第七王女。何か言いたそうな顔をしていたが……まあ、いいだろう。言わないということは、その程度ということだ。


 船体は細長い。大海に出るような帆船ではなく、大型ボートのような形状だ。中央に台――簡易的なブリッジがあり、操舵もそこで行う。船体が細長いのも、いわゆる下方視界の確保のためだ。


 船体中央の左右には、強風を後方に噴射する魔法式動力を2基取り付けてある。方向舵もつけてあるので、旋回、上方下方も可能。

 知識の泉から様々な世界、時代の飛空艇の図面を持ってきて、その形状や意味を確かめ、形を決めた。家と同じで、気に入ったものをチョイスして設計してある。だってこれ、作りたいから作っているのであって、性能は二の次だ。


「ワクワクしますね」


 フォリアが声を弾ませる。


「これが空を飛ぶなんて!」

「本当に飛ぶの?」


 イリスが言った。とんだ水差し女子だ。いや懐疑的なのはわかる。


「そもそもこれ、遺跡の船を再現したわけじゃないでしょう? 構造を見て、推測して組み立てているものなんだから、ちゃんと飛ぶ保証はないわ」

「飛ぶのは間違いないよ」


 私は、イリスに説明した。


「この船には、それ自体が浮かび上がる浮遊石を積むからね。風力噴射が不発でも上昇下降はできるのさ」

「……どういうこと?」

「つまり、この手の飛行物には、浮かび上がる力と、進む力、それぞれが必要ということだ。で、浮かび上がる方の力は完全なものが用意できたから、進む曲がるはともかく、浮かび上がる、飛ぶこと自体は失敗しようがない」

「浮かぶだけは確実ということ?」

「そう」


 本当は、鳥や虫のように進む力だけで、飛び上がれればいいんだけどね。


「ただ木や金属は、飛行する動物のそれより遥かに重いからね。進む力にかなりのパワーが必要になるんだけど、そういう装置を作るには、まだまだ勉強が必要でね」


 とりあえず浮かぶ力で担保しつつ、推進用は別にすることで、パワー不足を補おうということだ。


「さすがに、いきなり凄いのは作れない、と……」

「何でも最初は、そんなものだよ」


 試行錯誤を繰り返して、発展していくものだ。


「いえ、これは充分凄いと思います!」


 フォリアは元気だった。


「だって、この船ができたら、空に浮かぶんですよ? それだけでも快挙じゃないですか! 船は空を飛びません。わたし、本で読みました!」

「まあ、普通の船は水の上を浮くもので、空を飛ぶものじゃないものね」


 イリスはノビをした。薄着のせいか、ちょっと肌がちら見えしている。ウイエがいたら、はしたないと怒るやつだ。


「じゃあ、私はそれを楽しみにしているわ。……本当に飛べるのなら、私もそこからの景色を見てみたい」

「世界の広さは実感できるだろうね」


 あまりにも高すぎると、またイメージも違うんだけどね。天界から地上を見ると、小さすぎてかなわない。

 ということで、作業すること数日。『とりあえず飛空艇』は完成した。



  ・  ・  ・



「ヒーちゃん?」

「お師匠様、わたしのこと、馬鹿にしてません?」

「馬鹿にする以前に、違うのか?」


 フォリアのネーミングセンスから、そう連想したが。


「イリス、どうだ?」

「……船なのは確かなんだけれど、これは私が見たものと、色々と違うのよね」


 第七王女様が困惑していらっしゃる。


「それはともかくとして、空を飛ぶんだから、やっぱりそっち系統の動物の名前とかが、オーソドックスじゃないかしら」


 そう、我々は今、この飛空艇の名前を考えている。ボソリとイリスは言う。


「風……?」

「風ですか?」


 動物じゃないが? 私が首をかしげるのをよそに、フォリアが腕を組んで考える。


「ウィンド、ヴィント、ヴァン、ヴェント……とりあえず、色んな国に言葉出しましたけど、どうでしょう?」


 ねえ、動物の名前じゃないよね? ねえ?


「シンプルにウィンド号でよくない?」


 イリスはどこか投げやりだった。フォリアが手を叩いた。


「とりあえず、そうしましょう。いい名前が別に浮かんだらその時は、変更するということで……」

「何気に私の命名を貶してない?」


 イリスが突っ込んだが、そもそも君、適当に決めたでしょ。安直なネーミングしておいて、それはないと思うよ?

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