第22話、ウイエ、秘薬を作って届ける


 私、ウイエ・ルートは、ジョン・ゴッドの家で、幻の薬草アフスロンを手に入れ、急ぎ王都へと急いだ。

 ……ああもう、遠い!


 転移の石のおかげで、魔境の外には瞬間移動なのに、そこから最寄りの町ポルドが遠いっ!

 さらに王都となると、もっと遠いっ!


 この転移の石、魔境まで戻るのも一瞬だけれど、私のアトリエ兼自宅も転移できないかしら? それならあっという間なのに!


 急いで帰らねばならない。私が魔境くんだりで、幻の薬草を探していた理由は、友人でもあるソルツァール王国第一王女、フレーズ様の病を治すため!


 非常にお盛んな我らが国王陛下は、複数の妻を持ち、子供をいっぱい作った。イリスが第七王女という時点でお察しではあるけれど、フレーズ様は正妃の子、現在の国王陛下の一番最初の子である。


 正妃様に似て、大変お美しい方であるのだけれど、幼い頃より病弱――というより、あまり長い時間体を動かせない病を患っていらっしゃる。


 人形姫、置物姫などと呼んでいる奴らもいるけれど、その持ち前の美しさと、人当たりのよさ、そして何より外に出ないから、悪意を向けられることはない。

 むしろ、皆、彼女の境遇に同情していた。その点は幸いだけれど、彼女が健気で、女神のような慈愛を周囲に向けるから、病を取り除いてあげたい、と私は思った。


 そう思っているのは私だけでなく、色々な人が治療法はないかと探していた。それでも有効な手がなくて、様々な療法が試されたけれど、こちらも効果なし。

 いい加減諦めの今日この頃だったけれど、万病に効くとされる幻の薬草アフスロンが魔境にあるという伝承を見つけ、私は採集を決意し、探索。……そして今に至るわけ。


 ポルド城塞都市に戻り、王都への緊急連絡網――魔境でモンスタースタンピードが起きたり、非常事態が発生した際に使う伝令網を、王族近縁者という私の立場と貴族身分、さらに王族の病気治療に必要とゴリ押して、一気に王都へと駆けた。……急患ではないけれど、王族の病気治療は嘘ではない。

 駆け込むように王都に到着し、伝令と分かれた後、王都の屋敷へ駆け込む。


「ウイエお嬢様、とうとう薬草を手に入れたのですね!」


 お手伝いさんに挨拶もそこそこに、私は研究室に飛び込む。


「時間が惜しい! すぐに薬を作るわ。他の素材――」

「すぐにご用意致します!」


 ということで、治療魔法薬の調合を開始する。作り方はもちろん調べ上げてある。私はこれでも、学校時代は魔法薬に関しては、トップクラスの成績を修めている。いわゆる得意分野。レシピが間違っていなければ、こんなの公園の散歩と同じよ!


 ……というわけで、秘薬は完成。水瓶一杯は、数人分あるけれど、さすがにぶっつけ本番で、姫様に飲ませるわけにもいかないから、お試し分もある。不幸な……もとい幸運な実験体が誰になるかはわからないけれど、薬は完璧――のはずだから、その実験者の病もきっと、必ず、治るはず!


 もちろん「はず」では困るのだけれど、私はこれでも人にお出しできない薬は作ったことはないから、たぶん、大丈夫。……駄目だぁ、また「たぶん」なんて言ってしまった。


 レシピ間違いさえなければ――その根本から間違っている可能性もあるから油断できないのよね。やっぱり試験は必要だわ。



  ・  ・  ・



 王城に登城して、王族専属医療団のもとに私は顔を出した。

 学校卒業時、ここから就職の打診を受けたこともあり、またフレーズ姫と懇意であることも知っている王族専属医療団は、快く私を招いてくれた。


「見つかったのかね? 例のアフスロン」

「はい。そして例のレシピで完成しました!」

「おおっ!」


 私が魔境へ幻の薬草探しに行っていたことは、もちろん彼らも知っている。フレーズ姫治療のために秘薬や素材について何度も打ち合わせや相談をしていたから。だから話は早い。


 秘薬が安全なものか確認するため、医療団の鑑定師の魔法調査のほか、王都の治療院に赴き、秘薬での治療可能対象患者を使った試験が行われ……はっきり言えば、王族のための人体実験が行われ、薬の効果と患者の健康が確認された。さらに患者の方にも鑑定魔法で、何か副作用がないかのチェック。

 一晩様子を見た上での再確認を得て、秘薬の安全性が実証され、いよいよフレーズ姫に秘薬を献上する時がきた。


 国王陛下、王妃殿下にもご許可を賜った上で、フレーズ姫ご本人の意思をご確認。


「ウイエが作ってくれた薬ですもの。わたくしは信じておりますわ」


 女神の微笑み、と言われる満面の笑みを向けられて、逆に私が浄化されてしまいそう。

 かくて、アフスロンを使った魔法薬を姫殿下はお飲みになり……容体を観察。


「体が軽くなったようですわ」

「お前の体は軽いぞ」


 様子を見ていた国王陛下が、そんなことを言って、王妃殿下に肘鉄を食らっていた。

 特に外傷があるわけでもなく、見た目に劇的な変化はないのだが、ふと何を思ったか、ベッドの上でくるりと向きを変えたフレーズ姫は、すっと自然に立ち上がった。


 王妃様が口に手を当てて目を見開いた。私もびっくりした。お姫様がこんな機敏に動くところを見たことがなかったから。

 国王陛下も。


「たっ、立った! フレーズが立ったぞ!」

「いえ、あなた。元からフレーズは立てまするわよ?」


 あまり長い時間、動けないのと、運動なんて以ての外、な感じで、室内を数歩歩く、一刻くらい普通の椅子に座ったりとかはできる。


「ちょっと、お庭を歩きたい気分ですわ。……よろしいかしら?」


 フレーズ姫の言葉に、私を含めて一同感動した。秘薬の効果が出てきた。これは効いているのではないか、と。



  ・  ・  ・



 実際、効果はあった。

 フレーズ姫は、秘薬を用いる前と違い、外に出ても気分が悪くなることなく、顔色もよく周囲を喜ばせた。


 苦労して魔境に行った甲斐があった。報われた! 身分差がある友人とはいえ、やはり彼女が快方に向かいつつあるのは、私もとっても嬉しかった。


 私は国王陛下、王妃殿下のお二人から労いと褒美を頂けることになったが、本当に褒められるべきは、庭でアフスロンを栽培していたジョン・ゴッドだろう。私が苦労して秘薬の作り方を解読したとはいえ、肝心の薬草がなければ、フレーズ姫の病を治すことはできなかったのだから。


 ということなので、私は、褒美についてはフレーズ姫の経過を看て、それからと後日に引き伸ばしてもらい、その間に、ジョン・ゴッドにお伺いを立てることにした。


 で、経過確認と称して、私は姫のそばにいたが、彼女は外への興味を大変お持ちのようで、様々な事について質問した。特に魔境の冒険について関心を示され、私も薬草の入手について、ぼかしながら説明した。


「魔境に人が……?」

「はい。その方が、薬草を分けてくれたのです」

「では、その方もご恩人ですね! ぜひともお礼がしたいですわ」


 ……それはそう、なんだけれど。いいのかしら? 私は、まだ正体のはっきりしないジョン・ゴッドについて考えてしまう。


 元々、体力のないフレーズ姫を魔境に、などというのは無理な相談。かといって王都に招いて、彼が来るだろうか? 一番簡単なのは、転移石を使えば、すぐジョン・ゴッドの屋敷へ行けるのだが……。あ、でも帰りを考えると難しいか。うーん……。

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