第20話、ウイエ・ルートの口頭記録と幻の薬草


 白竜の月、15日。記録者、ウイエ・ルート。


 私は、魔境の住人であるジョン・ゴッドの誘いを受けて、魔境の探索を行った。同行者は、聖騎士、イリス・ソルツァール王女殿下。冒険者のフォリア。


 個人的な目的を言えば、奇跡の薬草アフスロンを探しているのだけれど、ジョン・ゴッドが言うには、普通に魔境の森の探索だという。

 ……まあ、何でもいい。調査できるのなら、ついででも。


 イリス姫という最強の護衛がついているのは頼もしいけれど、ジョン・ゴッドは緊張感をあまり感じさせなかった。


 さすが魔境に住むという図太さだけあって、魔境のモンスターを微塵も恐れていない様子だった。


 探索の最中、モンスターの襲撃を幾度も受けたけれど、イリス姫と、フォリアが対処した。


 お姫様に関して言えば、特に驚くことはない。最強の聖騎士の評判そのままに、ただの一撃でモンスターを倒していった。


 驚くことがあったとすれば、フォリアの方だ。私は彼女のことを多少は知っているが、ジョン・ゴッドの家に住む前と後では、外見は変わらずともその中身が劇的に変化した。


 と言ったが、ことモンスター退治でいえば、彼女より持っている武器の方が素晴らしかった。

 ミスリル製の剣という話だったけれど、その切れ味は、イリス姫の聖剣に匹敵する、恐るべき切れ味だった。


 ここで驚くべきは、その剣はどこぞで手に入れた秘宝などの魔法武器ではなく、ジョン・ゴッドが自作したものだということだ。


 また、ジョン・ゴッド! アダマンタイトのゴーレムもそうだけど、この人、なに武器を作ってるのよ!?


 こんなの、表に出たら武器職人が失業するわ。……というか、王族なり有力貴族がその武器目当てに彼を囲い込むに決まっているわ。……溜息しか出ない。


 探索中、私たちは、魔境の樹海の中で古代の遺跡を見つけた。牙猿が狩り場にしていたようだけれど、それは撃退した。

 ジョン・ゴッドは、そこでも剣と魔法で牙猿を軽く蹴散らしてみせた。一時はモンスターに包囲されたけれど、皆無傷で切り抜けた。やっぱりこの人、強いわ……。


 それで遺跡なんだけれど、ここでも私は、驚かされることになる。


 ジョン・ゴッドの家に住むようになって、それまで字をほとんど読めなかったフォリアが、読めるようになったっていうのも吃驚したけれど、なんと彼女は、古代文明の文字を読んでしまったのだ。……なんでっ!?


 お師匠様に教えてもらった、って、あなた少し前まで、普通の字読むのも苦労していたじゃない!? どういうことよ!


 そしてそのお師匠こと、ジョン・ゴッドは、その文字をハルバナ文字というのを知っていて、今から3500年前の文明であると推測した。……古代文明のことにも精通しているって、何なのこの人。


 大陸随一の魔術師? もう賢者か何かじゃないの? 神を自称した時は、おかしな人かと思ったけれど、その知識は神にも匹敵すると豪語するだけはあるわ。


 なんで、こんな人物が魔境でくすぶっているのよ。世間に出れば、その知識と力を使って、なりたいものにも、好きな地位にもつけるでしょうに。

 それだけジョン・ゴッドという存在は卓越している。私はまだ彼の全てを見たわけではない。それでも断言できるわ。


 魔境に家を立て、聖域化という高位魔法を使い、アダマンタイト・ゴーレムやミスリルソードを作れてしまう魔法武具職人。変換術という幻の魔法が使えて、さらに無詠唱で牙猿などのモンスターを倒せる……。


 何よ何よ、こんなの魔術師の理想。現職が恥ずかしくて言えない、何でもできてしまうスーパー魔術師じゃないの! ああ、もう、私だってねえ。幼い頃は、そういう魔法使いに憧れたわよ、ええ!


 でもそんなのは幻。実在するわけがない……。そのはずだったのにっ!


 しかもこのわけのわからない魔術師は、遺跡の地下で見つけた空とぶ船の残骸を見て、修理しようなんて、言い出した。


 3500年前の文明の超技術でしょ!? 何でさも、壁の修理しますよ、みたいな調子で言うわけ!?


 信じられない。確かに文明を言い当てられる見識があるのなら、空とぶ船のことも知っているかもしれない。でもそれは……ねえ?


 何だか頭が痛くなってきたけれど、取りあえずジョン・ゴッドの屋敷まで戻った。そうそう、忘れたわけじゃないけれど、アフスロンの葉は見つからなかったわ。


 幻の薬草は、魔境にあるなんて伝承があるけれど、正直疑わしくもあった。古代文明の遺跡が見つかったのは凄いのだけれど、本来の目的とは違うから。

 ……などと憂鬱な気分になりつつ帰ったら、あったのよ。


 アフスロンが。幻の薬草がっ!


 ジョン・ゴッドの屋敷の庭に!



  ・  ・  ・



「お疲れ様ですー」


 夕方の帰宅。フォリアがそう全員を労った。ジョン・ゴッドは、飛空艇のことで何やらブツブツ言っていた。


 そこで私は、ふと庭の端に畑のようなものがあることに気づいた。初めて来た時はなかったと思ったけれど、あんなのいつからあったっけ?


「フォリア、あれって何?」

「何です、ウイエさん。あー、畑ですね。お野菜とか果物、薬草とか作ってるんですよ」

「へぇ……。そんなのあったかしら?」

「えーと、ウイエさんが帰った後に、お師匠様が作ってました。家庭菜園というやつです」

「ふーん」


 あんな一カ所で、まとめて育つようなものかしら? ものによっては成長環境も違うだろうに。


 ジョン・ゴッドが、何か環境を変える魔法や魔道具でも使っているのかもしれないわね。興味を持った私はそれを見に行き、何を育てているかざっと眺めた。

 いや、ほんと。なんて育て方しているのよ。これお隣の植物に影響与えまくりなんじゃ――


「……ウイエさん?」


 フォリアが声をかけてきたけれど、その時に私は、どうでもよかった。ある一点に視線が吸い込まれ、そこから目を離すことができなかったから。


「ねえ、フォリア、これって……」

「はい? えーと、ペイラという薬草ですね」


 何の薬草か、名札が差してあったが、そんなのはどうでもいい!


「ペイラ? 何を言っているのよ! これアフスロンよ! 私たちが探していた幻の薬草の、アフスロンっ!!」

「ええっー!?」


 知らなかったらしく、ビックリするフォリア。ええっ、は私のセリフよ、まったく!


 あるじゃないの! 幻の薬草が! ここにっ! あああっ!


 私は頭を抱えた。こんな目と鼻の先にあったんなんて! 私の数日を返してよーっ!

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