第18話、森を探検しよう


 魔境に住んでいると言っても、その全てを把握しているわけではない。

 そもそも大まかに、この辺りは魔境と呼ばれているくらいで、明確な境界線が引かれているわけでもない。


「樹海に入った辺りから魔境、という扱いになっているわ」


 そう言うのは、ウイエだった。

 それなりに知識のある女魔術師曰く、手におえない魔獣が多く生息して、人が中々入ってこれないこの森と山と窪地全体を『魔境』と呼んでいるのだそうだ。


「で、ジョン・ゴッド。貴方はこの魔境をどこまで開拓したの?」

「適当に歩いたところしか知らない」


 家を建てる候補地を探してブラついたのと、近場を周回したくらいだな。


「だから、今回は初めての場所を歩いている。少し楽しくはある」

「初めて、という割には、足が軽いわね」


 イリスが剣を収めた鞘に手を添えながら、周囲を警戒しながら言った。


「というより、わかってる?」

「何が?」


 君は言葉足らずだな、イリス。


「魔獣の気配はする。けれど、こちらを警戒しているみたい。遠くから、見ているような……」

「賢い奴、弱い奴が見知らぬ侵入者を見張っているのだろう。私に言わせれば、よくあることだ」

「そう?」


 イリスは懐疑的だった。ウイエが口を開く。


「この魔境の魔物は、もっと好戦的のはずなんだけれどね。……私たち人間を見かけたら、すぐに襲ってくる」

「そうですよね」


 フォリアが、私の授けた剣を片手に、周りを見渡している。


「初めて森に入った時も、結構襲われましたし」

「相手を大きさで判断する愚か者だったのだろうよ」


 私は肩をすくめる。


「魔獣の中にも、身の程知らずがいるということだ。人だって強い者、弱い者、賢い者、愚かな者、色々いるように」

「魔獣や魔物を一括りで考えるな、ってこと?」

「その通りだよ、ウイエ。魔境の魔物と聞いて、全部が強いわけではないが、すべて強いものだと決めつけてかかっていないか? ここにも強いもの、弱いもの、様々だ」


 しばしば、森の生き物と顔を合わせていれば、それがわかるだろう。


「でも、ジョン・ゴッド。強い奴はいるものよ」


 イリスが右手を剣の柄に移動させた。


「私たち人間は弱い。ここに住む多くの獣と違って――」


 土を蹴る音、木が倒れる音がして、四つ足の巨大トカゲ型の魔獣が飛び出した。


「光刃!」


 イリスの聖剣の剣身が輝き、刃を放った。巨大魔獣が真っ二つに切り裂かれ、絶命する。


「お見事」


 人間にしては、大したものだ。呆然とするフォリアに、何故かニヤニヤしているウイエ。『どう? これが彼女の実力よ』と言わんばかりだ。


「凄いです……。さすがイリス様」


 フォリアが感嘆している。そんなに感心している場合でもないけどね。


「君だって、私が与えた武器で、同じくらいはできるよ」

「そうなんですか? へぇ……」


 自分が持っている剣を改めて見やるフォリア。私は、その間にトカゲ型魔獣を変換術で解体。

 するとイリスが言った。


「今のはなに? ジョン・ゴッド」

「変換術だよ。あのまま死体を残すと、すぐに近くの魔獣が寄ってくる」


 面倒は嫌いだろう。ウイエが何やら熱心な目を向けてきたが、わかっているよ。


「夕食は、トカゲ肉かな」

「……」


 違う、そうじゃないという顔になるウイエ。違うのか?



  ・  ・  ・



 森の探索を続ける。ウイエは、幻の薬草探しに魔境に来ているので、それを探しながらの道中だ。

 身の程をわきまえないモンスターの襲撃。フォリアの腕試しに返り討ち――


「ええええっ!?」


 素っ頓狂な声を上げる彼女に、ウイエは感嘆する。


「本当に、イリスの聖剣並の切れ味じゃない、それ!?」


 分断された魔獣の死体。攻撃力はもちろんなのだが、それもきちんと正しい使い方をしてこそ発揮できるものだ。無傷でかいくぐり、的確に魔獣を仕留める動きをしたフォリアは褒めてもよい。


 怖いですね、これ――と二人で剣を改めて観察する。おーい、さっさと行くぞー。

 そんなこんなで、道中の敵を軽く払い除けつつ探索を続ければ、窪地となっている森の中で、毛色の違うものが見えてきた。

 ウイエが目を丸くした。


「嘘……。これって遺跡じゃない?」

「人工物みたいね」


 イリスも頷くと、私を見た。


「これのことは知っていた? ジョン・ゴッド」

「いいや。私も初めてだよ」


 この魔境に、人の手が入っていたとは。石作りの遺跡とおぼしき場所へ近づく。ウイエは言った。


「かつて、この魔境にも人が住んでいた時代があったってことよね?」

「今も住んでいるわよ」


 イリスが私を指した。それはそう、という顔をするフォリア。……私は人じゃないから、ウイエの発言は間違っていないのでは?


 切り出した岩を使って作られた建物が、草や苔に覆われて、年季を感じさせる。辺りはすっかり森に飲まれているのを見ても、大昔のものだとわかる。


「いつの時代のものかしら……? これは字かしら」


 崩れた建物の近くに落ちていた板の欠片。何やら彫られているね……。天より来たりて――


「『天より来たり、空とぶ船』――空とぶ船って何でしょう?」


 フォリアが淡々と読み上げる。そこまでは私も読んだ。


「ええっ!? フォリア、これが読めるの!?」


 ウイエが、変顔に近いほどの驚愕を浮かべた。はい、とフォリアが、女魔術師の反応の意味がわからず、そのまま続けた。


「読めますよ。お師匠様が読めるようにしてくださいましたから。……お師匠様、これって――」

「うむ、ハルバナ文字というやつだな。今から……そうだなあ、3500年くらい前かな」

「はああっ!?」


 ウイエが激しくショックを受けた。そんなに驚くことなのか。一人だけビックリしているウイエに、友人であるイリスは奇異なものを見る目になった。


「その顔はさすがに、人に見せられるものじゃないと思うよ、ウイエ……」

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