第16話、ジョン・ゴッド、武器を作る


 私がジョン・ゴッドと名乗ってどれくらい経ったか、さほど関心はないが、他の人間と過ごすようになってから、普段からそう呼ばれる回数が増えた。


 名前とは、自分のためより、他人のためにあるのではないかと思える。


 イリスが、新たな住人となり、ウイエも少しの間、滞在したいと申し出た。どうやら図書室が気に入ったらしい。

 幻の薬草探しに魔境に来たと言っていたが、そちらはもういいのか? まあ、いいのか。私には関係のない話だ。


 今の私の関心は、強くなりたいと言ってここに住んでいるフォリアのために、色々と準備を整えてやること。

 そもそも、魔境でのんびり生活できる環境を整える以外に目的がない私だ。期限があるわけではなく、やりたいことをやれればそれでいい。


 そして私は、コロコロと表情の変わるフォリアの反応を見るのが、今やりたいことだったりする。


「魔境の探索をする時のために武器を作ってみた」


 その一、ミスリルソード。やや刀身が短く太めであるが、片手で振り回しやすい。魔力を通しやすいミスリル金属製なので、もしフォリアが魔法を使えるのなら、その効果を高めることもできる。


「ありがとうございますっ、お師匠様!」


 フォリアは目を輝かせて、満面の笑顔。……これだよ、これが見たかった。私の心は和むのだ。

 さっそく手に持って、少し離れて素振りをするフォリア。


「とても軽いです……! 振り回しやすいです」

「ミスリル金属自体、軽いからね」


 普段から武器を振り回している人間からすると軽いだろう。慣れない人間だと、これでも多少重いのだが。


「……」

「イリス、何か意見が?」


 私がフォリアに剣を渡しているのを近くで見ていたイリスである。


「フォリアは、パワーがあるから、長物でもよかったんじゃないかなって……」

「この魔境という森の中だ。場所によっては長物だと引っかかるよ」


 庭から見える樹海を眺める。イリスは頷いた。


「それはそうなんだけど、フォリアは体格が恵まれているから、力を伸ばす方向でもいいかな、と思ったのよ。軽いミスリルだと、せっかくのパワーが活かしきれないんじゃないかなって」


 さすが聖騎士という名の戦闘職業。王族ながらしっかりと自分の意見をお持ちのようだ。それが正しいかどうかは私は知らないが。


「パワーか。あまり必要はないと思うが、一応こんなのも作ってみた」


 私が作成した武器、その二。オリハルコンアックス。


「斧か?」

「斧ですね」


 フォリアも、それを覗き込む。


「片手用ですが、ヘッドがかなり重そうですね」


 柄が短いから片手用と判断したらしい。しかしこれには仕掛けがあってね……。私は柄の部分を回した。


「伸びる!」

「収納式!?」


 二人は驚いた。片手で振り回す武器に見えたオリハルコンアックスは、両手持ちの大斧と化した。


「柄の長さは調整できるようにしてある。この状態でぶん回せば、遠心力が働いて切れ味も抜群だ」


 フォリアに斧を渡し、庭の一角に私は、木を生やした。みるみる成長し、周囲の木と遜色ない大きさと太さになる。


「ちょっと切ってみて」

「わかりました」


 私は離れ、フォリアが入れ替わり、木の前で両手で持った斧の素振りをする。気合いは充分のようだ。どう当てるか頭の中でイメージを組み立て、そしてブンと風が唸るほどの一閃。


 カーンと切れ込みが入って刺さると思われた斧は、まるで素通りするように、止まらず振り切れた。


「え……?」

「え?」


 とうのフォリアも、見守っていたイリスも目を見開いた。


「いますり抜けました?」

「空振りではなかったはずだが……」

「切れてるよ」


 私は言った。


「ちょっと押してみな」

「はい……」


 フォリアはおずおずと、言われた通りに目の前の木を押した。するとグラリと傾き、向こう側へ木は倒れる。


「ええっ……!? お師匠様、これ――」

「ね?」


 切れていただろう?


「ね、じゃないわ!」


 イリスが声を張り上げた。


「なんて切れ味なの! あんなのまるで聖剣や魔剣並みじゃないの!」

「そうなのか?」


 私は、その聖剣や魔剣は作ったことがないからよく知らないんだが。


「聖剣とか魔剣並みとか……」


 フォリアが震えだした。


「お、お師匠様。こんな凄い武器を私がいただいてもよろしいのでしょうか!?」

「いいよ。君のために作ったんだから」


 むしろ使ってくれないと、作った甲斐がないよね。


「……凄いものを頂いてしまった」


 フォリアが恐縮するが、イリスは呆れたように私を見た。


「何てものを作ってしまうのよ、ジョン・ゴッド。貴方の変換術、常識外れもいいところじゃない?」

「そうかぁ……」


 世間一般からすると、この威力は常識外れらしい。しかしイリスよ、君が持っている聖剣だって、私の見たところ常識外れだと思うのだが?

 それを考えたら、そこまでオーバーな反応をされるのは、心外だ。


「魔境の探索に行くのなら、これくらいはあったほうがいいと思うがね」


 そもそも、この魔境のモンスターは、そこらの連中とは格が違う。武器もそれに合わせるべきだと思うんだ。


「弱い武具で挑んで死ぬのは、愚かだと思うが……どうかね?」

「それは、そうだけれど……」


 イリスは少し考える。危険な場所へ行く時は、きちんと装備を整え、準備を怠らない。その考えでいくなら、この規格外武器を携帯するのも、魔境での生存率を高めるものになる。


 そもそも、破格の攻撃力がある武器を持っていても、ちょっとした油断で死ぬこともある魔境だ。

 それだけで制覇できるほど、魔境は優しい環境ではない。

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