第15話、姫騎士が、隠れ家で見たもの


 またまたフォリアのことで恐縮だが、私、イリス・ソルツァールにとっても、彼女のことは聞いていた印象とは、だいぶ異なった。


 ウイエからは、真面目でいい子と聞いていた。子供で、学もないから世間知らずの面はあるが、まったく無警戒というわけではなく、慎重に相手の意図を読んで、危険を避けていくタイプだという。14才で冒険者をやっていくとなれば、それなりの用心深さはあったほうがよいのだろうと思う。


 が、ジョン・ゴッドの屋敷での彼女は、非常に快活で明るく、その上で大変、博識だった。


「今、この棚の本まで読んでるんですよ」


 そう言って案内してくれた図書室には、私でも見たことがないほどの量の本があって、同じくやってきたウイエの度肝を抜いていた。


「この本は、全部ジョン・ゴッドの……?」

「はい! お師匠様がご用意してくださったものです」


 フォリアの笑みが眩しい。ジョン・ゴッドのことを口にする時のフォリアはとても機嫌がよさそうだった。


 付き合い自体は短いはずなのに、こうも親しげなのは、彼女のことをよく知らない私でさえ、奇異に映った。

 ウイエは本棚にある無数の本の表面、タイトルに目を走らせながら驚きの声を上げる。


「こんなに豊富な種類の本は初めてだわ! タイトル自体は凄くありふれたものに見えるけれど、そもそもこの手のジャンルが本になっているのを見たことがない!」


 ……確かに、裁縫の本、料理の本、掃除の本とか、普段の生活に役立ちそうなものは多々あれど、本で見ることはほぼないと言っていい。


 こういうのは親や師から口頭で教わることが多く、わざわざ本にすることはあまりない。料理の本なら、どこぞの宮廷料理人が書いたとか、外国の料理をまとめた本くらい。


 要するに、本とは高度な技術の記されたもので、取るに足らない日常の話をまとめるものではないのだ。そもそも本は大量生産品ではなく、また非常にお高い。

 ウイエが声を落とした。


「……これだけの本を所有しているとなると、ジョン・ゴッドは相当なお金持ちか、高等魔術師説が濃厚になったわ」


 只者ではないのは、間違いないと私も思った。


 ウイエは早速、魔法関係の本を手に取り、近くの席で読み出した。貴女は、この魔境に幻の薬草を探しにきたのではなくて? 


 もっとも、その護衛である私が、ここに住むと言ったから、その煽りを受けてしまったかもしれないけれど。


「イリス様は、どういう本が好きですか?」


 フォリアが訊ねた。人懐っこい性格なのだろうか。私が王女で聖騎士でも、割とあっさり声をかけてくれる。


「そうね……。あまり本を読まないから」


 せいぜい剣術とか武術の本とか?


「フォリアは、何かお薦めはある?」

「お薦め、ですか……。私はまだ全部読んでいないのですし、イリス様のお好みがまだわからないので、何とも言えないですけど――」


 うーん、と考え込んでしまうフォリア。あ、この娘、凄く真面目だ。


「そんなに難しく考えなくてもいいの。……そうね、貴女がこれまで読んだ中で、一番よかった本はどれかしら?」

「一番ですか……。ソルツァール王国魔獣図鑑が、色々参考になって面白かったです!」

「そう。ソルツァール王国魔獣図鑑は、私も読んだことがある。一部実際と違うところがあるけれど、私も参考に――って、ちょっと待って。ここにあるの?」


 王城の図書室で読んだ本が、この屋敷にもある? 本は手書きで、基本、生産されても極少数である。その貴重な一冊が、この魔境の隠れ家にあるなんて――


「ありますよ」


 フォリアは、あっさりそれを見つけると、イリスに見せた。ソルツァール王国魔獣図鑑、確かに、私が幼い頃にみて、胸を弾ませた本だ。中も確認して……え?


「私が読んだものより綺麗……」


 しかも魔獣の画の数が増えている。まるで、ここ最近修正された改訂版のようで。


 すっと、魔獣図鑑のあった棚を見る。ソルツァール王国どころか近隣国それぞれのものや、大陸全土と掛かれた分厚いものまで揃っていた。……これは私も読んだことがない!


「凄いですよね。国によっても、違う種類の魔獣とか色々あって――」

「……これを読んだって?」

「ええ。……どうしました?」


 私が試しに隣国版をそれぞれ確認したが、どうやらその国の文字で書かれていて、何となくわかるものもあるが、文章はさっぱりだった。


「貴女、外国の文字も読めるの?」

「はい。お師匠が読めるようにしてくださったので」


 つまり、この短期間でこの娘は、複数言語と文字を習得したということ? 学がなく、読み書きも不自由していると聞いていたのに……! なんてこと。


 ジョン・ゴッド! 貴方は、彼女に何を教えたの!?



  ・  ・  ・



 真面目な子、というのはフォリアという少女の真実だと思う。


 例のアダマンタイト製ゴーレムと打ち合って武術の鍛錬をするところを、私は目撃した。

 ではジョン・ゴッドは何をしていたのかと言えば、庭にいるのだが――


「いや、本当、何をしているの、貴方」

「ん?」


 何やら宙に浮いている光る板のようなものを見ていたジョン・ゴッドは振り返った。


「フォリアのための武器を作っていたんだ」

「武器?」

「そうだ。彼女がこれまで使っていたのは、いわゆる大量生産品というものらしくてね。そこまで質のいいものではない。この魔境で魔獣と戦うには、少々頼りない」

「武器は基本、高いから」


 それでいて、一部を除けば消耗品なところがあるから、騎士なり冒険者なり戦う職業の人間にとっては武具の維持費というのが馬鹿にならない。


「でも貴方、武器を作れるの?」


 鍛冶屋ではなさそうだけれど。ジョン・ゴッドは「まあね」と肩をすくめた。


「……私のやり方は、魔法みたいなものだと思ってくれ」


 そう言いながら、空中をなにやらタッチしたかもと思うと、浮いている光る板に、剣の画が浮かび上がっているのが見えた。これは魔道具なのかしら。


 するとジョン・ゴッドは、その剣を見ながら、足元――ここは庭の端なので土が剥き出しになっていたけれど、そこに手を置いた。……何をするの?

 すっと彼は曲げていた背筋を伸ばした。手が地面から離れ、そこから剣が出てきた!


「ええっ!?」


 腰が抜けるかと思った。地面から剣が抜けたような光景だった。ダイコーンじゃないんだから、地面から剣が生えていたように見えた。


「言っただろう? 魔法みたいなものだって」


 ジョン・ゴッドは何でもないように私に言った。


「いわゆる変換術というものだ。私ほどになれば、土から別のものを作るのも容易いのだよ」


 この人、マスタークラスの魔術師確定だわ。魔境に隠れ住む前は、絶対、大陸でも名が轟くくらいの魔術師だったはず。

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