第14話、イリスの見たジョン・ゴッド


 私、イリス・ソルツァールにとって、戦いは日常の一つに数えられる。


 強い人間というのは、何かあれば戦うことを義務付けられるもの。どこどこで強い魔物が出た、魔獣の群れが襲撃してくる――だから倒してくれ。そういうの。


 聖剣を持つことが許された聖騎士であるから、世のため人のため、剣を振るうことは宿命づけられているといってもいい。私はそれを受け入れ、誰かの役に立っているなら、と戦地に赴くこともしばしばだった。


 今回は、友人であるウイエ・ルートに頼まれて、魔境と呼ばれる人の開拓の及ばない土地へ行くことになった。


 生息する魔獣は、まあそこそこ強かったとは思うけど、これまで討伐を依頼され倒してきたものと比べるとそこまでかなわないものでもなかった。

 油断はできないけれど、余裕がないわけではない。そう思っていたんだけれど――ちょっと待って。なんで私の聖剣を弾くゴーレムなんているのよ!?


 魔境に怪しい人物が住んでいる。そう聞いてやってきた魔境の隠れ家。到着早々、人間――女冒険者が、マッシブな体型のゴーレムに襲われていた。だから助けるためにゴーレムに斬りつけたのだけれど、私の剣がまったく通用しなかった。


 これは手強い、と思ったのもつかの間、どうやらゴーレムは敵ではなかったようで、女冒険者――フォリアと、隠れ家の主、ジョン・ゴッドに会った。


 私が誤解したこともあるけれど、ゴーレムの主であるジョン・ゴッドは実に寛大だった。同時に異様でもあった。


 私が第七王女と聞いても、慌てるでもなければ、膝をついて挨拶するでもなかった。まるで『あ、そうなんだ。ふーん』と軽く流してしまうように。


 こっちの方がショックだった。私の顔や名前を知らなくても、王族と聞けば普通は改まったり、それなりの敬意を見せる。だが彼には、そういう感情はなかった。

 でも間違っても、王族を憎んでいるとか、そういう負の感情もなかった。


 そして普通に来客として迎えてくれた。

 彼の隠れ家は、お屋敷といってもいい大変立派なもので、私がこれまで訪れた様々な貴族の邸宅と比べると、庭はともかく建物自体は、とても斬新で広々としていた。


 やはり大きくとられた窓で、外からでも内装がある程度見えることか。もっとも下からでは、家具や配置までは見えないのだけれど。


 でも、ウイエが、どこぞのマスタークラスの魔術師ではないか、とジョン・ゴッドを疑う理由はわかる。でもどちらかというと魔術師というより、どこぞの国の王族の血縁なのではないかと私は思った。王族に対する態度を見る限り。


 王国の、ソルツァールに名を連ねる者だろうか? 王族といっても、結構範囲が広いから、意外と会ったことがない、知らない身内もいたりする。

 いや、そういうのではない。自国の王族であればこそ、礼儀作法にうるさい。そうでないなら、他国の王族――いや、それでもそれなりの敬意と態度があるはずだ。そう考えると、本当に謎の人物だ、ジョン・ゴッドは。


「果物のジュースとお茶、どれがいい?」

「ジュースで」


 私はとっさに答え、そしてやってしまったと思った。


 これだけ品のいい内装と質素に見えて豪華な家具がある家の持ち主だ。せいぜい、どこぞの有名茶が出てきてもおかしくないと思っていたから、ジュースが候補として出てくるとは思っていなかったのだ。

 ……私は、お茶よりもジュース派だ。新鮮な果物を絞ったジュースは、ある種の贅沢品でもあったりする。


 リンガのジュース。それも水で嵩増しした半端ものではなかった。濃厚なリンガの味が私の舌を撫で、口の中を満たした。これは極上の品だ。しかも適度に冷えていて、魔境を進んで疲れた体に染み渡った。


 これ一杯のためにもきた甲斐があった。……などと一瞬我を忘れていたのを現実から引き戻された私は、本題でもあるジョン・ゴッドは何者なのか、直接彼に問うた。


 その答えは――


「神だ」


 ……頭のおかしな人だった。こちらに対する牽制を込めたジョークだったんだろうけれど、まったく笑えない。むしろちょっとムカついた。


 なので、ちょっとキツめな態度を取ってしまったけれど……、ジョン・ゴッドは、私を馬鹿にするでもなく、姫扱いもせず、ただありのままを語っているようだった。


 何だか、王都の大手の商人と商談している気分になったけれど、彼の言い分をまとめると、この魔境で隠居しているから、外のことは知らん、というものになる。


 他国のスパイの可能性も捨てきれない。私はそれを敢えて強調したつもりだったのだけれど、彼は不快さを滲ませることなく、監視して白黒つけてもらうしかないと言った。

 つまり、彼は真っ白なのだと私は確信した。隠し事も、やましい企みもなく、本当に魔境で隠居しているだけなのだろう。


 自分が証明するのではなく、周りで好きなだけ見て判断して、というのがそれだ。悪いことをしている人間は、自己の正当化をしようと多弁になったり強弁したりする。時に威圧的だったり、脅しをかけてくることもある。


 が、ジョン・ゴッドは、こちらに全て任せるという態度だった。もっとも、やり手の商人やギャンブラーよろしくブラフの可能性もある。だったら、王国の聖騎士でもある私が常駐すると言ったら、少しは動揺を見せるかと思ったのだけれど、どうぞ、と彼はあっさり私の滞在を許した。……正直、拍子抜けよ。


 やってきたウイエの方がビックリしていたし、すでにここに住んでいるというフォリアの方が動揺していたくらいだ。もっとも、彼女の反応は、王族が突然訪問してきた時の戸惑いのそれだと思うけれど。


 滞在は、多分に成り行きが大きかったけれど、見たところ清潔で、家具も品がよく、ソファーも座りごごちがよく、一級の宿より好感が持てた。むしろ、ちょっとワクワクしているところもある。


 きっとこの家は、私がまだ知らない何かがいっぱいあるに違いない。最近忘れかけていた素直な気持ちがこみ上げてくるのを感じた。どうしてそうなのかは、わからなかったけれど。


 そういえば、ジョン・ゴッドは、私が第七王女だと知っても、様とかお姫様とか言わなかった。呼・び・捨・て。


 同居人のフォリアが、ジョン・ゴッドに注意すらしていたけれど、彼はあまりに堂々としていて、むしろ何でって顔をしていたから、特別に私は呼び捨てを許した。


 ここにはうるさい騎士や従者たちもいないから、私が気にしなければ誰も咎めない。私を呼び捨てにできるのは、王族の中でも私より上位の人たちだけだから、まったく知らない他人から面と向かって呼び捨ては、新鮮でもあった。


 ……悪い噂をされている時、私がいないところでの呼び捨てはあるみたいだけれど、そういうのと違う悪意なしの呼び捨てだから、ジョン・ゴッドは気にならなかったと思う。


 ウイエには悪いけど、私はここにしばらく住むことに決めた。


 そして、やはり色々驚かされることになる。その1、フォリアという少女。


 ウイエからは馴染みの冒険者と聞いていた彼女。体格は私に近く、成人女性に見えるが、あれでまだ14才という。実に発育がよく、恵まれた体をしている。……私より胸があるのではなくて?


 それはともかく、中身はまだ子供ということで、ジョン・ゴッドの家に住むようになったことを、ウイエは心配していたが、フォリアは実に順応していた。

 彼女は未知の食材を使って昼食を作ったが、もちろんウイエすらそれが何なのか知らない。だがとても匂いがよく、口にしてみればこれがまた美味。かつて王城で食べた食事より美味しく、さらに温かい。


「いっぱい作ったので、たーんと召し上がれ!」


 笑顔のフォリアだが、なるほどこれは無邪気な少女のそれだと思った。ウイエなどは、あまりの美味さに絶句し、目を見開いていた。


「……私、こんな彼女を知らない」


 などと、ウイエはわけのわからないことを言っていた。私にとっての、この屋敷での生活が始まった。

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