第13話、彼女が来た理由


 来訪者が来たので、お茶を出してもてなす、とはどこの文化だったか? 人間世界の勉強はしているが、まだまだだなぁ、私は。


 ウイエは、アダマンタイトゴーレムのゴーちゃんが気になるそうなので、フォリアと共に庭に残した。

 私はイリスを招き、二階の居間でくつろいでもらう。


「外観も異質だったが……。中から見ると凄い」


 二階は窓で区切られた壁が大きく取られていて、日中は明るさで室内でも照明いらずである。


「果物のジュースとお茶、どれがいい?」

「ジュースで」


 即答だった。だが彼女は何故か、しまった、という顔をした。どうも反射で返事し、それを悔いているようだった。ジュースが飲みたいなら、それでいいじゃないか。


 二階キッチンの冷蔵庫から、林檎――こちらの世界ではリンガというんだったな。リンガジュースを用意し、氷を一つ、二つ投入。


 興味深げに室内を見回していたイリスのもとへ戻ると、ジュースの説明をしておく。


「氷が入っている?」


 透明ガラスのコップをしげしげと見つめる彼女。私は頷いた。


「そこそこ冷えているものも美味しいんだ」


 ここまで魔境を抜けてきて、それなりに汗もかいただろう。私が自分のものに口をつけると、イリスもまた一口。


「ん、濃厚。濃いリンガの味。でもすっきりしてる」

「うちは、水で薄めていないからね、ほぼ果汁だよ」


 我が家でジュースを愛飲するフォリア曰く、世間でのジュースというのは、かなり薄味なのだという。原因は嵩増しのための水の投入。というより、水を飲めるようにするために果汁を混ぜて飲みやすくしようというのが、本来の形らしい。

 なので、ほぼ果汁のジュースは、この世界の一般的な飲み方からすると、贅沢極まりない邪道だったりする。


「確かに贅沢ね」


 イリスは、口元を綻ばせた。


「王城にいた頃でも、こんなにリンガの味を濃縮したジュースは飲んだことがないわ」

「そうなのか。ここではこれが普通なんだ」


 フルーツをはじめ食べ物は、変換術でいくらでも作れるからね。節約とか無縁なんだ。


「最初に話を聞いた時、にわかには信じられなかった」


 イリスは座ったまま窓から見える森のパノラマを眺める。


「モンスターがうようよいるという魔境に家が建っているなんて――」

「人が家を建てるような場所ではないのは認めるよ」


 だからこそ、ここにしたんだけどね。


「ジョン・ゴッド、貴方は何者なの?」

「神だ」


 また『元』をつけるのを忘れた。まだ慣れないな。つい反射で神を名乗ってしまう。

 ふう、とイリスがため息をついた。


「そういうのを聞きたいんじゃないのよ。ウイエは、貴方がどこぞの大魔術師ではないかと疑っている」

「そうなのか?」

「ええ。ここに来て、私もそう思う。この家もそうだし、外の喋るゴーレム。ここの家具も、王族顔負け、いえそれ以上かもしれない。魔境であることを忘れるくらい、快適な空間――」


 初対面の印象は、もっと落ち着いた女性かと思ったが、意外と喋るんだな。


「貴方は只者ではない。ドラゴンもどきを単独で倒す強者とも聞いた。それが魔境に住んでいるというのは、王国を守る立場として無視はできない」

「私は、誰の敵でもないつもりなんだがね」


 元神は、悪魔と違って、人に悪さをするつもりはない。というか、人間どうこうも関係ない。


「私はただ、静かに、気ままに生きたいのだよ」

「外と関わりを持たない、と……?」

「そうだ。特にこちらから交流するつもりはない。来る者は拒まないがね」


 外と何かをやりとりしないと生きていけないこともない。自給自足が可能だから。


「気掛かりかね?」

「それは、ある」


 イリスは目を鋭くさせた。


「どこからか流れてきた大罪人で、ここで何かしらの秘密実験をしている、とか。実は王国に害をなすスパイだったりとか」

「なるほど」


 私は他と接触はないが、周りがそういう見方をするかは別問題なのだ。王国のことなどどうでもいいが、私が悪党でないと証明しないと面倒になるわけだ。


「なら、私を誰かが監視するしかないね。それで白か黒か判断してもらうしかない」


 疑っているなら、口で言っても信じられないだろう。であるなら、自分らが納得できるまでここにいて、私と監視すればいい。


「いいの?」


 怪訝な様子のイリス。私は首を縦に振った。


「私はこの魔境から出るつもりはないからね。外の人間と特に接触もしないのを見てもらえば、疑いも張れるだろう?」

「でも、来る者は拒まないのよね?」

「ここに来ることができる実力者は限られると思うがね。まあ、それも含めて監視すればいいんじゃないか?」

「……」


 イリスは値踏みするような目になる。頭の中で私の提案について、吟味し、慎重に答えを導き出そうとしているのだ。


 私はリンガジュースを飲み、彼女の答えを待つ。やがて、イリスは探るように辺りを見回した。


「空き部屋はある? 貴方の提案、受けさせてもらうわ。このイリス・ソルツァールが、直々に貴方を監視する」

「部屋はあるよ。いつから」

「今日から。……問題はない?」

「ない」


 フォリアに続いて、また一人増えたな。まあ、この家は広い。問題はないし、いざとなれば家を大きくすればいい。


 と、そこへウイエとフォリアがやってきた。イリスが真顔で告げた。


「ウイエ、私、この家にしばらくいることになったから」

「は……?」


 やや興奮気味だったウイエが、殴られたような顔に変わった。


「ここに住むの? 正気!?」

「正気よ。……フォリアと言ったわね。今日からよろしく」

「あ、はいっ! こちらこそ! ……お師匠様、どういうことですか?」


 フォリアも戸惑っている。二人がどういう関係性なのか私は知らないが――


「まあ、見ての通りだよ。今日からイリスも我が家の住人だ」

「あ、お師匠様。さすがにイリス様を呼び捨ては、よくないかと……」


 ちら、と彼女の顔色を窺いながらフォリアが声を落とした。


「そうなのか?」


 ああ、王族だったな。でもそれが何だというのか。私は元神だ。王国臣民になったつもりはないのだがね。本来なら、人間の方が、元神とはいえ私に頭を下げねばならない立場なのだが?


「イリス……。まあいいわ。ジョン・ゴッド、ここは貴方の家。私のことを呼び捨てにするのを許すわ」


 本人もいいと言っているので、これまで通り、名前で呼ばせてもらうよ。

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