第12話、姫騎士が来た
ゴーレムに、フォリアは『ゴー』ちゃんという名前をつけた。
無骨でゴツイ見た目だが、彼女は気にいったようで、意味があるかわからないが抱きついているのを目撃した。ゴーレムの外板は厚くて堅牢、抱き心地はあまりよくないと思うのだが。
それはさておき、何日ぶりか、再び我が家に来訪者があった。
先日、ここにきたウイエという魔術師と、その連れらしい女性の騎士が一人――なのだが。
「危ない!」
その女性の騎士は剣を抜くと、あっという間に踏み込んだ。
フォリアと戦闘訓練をしているゴーちゃんに飛びかかり、光りをまとう剣をぶつけてきたのだ。
ガキンと金属音が響き渡った。騎士の剣がゴーレムの装甲に弾かれる。
「なっ!?」
騎士は驚いている。会心の一撃だったのかもしれない。だが残念、そのゴーレムの装甲は、魔境の怪物でも傷はつけられんぞ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
フォリアが慌てて、ゴーちゃんと女騎士の間に割って入る。
「いきなり、うちのゴーちゃんに何をするんですか!?」
「え……?」
騎士は、別の意味でもショックを受けたらしく呆然とする。その後ろから、ウイエが帽子を押さえながら、やってくる。
「あれー、フォリアがゴーレムに襲われていたわけじゃないんだ?」
「違います! って、ウイエさんじゃないですか!」
「こんにちはー。どうも行き違いがあったみたいでごめんねー。イリス、どうも違うみたいだから剣を引いて」
「……」
イリスと呼ばれた騎士は、剣を引いた。やれやれ、少し面倒になったが、これ以上の騒ぎにはならなかったようで何よりだ。
……私も庭に出ようか。
「あの! もしかして、聖騎士にして姫騎士でもあるイリス様でしょうか!?」
フォリアの緊張を含んだ大声が聞こえた。何だ何だ?
「そうよ。私はイリス。イリス・ソルツァール。第七王女」
「わ、わたしは! フォリアと申しますっ! ぼ、冒険者です!」
ペコペコ頭を下げて恐縮しているフォリア。どうやら、イリスというお嬢さんは、フォリアも興奮を隠せない有名人のようだ。……姫とか言っていたな。
「ねえねえ、フォリア。それより聞いていい?」
ウイエが話に割って入ると、ゴーレムを見上げた。
「このゴーレムは何? ゴーちゃんとか言っていなかった?」
「そうですよ。わたしのトレーニング用に、お師匠様が作ってくださったゴーレムのゴーちゃんです!」
誇らしげに胸を張るフォリア。一瞬、子供なのに発育のよいそれに、イリスの目が吸い寄せられたのを、私は見逃さなかった。
「お師匠様……?」
「私だ」
表に到着。私はそのまま歩み寄る。
「ウイエ嬢。お久しぶり」
「ジョン・ゴッド! ええ、久しぶり」
緊張を露わにするウイエ。イリスも首を傾げつつ、私を見ている。
「そ、それより、ジョン・ゴッド。このゴーレム、あなたが作ったって本当?」
「いかにも」
嘘をつく理由がないし、そもそもフォリアが言った通りなので訂正はしない。
「文献にあたり、作ってみた」
「こんなゴーレムみたことないわ。……さ、触っても大丈夫かしら?」
気になるらしい。
「いいんじゃないか。……いいな、ゴーちゃん?」
『ハイ』
「しゃ、喋った!? ウソっ!?」
ウイエが吃驚して腰を抜かした。フォリアもそうだったが、物知りなウイエがその様子では、ゴーレムはやはりこの世界では喋らないようだ。
「しゃ、喋るゴーレムなんて……!? 古代文明のアーティファクトだってこんなものは――」
「ジョン・ゴッド殿、よろしいかしら?」
イリスが、私に近づき声をかけてきた。
「貴方の作ったゴーレムを攻撃してしまったことを、まずは謝罪するわ」
「謝罪を受け入れよう」
ゴーちゃんがどう判断するか知らないがね。もし彼女に反撃しようとしたら、謝罪に免じて即停めてあげよう。
「挨拶が遅れた。私は、イリス・ソルツァール。ソルツァール王国第七王女にして、聖騎士」
「ジョン・ゴッドだ。よろしく」
私が頷くと、イリスは真面目な顔のまま言う。
「それで、不躾な質問だけれど、あのゴーレム――」
「ゴーちゃん?」
「ゴー……ちゃんは、私の聖剣を受けても傷一つつかなかった。いったい何でできているの?」
「アダマンタイトだよ」
訓練で激しい衝撃を受けるだろうし、魔境のモンスターと戦うことになっても壊れないように、とりわけ頑丈な素材で作ったからね。
「ア、アダマンタイトぉーっ!?」
ウイエが素っ頓狂な声を上げた。どうした? 前回来た時はもっと落ち着いた大人な印象だったのに、今日は、フォリアより酷いじゃないか。
「こ、このゴーレム、アダマンタイトなの!? うそ、そんなぁ……」
「凄いんですか?」
フォリアが素朴な質問を発すれば、ウイエは目を剥いた。
「凄いなんてものじゃないわよ! ……アダマンタイト・ゴーレムなんて、この世界のどこにも存在していない代物よ? しかも、喋るゴーレムだなんて……もし売ったら、その額で大国が買えるってレベルなのよ!」
わかる?――とウイエはフォリアに掴みかかる勢いで近づく。
「あなたの人生を何十回繰り返しても、一生遊んで暮らせるってことなのよ!」
「……お師匠様、ウイエさんがこんなことを言ってますけど」
事実ならとんでもないモノを、練習相手にしていたものだ、と言わんばかりに顔を強ばらせるフォリアである。
「フーン……」
「ふーん、って……淡白ですねぇ」
「別にゴーちゃんは売らないからな」
販売目的で作ったものではないから、大金になると言われてもね。
「そもそも、そんなお金があっても、ここでは価値がない」
「そういえば……そうですね」
フォリアが苦笑した。
「ここはお金使わないですし」
「いや、そういう問題じゃなくてねぇ……はあ」
ウイエが頭を抱えた。私は視線を、イリスに向けた。
「とりあえず、休んでいくかね?」
魔境を進んでしてここまでくるのは、人の身では大変だっただろう。
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