第10話、ウイエ、姫騎士に話す


 魔境から比較的近くにあるポルド城塞都市は、見張りを兼ねた拠点だった。


 聖騎士イリス・ソルツァールは、冒険者ギルドに併設されている酒場にいた。

 長い金髪の美貌の持ち主だ。すらりと背が高く、物憂いな表情の妙齢の美女であるが、装備は銀のように輝く騎士甲冑をまとい、周囲を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。

 事実、彼女を知っている者は気軽に声をかけない。例外があるとすれば――


「イリス姫ぇ」

「ウイエ」


 イリスは、酒場に現れた女魔術師に、表情一つ変えず頷いた。


「魔境探索の報告はどうだった?」

「うーん、まあ、ね……」


 曖昧な返事のウイエは、カウンター席のイリスの隣に座ると、エールを注文した。イリスは淡々とした表情を崩さず、しかし躊躇いがちに聞いた。


「魔境の調査、しくじったと聞いた」

「ええ、散々よ。ある程度進めたと思ったんだけれど、やっぱ出てくる魔物が尋常ではなかったわ」

「私を待つべきだった?」


 イリスが問うと、ウイエはわずかに苦い顔をした。


「かもね」


 魔境探索に犠牲者が出ている。幻の薬草探しのため、危険な場所と承知で向かった。


「ドラゴンもどき一体で、もうこっちは崩壊。護衛は逃げ帰ってしまうし。……ちょっと冒険者たちを雇うのは難しくなりそう」

「魔境のモンスターはそこまで強いのね」


 イリスは呟いた。心ここにあらず、といったふうだが、魔境の魔獣について思いを馳せているのだろうと、ウイエは見当をつけた。


「それで、あなたは同行できるの? 魔境探索」

「ようやく、別件の魔物退治が終わったから。――それでこちらにきた」


 聖騎士イリスは、ソルツァール王国でもトップレベルの実力者である。王国に出没する上級の魔獣や魔物退治によく駆り出される。


「来てくれて嬉しいわ、イリス姫。でも、こんなことを言うのはあれだけれど、あなたも大変ね」


 ウイエは同情する。イリスは、ソルツァール王国第七王女である。もっとも病死した第三妃の子であり、戦う以外に後ろ盾になってくれるものがいないため、本流を外れて、いいように魔物退治に使われている。


 だから、聖騎士などを姫の身分でも許されているのだけれど――ウイエは心の中で呟く。


 彼女には才能がある。第三妃自体、美貌の元騎士だったこともあり、娘であるイリスが、母の過去に憧れ、騎士を志したのも許された。


 正直、才能があり過ぎて、騎士の最高峰とされる聖騎士を実力で勝ち取ってしまったが、それが本人とってよかったのかどうかは、ウイエも気になっているところである。


 見た目は美しいのだが、戦場に長くいる者特有の、周囲を寄せ付けない冷たさがあった。笑えば可愛いのに、ほとんど笑わない。素顔なのに仮面をつけているようだ、と思うのだ。


「それで――」


 イリスは、その綺麗なエメラルド色の瞳を向けてきた。


「私は、そのドラゴンもどきを片付ければいい?」

「あー、そう。いや、それなんだけどね……」


 ウイエは歯切れが悪くなる。この友人にして、一応遠い親戚になるイリス姫に対して、どこまで明かすべきか考えてしまったのだ。


 だが、これから共に魔境探索をするのなら、どのみち知ることになる。覚悟を決めて、ウイエはイリスに、肩からもたれかかるように身を寄せて、声を落とした。


「あなた、魔境に人が住んでいると言ったら……信じる?」

「住んでいるの?」

「……ええ、住んでいた」

「いた……?」

「今も住んでいるはずよ。家を見た」


 渋い表情を浮かべるウイエ。


「で、さっきのドラゴンもどきなんだけど、探索隊を散らしたヤツは、その魔境の住人に倒された」

「強い?」

「どっち? 住人? それともドラゴンもどきが?」


 ウイエはため息をついた。


「探索隊に雇った冒険者たちは、ほぼ逃げ出してしまった。それだけ怖い化け物だったんだけど、それをあっという間に蹴散らしてしまった。……あなたともタメを張れるくらい強いんじゃない、その住人」

「そんなに強いなら、探索隊にスカウトしたら? あ、魔境の住人なら、薬草のことも聞いてみたら?」

「もう聞いたわ。見ていないって答えだったけど……どうにも信用できなくて」

「と言うと? 悪党?」


 イリスが表情そのままに問うた。ウイエは少し間を取った。


「あなた、ジョン・ゴッドって名前、聞いたことある?」

「……。……ジョンという名前はありきたりだけれど、ゴッドという名前の者は知らない。何者?」

「……ここからは不確定情報なんだけど、魔境の住人は、ジョン・ゴッドを名乗った。おそらく偽名」

「偽名?」

「おそらくだけれど、その住人、著名な大魔術師なんじゃないかって思うのよ」


 ウイエは、自分が見てきたもの、ジョン・ゴッドと彼の家について語った。いまいちピンときているのかわからないが、イリスは黙って話を聞いた。


「……で、どう思う?」

「宮廷魔術師が逃げ出して、行方をくらませたという話も聞かないから、他国の魔術師かもしれない」


 大魔術師かも知れないという話から、姿を隠している著名魔術師を想像するものの、王国には心当たりがなかった。


「でも他国の魔術師が、あんな不便で危険な魔境に住むのかと言われると疑問ね」

「魔術師であるなら、そうでもないんだけどね」


 ウイエは自嘲する。


「研究のためとあれば、魔術師はどこにだって行くものだし、魔境は色々な素材の宝庫でもあるわ。だから、こちら界隈から言わせてもらうと、魔境でもやっていける実力があるなら、住んでいてもおかしくないわけ」


 その実力があって住む、となると、それはそれで大変ではあるが。


「で、話を戻すけれど、魔境探索と共にジョン・ゴッドとも接触するつもり。あなたには、私の護衛をお願い。もし彼が敵であったなら、だけれど、今のところわからないから」

「わかった」


 ドラゴンもどきという、冒険者さえ逃げ出すような魔獣を倒してしまうジョン・ゴッドなる人物。もし刃を向けてくるなら、確かにイリスほどの実力者でなければ対抗できないだろう。


「ジョン・ゴッドに関しては、その正体が謎だから、あまり大勢の人間を関わらせると、どこに火種が飛ぶかわからないわ。だから当面、探索隊は私とあなただけでやるつもり。問題はない、姫様?」

「周りは、仕事さえしていれば私の行動に口出ししないから。大丈夫」


 イリスは、特に気負う様子もなく頷いた。そんな友人を、ウイエはとても頼もしく思う。歴戦の聖騎士。魔物退治の専門家。その力は、女子でなくとも憧れる。


「それで、移動方法なんだけど――」


 コトリ、とカウンターにウイエは、石を置いた。


「ジョン・ゴッドにもらった魔道具なんだけれど……。これ、凄いのよ」

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