第9話、二人いるという新生活


「おいしぃーっ! お師匠様、このドラゴンロースト、柔らかくて、とっても美味しいです」


 フォリアはご機嫌だった。昼間のドラゴン崩れの肉を素材にしたものだが、喜ばれて何よりだ。大人に見えて中身が子供の彼女は、本当にいい顔をして食事をする。


「サラダもあるぞ」

「別世界の素材を使った料理ですよね。まよねーず、でしたっけ? 黄色味がかった白いの。そのままでも美味しかったですけど!」

「異世界料理様々だね」


 作るのは割と手間ではあるけど、フォリアと一緒に作ってたら、普段とは違う気分で取り組めた。話し相手がいるというのか、張り合いがあるというのか、まあ、新鮮ではあった。


「凄いですね、知識の泉は。別の世界の知識も得られるなんて」

「神の能力だね」


 天界といえど、その範囲は世界を跨ぐ。よその世界を見学したり、特にちょっかいを出す神や女神もいる。


 その中で不用意に干渉し影響を与えた者を裁き、追放する業務についていたのが私だったりする。まあ、私一人でやっていたわけではないから、こうして私が追放される側になったとて、天界に影響は出ていないが。


「神様は偉大です。そしてその力を授けられたお師匠様も」

「……」


 フォリアの中で、私は主神と交信し、その力を借りられる神官とか預言者という扱いのようだった。神だと初対面で自己紹介したつもりだったのだが、そちらはスルーされている。


「それにしても」


 フォリアは周りを見回した。


「夜なのに、ここは昼みたいに明るいですよね」


 うちの照明は明るいからね。2階からは窓も大きく、外は真っ暗であるが、中は煌々としていて、フォリアの言うように明るい。


「何から何まで、わたしの知る場所と違う。……ここもまた別の世界なんじゃないかって思うくらいです」

「私が世間知らずなのでね」


 好き勝手やった結果なのだから、この世界の人間のそれと大きく違うのは当然だ。この窓が多くて、日中は森にあってもそれなりに日が取り込めるように作ったのがポイントだったりする。


「お師匠様は、いつからこの森に住んでいるんですか?」

「さて、どれくらいだろうか」


 はぐらかすわけでもなく、私は考えてみた。


「何日経ったのか、そういうのをまるで意識していない生活をしているからね。この辺りにきたのは、最近ではあると思う。この魔境にも季節はあるんだろうが」

「どうですかね……。冬は雪が積もるらしいですけど、それ以外の季節は……。わたしも、魔境に来たのは初めてだったので」

「そうなのか。まあ、冬はまだ経験していないな」


 雪が降るということは、それなりに寒くなるのだろう。私は、コンソメスープを一口。染みるねぇ。


「ん、どうした?」

「あー、いえ……。ここに住んでいるお師匠様に聞くのは野暮だとは思うのですが……」


 言いにくいことなのか。少し躊躇いがあった。


「この家、窓が大きいですし、こう明るくては、モンスターとか寄ってこないですか?」


 そんなことか。


「周りの聖域化をかけている。害意のある者、一定以上の大きさのものは通れないようにしてある」

「なるほど、さすがですね」


 やはり杞憂だった、という顔をするフォリアである。まあ、安全対策はしているさ。私も、いちいち家を壊されるのは修理が面倒だからね。


「害意のあるのはわかるんですけど、一定以上の大きさというのは?」

「体が大きいとな、近くをかすめただけでも周りのものを壊してしまうものだ。そこの窓も強化はしているが、とてつもない重量物がぶつかったとしたらどうなると思う?」

「……たぶん、粉々ですね、はい」


 フォリアは苦笑する。


「じゃあ、一応安全なわけですね」

「そう、安全だ。……安心したか?」

「ええ、おそらく、大丈夫かと」


 ここにいるとは言えど、魔境の中。不安はあったのだろう。何だかんだ、子供だからね、フォリアは。慣れない環境ではあるだろうから、慣れるまで多少の時間は必要だろう。


「部屋の用意はないが、今日はここでいいか?」

「はい、大丈夫です」


 フォリアは振り返り、ソファーを見た。


「あそこなら毛布かければベッド代わりに横になれそうですし」

「あれ、一応背もたれを倒してベッド代わりに使えるから」

「そうなんですか!? 工夫が凄いですね……」


 この娘、凄いという言葉をよく使うと思う。知識が少ないから、語彙力というか、表現が少ないのかもしれない。……彼女が『凄い』と驚く様を見るのは嫌いではないが。



  ・  ・  ・



 その日は、私も2階のリビングで寝ることにした。

 テーブルを挟んで、別々のソファーをベッド代わりにした。明かりを消すと、まるで野外にいるように、星の瞬きが見える。


「野宿ではないですけど、外で寝ているみたいですね」


 フォリアはそう言ったが、モンスターが来ないか、内心ヒヤヒヤしているんじゃないかと私は思った。だから、少なくとも同じ部屋にいて、彼女の不安を取り除いてあげようと考えたわけだ。


 しばらく起きていたが、特になにもなく寝た。聖域が守っているから、心配するだけ無駄なのだ。


 かくて翌朝。いつもより早く目が覚めてしまった。外は薄ぼんやりした灰色空。曇っているということもなく、日の出前というところだろう。


 フォリアを見れば、すやすや眠っていた。さてと、私は起き出すと1階へと降りた。

 斜面側のテラス室へ移動。取りあえず作ったが、今はさほど物が置かれていない部屋。ここを何にしようか考えて、結局放置されていたのだが、ようやく結論が出た。


 ここを図書室としよう。

 昨日は、本が読めるようになったフォリアが、知識の泉にも興味を持っていたから、彼女の好奇心を満たせるよう、適当に本を選んで並べておくことにする。日中、することがない時などの暇つぶしになるだろう。


 本の種類は……そうだなぁ。特に思いつかないから、目についたものを適当に並べておくか。知識の泉で、本置き場――図書室の資料を漁り、それを参考に書棚を変換生成して並べる。机、ソファーや椅子など、読書スペースを充実させて……。


 肝心の本を並べてよう。フォリアは冒険者というから、まずはそれに関係しそうなものを……武器辞典、武術百科、魔法大全、植物図鑑、モンスター図鑑。


「うーん、ちょっと偏っているかな?」


 料理の本とかも割と食いつきがよかったから、家事全般、商売のやり方とか……あ、商売については、私も気になるな。それはそれとして、世間一般の常識とか、会話術の本、菜園の作り方とか、目に止まったものを手当たり次第に具現化して、書棚に収める。


 これはフォリアだけでなく、私も読みたいな、うん。



 ……この図書室が、のちにとある騒動を引き起こすことになるが、それはまた別の話である。

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