第8話、神様、読む力を与える


 ウイエを送り、家に戻ると、フォリアがビックリしていた。


「あ、お師匠様! よかったぁ……」


 物凄く安堵の声を出すフォリア。いきなり消えたから、面食らってしまったのだろう。


「ところで、お師匠とは?」

「はい、ゴッドさんのことです!」


 フォリアが、その豊かな胸もとを叩いた。


「これからお世話になるのですから、立場ははっきりさせないといけません」

「お師匠と言ってもな……」


 私は別に、君に何かを教えようとかそういうつもりはないのだが? 君がここにいたいというから、いいよ、と言っただけだからね。


「特に私は教えないよ」

「わかりました。見て学びます!」


 前向きな子だ。これは愛されるタイプだ。


「それで、お師匠様。わたしは何をすればいいのでしょうか?」

「何を、とは?」

「家事ですか? 掃除ですか? 薪をとってこいというなら、とってきますよ!」


 ああ、ここで過ごすからには、何かしらのお返しをしようということなのだろう。

 タダ飯は食うな、だったか、住み込むところには奉公せよ、だったか? 人間に関しては、まだまだ私も知らないことが多い。


「料理を作ってくれと頼んだら、やってくれるのか?」

「料理ですね! はい、材料があるなら、それを使ってある程度は。子供の頃から仕込まれしたから!」


 ……今も子供ではなかったか? 鑑定眼で、フォリアを見る。うん、年齢14歳。人の寿命は短いが、まだこの国で成人年齢とされている歳ではないな。体だけは、すっかり大人みたいだが。


 さて、料理などと言ってはみたものの、私は見よう見真似だし、そもそも変換術を使えば、調理せずともほぼ完成品が作れてしまう。だから料理を作ってもらうより早く済んでしまうのだが。

 まあ、任せてしまうのもいいかもしれない。


「知識の泉」


 私が呼び出すと、青い光と共に書物が形成される。


「わあ!?」


 フォリアが目をパチパチしている。


「お師匠様、こ、これは!?」

「神の世界や異世界の知識だ。……まあ待て」


 料理、料理――おっとこれがよかろう。知識の泉の中の資料。料理の本を具現化。光の本は、古ぼけた本となって落ちる。それを掴んで、私はフォリアに手渡した。


「中に料理のレシピがある。作れるものを選んでくれ」

「あー、本ですか……」


 フォリアが首をすくめた。開いてみて、ペラペラとページをめくるが、さらに申し訳なさそうな顔になる。


「? どうした?」

「すみません、お師匠様。わたし、字がほとんど読めなくて……」

「そうなのか」

「はい。冒険者ギルドで、依頼書とか数字は少しわかるのですが……、学校も行っていませんし」


 ……うむ。そういえば、識字率はあまり高くないと、知識の泉での学習で見た気がする。返してもらった本を、近くに置いて――


「フォリア、そこに膝をつきなさい」

「はい?」


 いきなりでキョトンとしているフォリア。


「お祈りをするように」

「あ、はい」


 フォリアは、私の前で両膝をついた。天界からたまに地上を覗いた時、神への祈りを捧げている人々を見たが、まさにそれ。頭を少し下げ、両手を組んでいるさまは、まさにお祈りのポーズ。

 目を閉じろとは言っていないが……まあいい。


「ジョン・ゴッドの名のもとに、汝に、あらゆる言語を読み解く力を授ける」


 もう天界から追放されて、神様をやらなくてもいいのだが、どうにも儀式然としたやり方をやってしまう。追放され、悪魔となった元神や天使なら、たとえば指を鳴らすだけで力や呪いを付与できるのだが。まあ、これも惰性だ。


「フォリア、もういいよ」


 私は近くに置いた本を再度手に取り、彼女に渡した。


「これで読めるはずだ」

「はい。……あぁっ、本当! えっと、どうして!? 読める。頭の中でわかる! いきなりどうして?」


 興奮も露わにペラペラとめくり、そしてフォリアは私を見た。


「祈ったからだろう?」

「祈った、から……!?」


 フォリアは目を輝かせた。


「お師匠様は、もしや大司教様とか、神官なのですか!?」


 いや、違うが? 待て、神官――主神の下で働いていたという意味では、間違っていないのか? この言語理解で、いいのだろうか……?


「元ではあるが、主神様にお仕えはしていた」

「あぁ、つまりお師匠様は、偉大なる主神様に祈り、それを聞き届けてくださった主神様が、お力をわたしに授けてくださったのですね……! 感謝いたします、大いなる神よ」


 フォリアが再び祈りのポーズで、主神への祈りを捧げた。うん、主神が人間に信奉されるのは、悪い気分ではないな。

 本が読めるようになったフォリアは、早速料理の本に目を通すと、こう言った。


「作ったことはないですが、本の通りならば、材料があれば作れそうです」

「ふむふむ、そうか」


 読解力が身についたのだろう。ただ字がわかるというのではなく、その意味合い、文章に秘められた部分も理解できるようになったのだ。


「では、早速作ってみようか。どれ材料は――」


 うむ、字だけではわからないものがあるな。知識の泉を展開して、その素材がどんなものか、調べてみよう。……フォリアが私の後ろから泉の本を読もうとしている。


 字が読めないからと本を出しただけで、根を上げたような顔をしていたのが嘘のようだ。見かけて、調べ終わった本を具現化し、適当において置く。


「これ、後で見てもいいですか、お師匠様」

「いいよ」


 そのために出したのだ。君が本に興味がありそうだからね。それはさておき、材料がわかったので、私の変換の力で取り出そう。以前解体したものを、素材に再構成する。


「すごいですね。何もないところから野菜とか出しているように見えます!」

「分解したものを作り直しているだけなんだけどね。確かに、人間たちの間ではないだろうがね」


 さあ、作ろう。昼間倒したドラゴン崩れの肉もあるから、それを焼いて――


「どうした、フォリア?」

「包丁とまな板はわかります。でもかまどの形とか、水が出る魔道具とか、見たことないです!」

「これは異世界での調理様式なんだ。まあ、一緒にやっていこう」


 というわけで、私は、フォリアと晩餐の準備にかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る