第7話、ウイエの驚愕
いったいこの人は何なの? 私の本音はそれだった。
私はウイエ・ルート。自称しがない魔術師――のつもりなんだけど、さる貴族令嬢で、王族の血縁だったりする。
魔術師ランクA、冒険者ランクもAと、天才ではないけれど、若くて将来を楽しみにされている程度の実力はある。歳は二十……。
と、そんなことはいいわ。
奇跡の薬草アフスロンを探して魔境にやってきた私たち探索隊は、魔境の深部近くでドラゴンもどきと遭遇。
何で、モドキかっていうと、翼もないし、ブレスもはかず、ドラゴンっぽいけれど、さりとてドラゴンのような知性を感じられない低能さを感じたから。あれでもしドラゴンだったら、ごめんなさいだけど、そんなこともどうでもいいわね。
探索隊は、そのドラゴンもどきと交戦したけれど、まったく歯がたたず壊走。私も撤退しかけたけれど、後ろの方だったのが災いして、置いてけぼりを食らった。
しょうがないから殿に残ったフォリアのもとまで戻ったら、魔境に住んでいるというジョン・ゴッドという、変な人に会った。
彼は、私が見てきた人間と比べて、規格外だった。
ドラゴンもどきを倒すだけなら、Sランクの冒険者なり戦士でもできるだろう。でもその後、その死体を魔法で消してしまったの。何をしたのかと聞いたら変換したって……!
変換術。世界でも名の知られるレベルで高レベルの魔術師の所業。それをいとも簡単にやってみせたのよ!
このジョン・ゴッド。……明らかに偽名なんだけど、私の中で警戒心がもたげた。
偽名を名乗って、このレベルの魔法使い。きっと名前を聞けば、魔術師界隈で知らない者はいないくらいの有名人なのではないかって。
ただそれだけでも『何で?』って話だけれど、そういうマスタークラスの魔術師が、偽名を使って魔境にいる理由がわからない。というか、怪しい。
そしてジョン・ゴッドは、彼の家に私たちを案内してくれた。魔術師の秘密のアジト。もしかしたら、正体がわかる何か手がかりを期待したのだけれど、その家は、これまで見たことも聞いたこともない斬新な作りだった。
こんなおかしな高名魔術師がいれば、知らないはずがないわ!
なんで透明なガラスを多用して、中が見えるようになっているのよ!? いや逆だ。中から外が観察できるようになっているんだ。事実、1階は普通に壁だから、2階3階は外からも見えるけど、中から周りを見ることができるようになっている、が正しいと思う。
町中だと、外から見えるってプライバシーがなくなるけれど、普段人が踏み込まない場所だからこそ、自由な発想で作った秘密の工房とも言える。
おかしなのは外観だけじゃなかった。
中に入れば、照明が勝手についたんだけど、その明るさが昼間のように明るくて吃驚。魔石を加工した魔道具照明もあるけれど、こんなに明るくない。
家具や調度品は品が良く、心地よさを感じた。というか椅子とか座りごごちの良さに、家にも欲しいと思った。そのままベッドにできたら、なんて思ってしまうくらいフカフカだったわ。
そして出されたレモーニのジュースもよく冷えていて美味しかった。いや、魔法を使って冷やしたようには見えなかったら、予め魔道具か何かで冷えていたのかもしれない。その魔道具欲しいんですけど?
と、ジョン・ゴッドの家にある物は、私から見ても興味深かったし、もっと知りたいところではあった。けれど、不安もあった。こんな現代の魔術師界隈の先を行っていそうな人間が、この魔境で何をしているのか。
さっさと薬草の情報を聞き出して、ここを出たほうがいいのではないか? 快適な空間は、逗留を勧めて、泊まらせるための罠かもしれない。
少なくとも、本名を名乗れず、魔境なんかで過ごしている人間を、表面そのまま信用したらいけないと思う。
魔境の深部に入って帰ってこられた者はほとんどいない。それは凶暴なモンスターばかりではなく、この謎のジョン・ゴッドの仕業でないと、断言できるだろうか?
長逗留はしない。そのつもりだったのに……。
まさか、フォリアが、ここに住みたいなどと言い出して、私は目を剥いた。何でそうなるのよ!?
フォリアは幼い。14歳で働いている子供も少なくないとはいえ、この娘は素直過ぎる。まだ限られた世界しか知らない子供なのだ。上位冒険者であり、先輩でもある私としても、そんな純真な若い冒険者をみすみす死なせるのは、真っ平だった。
だから反対したのだけれど……。彼女は彼女なりに自分の将来を憂いていて、ジョン・ゴッドに教えを求めたのだ。
いや、やめてー。頼る相手を間違えているわよ? 彼女が孤児なのは知っている。冒険者をやっているのも両親とその仲間たちを見て育った影響というのも聞いている。
いい子なのよ。だから余計に、邪な感情を持つ大人から守ってあげないといけない。世の中、悪い大人も多いのよ?
でも、フォリアは聞く耳を持たなかった。これだから子供は……。いちいち言葉尻をとらえて反論するものだから、話が通じない。売り言葉に買い言葉。私も結局、彼女のしたいようにさせることにした。
曲がりなりにも、フォリアも冒険者。冒険者は自分で判断し、それで問題が生じても自己責任。それがわかっているのなら、強制はできない。私は警告した。それでも曲げなかったのだから、好きにすればいい。
で、それはそれとして、私には懸念すべき問題があった。魔境から無事、『一人で』脱出できるか、ということ。
深部に入り込んでいる。タイミング悪く、おそらく森で一晩明かすことになりそうな気配が濃厚だった。しかし、探索隊の他の面々は逃げてしまったから、一人森にいるのは危険だった。
かといって、ジョン・ゴッドという偽名を名乗る魔術師の家で一泊も冗談ではなかった。気づいたら拘束されていた、なんてこともないとは言えない。
古今、昔話があるではないか。森に潜む魔女や魔術師が、迷い込んだ子供を捕まえて、人体実験したり食べてしまうという話が。
「用事があるなら、魔境の外まででよければ、送ろうか? 近道がある。暗くなる前に大森林の外へ出られる」
私の逡巡を見て取ったか、ジョン・ゴッドはそう申し出た。案内に見せかけてバッサリやるつもりか? しかし泊まってやられるほうがもっと面倒だ。外ならば、まだ何かあっても逃げられる可能性が高い。
ということで、彼の誘いに乗ることにした。変な行動をとったら、即魔法で攻撃してやる――!
などと思っていた『転移できる石』を渡された。……はい? 初めは彼が何を言ってるのかわからなかった。
そしてあっという間に、魔境の外に移動していてさらに驚いた。え、もうついちゃったの? 本気の本当に、転移魔法? うそぉ……!
「これからも君は薬草を探しにこの魔境に来るだろう」
ジョン・ゴッドは、何でもないように言った。
「危なくなったらその転移石を使いなさい。この場所を覚えさせたから、探索中でも、魔境の外に転移できる……」
え、転移できる石のこと、詳しく聞きたい――と思った時には、ジョン・ゴッドは消えていた。
まるで夢を見ていたように。何もかも、綺麗さっぱり。私の手にある転移石があったから、現実だってわかるんだけれど。
とにかく、日が暮れる前に、魔境から離れないと……。今から彼の家に行くのは無理。一人になって、やっぱりフォリアの身が心配になったけれど、しょうがない。
とりあえず、町に戻り、より強い助っ人を連れて戻ってくるわ。そう誓い、ひとまず町を目指した。
なお、この転移石。本当に魔境の入り口付近の決まった場所に転移できる代物だった。どういう仕組みなのか調べたいけれど、現状は表面をなぞるくらいしかできない。
ただこれは便利だった。ジョン・ゴッドは危なくなったら、――などと言っていたが、後日の検証で、街から魔境の外まで、一瞬で移動に使えることが発覚した。
なにこれ、凄い。町の宿からでも、何なら王都の実家からでもすぐ魔境へ行けるじゃない……。
ジョン・ゴッド。あなたはどこの高名魔術師なの? それとも伝説級の賢者だったりするのかしら?
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