第6話、住むとか、帰るとか


 魔術師のウイエと、冒険者のフォリア。


 魔境のことを調べにきたという彼女たちに、魔境の住人である私は、知りたい情報を提供したのだが、それがひと段落ついた時、思いがけない言葉をフォリアから受けた。


「ゴッドさん、わたしをここに住まわせてくれませんか?」


 ここに住みたいと。これは予想していなかった。


「家事とか、お手伝いとか、何でもしますから! どうか!」


 真剣なようだった。神にお願いをする人間の、その必死さというものを、何となく感じた。


 見たところ、フォリアという少女は、いい加減な人間ではないようだから、本気の発言と受け取ってよいだろう。

 私の家に、人が住むというのはどうなるだろうか。……パッと考えたが、特に否定的なものは浮かばなかった。


 フォリアに私を害する力はないし、仮に仕掛けてきてもその時は私が制裁すればいいだけのこと。特に盗まれても、困ることもない。


 私としては、人間に対する解析度が高いわけでもなく、知識の泉で情報は得られても表面をなぞっているだけのような気もしている。

 間近に、害のない観察対象がいるのは悪くないのではないか? そう考えると、彼女の方から申し出てくれるのは、むしろありがたい。


 私は基本、町など人が多い場所に行こうとは思っていないから、人間を知るという機会を得られたと言っていい。

 そうであるならば、私に断る理由はなかった。


「いいだろう」


 家も広いし、一人や二人、何なら五、六人増えても問題ない。その気になれば家を大きくすればいいだけだしな。


「いやいやいや、駄目でしょう!」


 ウイエが、そう言った。私に、ではなく、フォリアに言っていた。

 何やら彼女は、フォリアがここに住むことに反対のようだった。耳を傾ければ、信用度の問題らしい。


 会って間もない、よく知らない人のもとに、年端のいかない少女が住み込むのは危険だというのだ。

 ふむ、人間の社会では、そういう見方があるのか。学びになるなぁ。


「あなた一人になったら、誰も助けてくれる人はいなくなるのよ? このゴッドという……本人を前にして言うのは失礼だけれども――」


 お構いなく。どうぞ、と私が態度で示したからか、ウイエは続けた。


「――こういう無害そうに振る舞って、本心を隠している大人もいるということを知るべきだわ」


 無害そうに、見えるのか私は。


「それは失礼じゃありませんか、ウイエさん!」


 フォリアが言い返した。失礼らしい。


「ゴッドさんは、歴戦の強者の風格が滲み出ている方です! 無害そうとか、それは違うと思います!」


 ……何を言ってるんだ、この娘は?


「そういうことじゃないのよ」


 ウイエがため息をついた。そういうことではないらしい。


「とにかく、私が言いたいのは、そんな性急に行動してはいけないってことなのよ」

「冒険者は、何事も判断を早めにするよう教わりました!」


 ピシャリ、とフォリアは言った。


「迷うなら、進め、と」

「いや、迷ったら考えようね、フォリア。……だから、そうじゃなくてね」


 頭を抱え出すウイエ。これはあれだな。フォリアが相手の言葉の表面を反射的になぞるだけだから、ウイエが言いたいことに中々辿り着かないというやつ。

 これが人間の子供の思考か。深く考えろ、という大人と、言葉にいちいち反論してしまう子供という図式。


「そもそも、わたしが決めたことです。ウイエさんには関係ないと思います!」


 フォリアの言葉は、ウイエの体温を上げ、そして周囲の空気を下げた気がした。私はよくわかっていないのだが、今のフォリアの発言、よくなかったのでは、と感じた。


 彼女は正論のつもりだろうが、幼いフォリアを庇う、もしくは守ろうとしているウイエにとっては、刃物のように突き刺さる言葉だったのではないか。


「……ええ、そう。わかったわ。私はあなたの母親じゃないものね。余計な言葉だったわ。好きにしなさい」

「……」


 ウイエが引いた。どこか突き放すような言葉に私は感じた。フォリアも、一瞬何かいけないことを言ったのでは、という後悔がよぎったようだった。だが刹那だったあたり、何が悪かったのか、自分でもわからないようだった。

 ……うん、まあ、私も実はよくわかっていない。


「何か問題があっても、自分で解決しなさい。後で泣きかれても困るんだから」

「そんなことにはなりません」


 たぶん、と小さく呟くフォリア。少々二人の間に気まずい空気がある。しかしウイエは、もうフォリアを見なかった。


「横で色々言ってしまったこと、悪かったわね、ジョン・ゴッド。間違いだけは犯さないと願っておくわ」


 何事にも間違いはあるものだよ――と言ったら、まずいんだろうなこの場合。つい言ってしまいそうになるのを、何とか抑えた。


「それで、そろそろ夕方になるが、どうするね?」

「そう、ね……」


 広々と大きく取られた窓で、空模様と森の様子がよく見える。日が傾きつつあり、青々とした森の木々も、もう少しすればオレンジがかってくるだろう。


「ウイエさんも、今日は泊めさせてもらったらどうですか?」


 フォリアが提案した。


「さすがに夜の森は、危ないですよ」


 彼女の言う通り、魔境の夜は、夜行性のモンスターが活発化する。人間には少々厳しいだろう。


「それはそうなんだけれど……」


 ウイエは言いにくそうにしている。何かしらの遠慮、躊躇いがあるようだった。彼女の論理からすれば、得体の知れない人間――私は神だが、ともあれ理解できないものと同じ家にいたくないのだろう 


「用事があるなら、魔境の外まででよければ、送ろうか? 近道がある。暗くなる前に大森林の外へ出られる」

「そうなの? じゃあ……お願いしてもいいかしら?」


 ウイエが手を合わせて、どこか申し訳なさげに言った。やはり、早々にここから離れたかったようだな。まあ、私は気にしないけど。


 私は一度、戸棚まで行くと、とある石を取り出し、それをウイエに手渡した。


「これは?」

「転移できる石だ」

「え?」

「それでは、お手を拝借」


 もう片方の手で、ウイエの手を握ると、私は『転移』を使った。

 景色はあっという間に外になり、そこには緑色の大草原が広がっていた。転移成功。後ろを振り返れば、魔境、大森林がある。


「ちょ、えっ!? はっ!?」


 ウイエが大変戸惑っていた。ふむ、転移は初めてだったかもしれない。


「日が沈む前に移動できた。ここからは方向さえ間違わなければ、近くの町へ辿り着けるだろう」


 私は、彼女から手を放すと、二歩下がった。


「これからも君は薬草を探しにこの魔境に来るだろう。危なくなったらその転移石を使いなさい。この場所を覚えさせたから、探索中でも、魔境の外に転移できる……」

「え、ちょっと――」

「それじゃあ」


 私は、転移で家に帰った。きっとウイエは無事に帰ることができるだろう。何となく、いいことをした気分だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る