第5話、フォリアの気持ち


 わからない人だ、と思った。ジョン・ゴッドと名乗った男の人が。


 わたしはフォリア。Dランクの冒険者。十代後半、18歳くらいに見られるけれど、まだ14歳。発育がよくて、よく大人と勘違いされる。


 でも、それは構わない。生きていくためには、働かないといけないから。そしてこの大人顔負けの体は、肉体労働――冒険者業に向いていたから。


 わたしは孤児だ。両親は冒険者で、クエストの最中に命を落とした。……わたしが冒険者になったのも、家族やその関係者たちの影響だ。

 子供ながら恵まれた体。……最近ではちょっと胸が大きくなって困っている。以前のように機敏に動きにくくなったからだ。


 ただ力に関しては、成人男性に引けをとらず、大剣や戦斧といった重量武器もなんなく使えた。戦うことに関しては、幼い時から見ていたこともあって、ちょっとしたものだった。


 ひょっとしたら、少しは才能のようなものがあったかもしれない。だから先輩冒険者のツテで、ウイエさんという王都でも有名な魔術師と知り合い、Dランクながら魔境探索に加わることができた。


 はっきり言えば、まだまだ世間を知らない子どもである自覚はある。冒険者関係や生きていく上で必要なことはわかるけれど、それ以外のことはほとんどわからない。

 ただ、私が周りの冒険者たちから、娘であり、弟子のように可愛がられたのは、両親の生前の行いのよさだったと思う。


 でも、それに甘えることはできなかった。冒険者は、自己責任が付きまとう。わたしは一人前になって、一人で稼いでいかないといけない。だから強くなりたい!


 それで今日までやってきたけれど、魔境探索で、わたしは死にかけた。大人たちが逃げる中、ウイエさんの護衛をこなさなくてはいけないという役目を果たそうとして……ドラゴンもどきの前に立った。


 死ぬな、と思った。だけど、わたしは死ななかった。

 ジョン・ゴッドさんが駆けつけ、ドラゴンもどきを蹴飛ばすと、一撃で倒してしまったからだ。


 格好いいな、と思った。常人には倒せないだろう化け物にひるまず、しかも軽々と倒してしまったから。


 一瞬、死んだお父さんが助けにきてくれた、なんて思ったけど、それはわたしの願望が見せた勘違い。でも、わたしのお父さんも強い冒険者だったらしいから、きっと、生きていたら、わたしを助けに颯爽と現れたと思う。


 その代わり、戻ってきてくれたウイエさんと、助けてくれたジョン・ゴッドさんと話したのだけど……。


 自分のことを神と言ってしまう、ちょっと……かなり不思議な人だった! ただそれ以外では、何というか、そっけない人という印象。熟練の冒険者というか、生と死の挾間で生き続けてきた男! って感じもした。


 ただ、彼には驚かされてばかりだった。

 聞けば、ジョン・ゴッドさんは、大型魔獣が少なくない魔境に住んでいるという。……もう一度言う。この大森林に住んでいる!


 そんな馬鹿な! 人間が住める環境じゃないって言われているのに! 事実、苦労して深部まで辿り着いたけれど、それまでに出た魔獣は、そこらの森や平原に出るようなのより、体が一回りも大きく、凶暴だった。


 ただまあ、ドラゴンもどきを一撃で倒せてしまったのを見ているから、ジョン・ゴッドさんなら、住めるのかもしれないとは思った。

 深部の情報が欲しいウイエさんは、ジョン・ゴッドさんと交渉を始めたけど、彼は家が近くだからと、わたしたちを招待した。


 家!? 魔境に住んでるってだけで驚きなのに家まであるって……。いや、確かに住んでいるんだから寝るところはあるかもしれない。

 でもせいぜい洞窟とか、よくて小屋みたいなものを想像するわけじゃない? 行ってみたらビックリ。


 家が、お屋敷が立っているじゃありませんか! ここ大型魔獣が生息している魔境なんですけど!?


 普通に家なんて建てても破壊されるのがオチって環境に、凄い豪邸が建っていた。見たこともない建物だった。二階より上が透明で中が見える! わけがわからない! わたしの知る一般的な建築物とまるで違うそれに驚かされた。


 もうそこからは驚きの連続。家に入れば、勝手に明るくなるし、開放的で明るい2階の応接室には、すっごいフカフカの椅子があったり……あと、とっても美味しいレモーニとかいうジュースをご馳走になった。


 何だか夢を見ているようだった。わたしは自分が魔境という人を寄せ付けない場所にいることを忘れた。


 居心地がよくて、安心しきっている。本当なら、魔獣はもちろん、この会ったばかりで信用もなにもないジョン・ゴッドさんを、冒険者としては警戒しなければいけない。……助けてくれたし、悪い人ではないって思ってはいるけれど。


 でも、何故か、とても安心しちゃった。そう、ここは安全な場所だって、わかっちゃったんだよね。

 一体何者なんだろう、このジョン・ゴッドさんは。不思議な人だ。


 町にいたら、わたしを知る周りの大人は悪い人はいないんだけれど、わたしを知らない大人たちには、やっぱり用心する必要があって、常に心穏やかにいられない。


 油断するな、とは、わたしの知っている大人たちの言葉で、だからこそ、わたしは強くならないといけない。年相応の体で、もっと小さかったら、たぶん今よりもっとしんどい生活を送っていたと思うから。

 たまたま発育がよかっただけで、満足してちゃいけないんだ。


 だからなのか、わたしは、つい言ってしまった。


「ゴッドさん、わたしをここに住まわせてくれませんか?」


 強くなりたいんです。町の人たち、冒険者たちより強く、一人でも生きていけるように。


「家事とか、お手伝いとか、何でもしますから! どうか!」


 ゴッドさんは目を丸くしている。ウイエさんもビックリしていた。


「いや、フォリア。何を言ってるの!?」


 当然、そういう言葉も出るとは思っていた。でも、わたしは町にいたのでは、中途半端になる気がしてならなかった。


 厳しく自分を鍛えなければいけないと思っていても、周りが甘やかしてくれる場面が多々あって、それにすぐ頼ってしまえる。そういう環境は、独り立ちを目指すわたしには毒になる気がする。


 ゴッドさんはわたしのことを知らないし、何の関係もない。たぶん甘やかさない。でもこの魔境で生き抜くような人だから強い。騎士でも魔術師でも、強い人のところに弟子入りして、自身を鍛えるという風習があるのは知っている。


 わたしにとって、そういう師匠は、このゴッドさんだと思った。何も知らない子供だって自覚はある。だからこそ、こういう出会いは逃してはいけないと思う。


「いいだろう」


 ゴッドさんは少し考えて、でもあっさりと頷いた。……あっさり認められてしまった。


 正直に言うと、拒まれるか、渋い顔をされると思っていた。そこからどこまで食いさがれるか。必要なら土下座でもするつもりだったけれど、ゴッドさんは表情少なく、でもしっかりわたしを見据えた上で、了承した。

 やっぱり、拍子抜けした。


「いやいやいや、駄目でしょう!」


 ウイエさんが横から言うのだ。


「まだ会って間もないのに、住みたいって! 年頃の娘が、見知らぬ人の家に住むって、何があるかわからないでしょう!?」

「ゴッドさんは、そういう人ではないと思います!」

「思いますって……、そんなのわからないでしょ」


 ウイエさんは反対した。まるで、子供に言い聞かせるお母さんみたいなことを言っていると思った。わたしのお母さんはもういないから、こういう風に言われる日が来るとは思っていなかった。


 でもわたし、決めたんだ。これは、譲る気はない。

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