第4話、神の住まう魔境の隠れ家


 魔境に入って、奥の方に家を作ろうと思ったのは、雑魚を寄せ付けないためだ。

 何でもこの世界では、人間の住む町などの外には、盗賊などが、自然の魔獣などと同じように出没し、襲撃や略奪をしているそうな。


 私が本気を出すまでもなく、人間が私に勝てるわけがないのだが、身の程知らずが襲撃してきたり、せっかく作った家を壊されたりしてはたまらない。

 だから、人間の雑魚――盗賊などがちょっかいの出せない場所に家を作ろうとしたわけだ。


 かといって、完全に人間を拒絶しているわけではなく、話せるのなら交流は構わない。少なくとも、魔境の奥の方に入れる実力者は、ちんけな盗賊ではあるまい。魔境に金目のものなどなく、魔獣の素材や鉱石、貴重な薬草などを目指してくる者は、盗賊や略奪者ではない。


 ということで、魔境にきた早々に、私は拠点となる家を作った。森林を彷徨い、直感的に気に入った場所を見つけて、作業を開始。


 斜面であったが、そこにあった木を変換で取り除き、土や岩も変換し、水平に整地しつつ、重量物にも耐えるよう地下からしっかり作った。

 知識の泉で、様々な異世界の様式を取り入れて、自由に組み立てた。


 石材と木材を組み合わせた斜面部を含めた地下。1階は石材で強固な外壁を演出しつつ、2階と3階は一部ガラス張りにすることで、開放的かつ外の日差しを中に取り込もうという設計。異世界風の豪邸風に仕上げてみた。


 大自然に囲まれて、家にいながら森を感じられるようにした。

 暮らしていくにあたって、必要な家具や設備を、知識の泉の補助を受けて導入。魔獣対策の聖域化も家の周囲にかけたので、侵入したり、ガラス窓めがけて突っ込まれるという事態は起きない――はずだ。

 閑話休題。


 フォリアとウイエ、冒険者と名乗る二人を、私の森の隠れ家に案内した。


「大きい、ですね、近くで見ると」


 フォリアなどは終始感嘆しっぱなしだった。無理もない。異世界様式の建築を取り入れたそれは、この世界には存在しないだろうから。


「2階が透け透けだわ」


 ウイエが、私を見た。


「あの透明な壁は何?」

「ガラスだよ」

「ガラス!? 嘘、あんな透明のガラスなんて見たことがないわ!」

「そうなのか?」


 ガラス自体は、この世界にも存在するというのを知識の泉で仕入れていたのだが。透明の、という言い方から察するに、この世界のガラスは色がついているとかなのだろう。


「あなたって、ひょっとして貴族なの、ジョン・ゴッド?」

「いいや、貴族ではないな」


 神だ。というわけで、中にご案内。私たちが入り口から入ると、パッと明かりがつく。2階から光が差し込むが、1階は薄暗いのだ。


「わっ!? い、いま、勝手に光が!」


 フォリアがビックリした。ウイエが目を丸くする。


「照明の魔道具?」

「……まあ、そんなところだ」


 我が家の明かりは光灯だ。ガラスの奥に光を発する石が仕込まれていて、家の各所に通してある電線から、電気を通すと光るようになっている。


 私は、彼女らを2階に誘った。そちらはガラス張りの壁から入る光で、昼間は光灯は必要ない。くつろぎのソファーやテーブル。壁際には飾りの暖炉があり、ゆったりとした気分になる。私はそこで昼寝をするのが好きなのだ。他には簡易キッチンと冷蔵庫がある。


「――ウイエさん、やっぱりここ、お貴族様のお屋敷ですよ」


 すっかり萎縮している様子のフォリア。魔術師であるウイエは、キョロキョロと周りを見回した。


「ずいぶん広い家だけれど、他に誰か住んでる?」

「いいや、私だけだよ」


 広いといっても、この世界の一般的な貴族のそれに比べたら小さい。何せ使用人などがいないから、むやみやたらに部屋を増やす必要はないし、豪邸風であってあくまで自己満足の代物だ。他者に見栄を張ったり、競ったりするようなものではない。


「さあさあ、ソファーに座ってくれ」


 話が進まない。


「うわ、フカフカ……」


 ソファーの感触を確かめるようなフォリア。ウイエはそれを慎重に確かめたが、テーブルの反対側に私が座ると、背筋を伸ばした。


「改めて、助けてくれてありがとう。正直に言って、まだちょっと困惑しているんだけど、あなたのおかげで、私もフォリアも生き延びることができた」

「ありがとうございます、ゴッドさん」


 フォリアも行儀よくお礼を口にした。……別に助けようと思ったわけではない。ドラゴン崩れが、私の平穏を脅かしたから蹴飛ばしただけだ。


「それで、魔境には薬草を探していると言っていたな。この深部の情報が欲しいとも」

「ええ、そう」


 ウイエは真顔だった。


「さる事情から、必要な薬草――アフスロンというのだけれど、知ってる?」

「さて、知らないな」


 後で知識の泉で調べてみるか。


「それが、この魔境にあると?」

「伝承ではそうなっているの」


 ウイエは、彼女の家に伝わる伝承とやらを語り出した。神の流した涙が形になった奇跡の植物がアフスロンなのだという。

 ……同じ神であった私から言わせてもらうと、何とも胡散臭い伝承である。神の流した涙? いったい誰神が人間世界に涙を落とすのか? がっつり地上に干渉しているが、天界にそんな者がいるか? ……いたな。そういう不心得者を天界から追放するのが私のかつての仕事だった。


 で、話を戻すと、アフスロンの草を使って薬を作れば、不治の病すら取り除くのだという。


「緑じゃなくて青色の草なんだけど……見たことは?」

「……いや、記憶にないな」


 この魔境に住むようになって、まだ日が浅い。近場は散歩がてら探索したが、まだまだ不充分。その非常に出所が怪しい伝承が事実だったとしても、まだ私は目撃していない。


「そっか……。じゃあ、まだまだ探索しないといけないわね」


 ウイエは腕を組んで唸る。その表情からするとそれなりに深刻なもののようだ。先ほどからフォリアが所在なさげなので、私は飲み物とお菓子を用意することにした。


 すぐそこにある簡易キッチンの食器棚からコップを出し、冷蔵庫から出した冷えたフルーツのジュースを注ぐ。トレイに3人分と、ジュースのおかわりを置いて、テーブルまで戻る。

 すっごい、と透明ガラスのコップを見て、フォリアが言った。


「ちなみにこの飲み物は?」

「魔境にあるレモーニという果汁のジュースだよ。運動の後に飲むには悪くない」

「……いただきます。あっ、冷たい」

「冷やして飲むのが乙な飲み方なのだよ」


 丁寧に両手でコップをもって、フォリアはゴクリと一口。


「んんっ! すっ、甘い!」


 ごくごくと、飲むフォリア。


「あぁ! 少し酸っぱいんですけど、甘くてすっきりしてますね! わたし、好きですこれ」

「お口にあってよかった」


 私も一口。それを見て、ウイエもレモーニジュースを口にして、「あら、本当」と驚いていた。


「さて、薬草のことは力になれそうにないが、ここは魔境だ。私とて深部の全てを知っているわけではない。わかっている限りで、情報を提供しよう」

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