第3話、神様、人間とのファーストコンタクト


 この魔境に住むようになって、しばらく。十以上は日の出と日の入りを見送ったと思うが、私にとって時間の経過など些細なものだ。神は時間に緩い。


 今日は何やら、ドラゴン崩れが騒がしかった。おおよそ動く物なら何でも襲う野蛮な生き物だ。

 その癖、自分が最強であるという自負があるらしく、周りの迷惑もなんのそのという態度である。私にとっては鬱陶しい生き物だ。


 だから黙らせるために様子を見に行けば、どうやら人間の一団が魔境の奥深くに入り込んだようで、ドラゴン崩れはそれを獲物にするつもりのようだった。


 ほう、こんなところに人間が入ってくるとは。


 神は――もちろん、神は多種多様だから一概には言えないのだが、私は人間に近い型の神だから、自然と人に手を貸す意識が働いた。

 我らの主神が作りたもうた、自身に似せて作った種族である。贔屓目に見てしまうのも仕方のないことだ。……ああ、本当、私の体が動いたのも、そういう無意識の力なのだろう。


 まあ、私はドラゴン崩れが嫌いだから、構わないのだが。横っ面に蹴りをぶちかまし、生成した光剣で、その命脈を絶ってやった。

 ……神様の作業を邪魔してくれた礼だ。晩餐に並べてやろう。


「――あなたは一体……?」


 お、それは私に言っているのか? 振り返れば、先ほどドラゴン崩れの餌になりかけた娘と、大仰なローブをまとった女がいた。


 ふむ、どうしたものか。思えば、この世界に追放されて、初めての人間との遭遇か。


「私は神だ」


 もっとも、元神様ではあるのだが。


 神と聞けば、人間は驚き、ひれ伏してしまうかもしれない。彼らは信心深く、主神への祈りをよく口にしている。私などは下っ端なのだが、一応神であるわけで、信仰の対象にはなっていたはずだ。


「……」


 何故だろう。物凄く微妙な顔をされた。娘と女は困ったようにお互い顔を見合わせている。


「――神だって。イタい人かしら?」

「――駄目ですって、そういうことを言ったら」


 小声でボソボソという二人。聞こえているのだが……。神の耳をなめてはいけない。

 私がじっと見ていたせいだろうか。女は背筋を伸ばした。


「ええっと、取りあえず、助かったわ。ありがとう」


 感謝を露わにした。うむ、悪い気はしない。


「私はウイエ。見ての通り魔術師で、一応冒険者。こっちは――」

「フォリアです。冒険者、です……っ」


 立とうとして上手く立てないようだった。すみません、とフォリアと名乗った娘が謝った。


「気にしていない」


 私が言えば、ウイエは何ともいえない顔になり、フォリアはおずおずと切り出した。


「あのぅ、失礼でなければ、お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「名前……」


 そこで考えてしまう。天界での名前を地上で使うことはどうなのか、と。何せ追放された身である。基本的に、神は人界に深く干渉はしないものではあるが、私はそのルール外にいるわけで、別に正体を隠す必要はない。

 が、追放ネームを名乗るは、私の性分に合わなかった。


「そうだな。ジョン……ジョン・ゴッドとでも名乗っておこう」


 ジョン神、地上にて爆誕。無名の神だから、そこまで大きな話になるまい。なっても知らん。


 というか、天界を追放された身だが、まだ神を名乗っていいのかと今さら考えてしまう。仕方ない。これまで人と会うこともなかったし、特に会うつもりもなかったから、考えていなかったのだ。


 ヒソヒソ、とまたもウイエとフォリアが小声で話している。


「偽名よね? そこでも神を主張するんだ――」

「ウイエさん、駄目ですって。本当にゴッドさんって名字かもしれないですし」

「いや、名乗っておこうって、完全に本名じゃないわよ」

「しーっ。あまりそういうことを言うのは――」


 気にしていないよ。むしろ、私の方も君たち人間にさほど関心はない。


 ということで、そろそろ家に戻るとしよう。ドラゴン崩れの体を変換。こいつは私の腹を満たす糧となるのだ。


「あっ、あっ、ちょっと!?」

「ん? 何かな」


 呼び止められたので再度、振り返れば、二人は目を見開き驚いていた。


「い、今何をしたの!?」

「何を、とは?」

「魔獣の死体がパッと消えたわ!」


 ウイエが声を張り上げた。ああ、それか。


「あのままだと運びにくいから変換したのだ。必要な時に再構成すれば、肉として食べられるだろう」

「へ、変換……再構成……!」

「ウイエさん、それって凄いことなんですか?」


 フォリアが質問をすれば、魔術師と名乗っていたウイエが手をブンブンと振った。


「物体を別のものに変換して、さらに再構成って! そんなの伝説の魔術師の所業じゃないの! 現代の魔術師でも、変換術なんてマスタークラスでも一部ができるかできないかってくらいで、ここまでのことをした魔術師は存在しないわ!」


 凄いのよ、とにかく凄いの!――とウイエは悶えるように身を震わせた。ふーん、人間ではこれができるのは一握りらしい。そうか、まあ私には関係ないな。


「もういいかね? じゃあ私は行くよ」

「どちらへ?」


 ようやく立ち上がったフォリアが聞いてきた。


「家に帰るんだよ。近くなんだがね」

「この魔境に住んでいるんですか!?」

「そうだが?」


 それが何か? 人が住んでいないのは知っている。


「今、住んでいるって言った!?」


 ウイエが、私に近づいてきた。


「そう言ったが?」

「じゃあ、この辺りのことは詳しいの?」

「どうかな。何でもは知らないとだけ、言っておく」

「私たち、ある薬草を求めて、魔境に来ているの」


 女魔術師は小さく首を傾けた。


「それで、魔境のこの深部についての情報が欲しいの。ちょっとお話を聞かせてくれないかしら?」


 手を合わせるウイエ。その仕草が、どこか神にお願いする時のそれに見えた。これはそうなのか、それならば神の一員だった私も無碍にはできないな。


「いいだろう。立ち話もなんだから、私の家で話をしよう」



  ・  ・  ・



「うっわっ、これが家!?」


 案内したら、ウイエが素っ頓狂な声をあげた。フォリアもまた目を点にしている。


「凄いです。こんな家、お屋敷、見たことないです!」


 私の魔境の隠れ家を見て、二人は驚愕していた。まあ、そうだろう。これは異世界式に、私がいいなと思ったものを取り入れた結果作り出した家なのだから。


 しかし、何だな。人間たちが畏敬の念を抱く様を見ると、神冥利に尽きる気がするのは何故だろうか。

 ともあれ。


「ようこそ、森の隠れ家へ。初めての客だ」

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