第168話 身分証

 「さてドラゴンの話は終わったが、君の友人達に少し話があるのだが良いかな」


 「立ち会っても?」


 「勿論だ」


 何を言い出すのかと思いながらも振り返ると、皆が俺を見ている。

 王家が何を考えているのか知らないが、敵対すれば手痛い被害を受ける事を知っているので、変な事はしないだろう。

 皆に一つ頷き、横に移動する。


 「君達も知っているだろうが、ドラゴン討伐は彼だとの噂が流れている。そしてこれから王家の依頼分が解体される。解体が終わり再びオークションが始まれば、彼以外も注目される事になる」


 やはりそこに気付くか。

 それを指摘するのなら解決策を持っているのだろう。


 「そうなると国内の貴族や豪商は疎か、教会と他国の者達からの干渉を受ける事になる。彼は王妃様の身分証を持っているので、貴族や豪商達は手を出さない。王家の身分証を持つという事は、教会や他国の者も彼に干渉し辛くなる。君達を王家の臣下として迎えたいが、君達にその気がなさそうなので提案がある・・・君達にそれなりの地位を示す身分証を与えるが、交換条件としてドラゴン討伐の必要がある時には、王家に雇われている事にしてドラゴンを討伐してもらいたい。討伐したドラゴンは、王家へ優先的に売却するというものだ」


 「それは俺の持つ身分証と同じで、忠誠を誓う必要もないし何時でも返却可能なものですか」


 「そうなるね。王国の官吏の身分証だが、魔法使いには伯爵待遇扱いで他の者は子爵待遇扱いの身分になる。身分証を悪用しない限り一代限りで与える事になる」


 「何故それ程の厚遇を?」


 「君には判っているだろう。王家や貴族達の抱える魔法使いが成長しても、君達の戦力を越える事はないだろう。その戦力を他国や教会には渡せない」


 「相談しますので暫く待ってもらえますか」


 ブライトン宰相が頷いたので、皆を客間から連れ出してどうするのか尋ねる。


 「どうする、此は貴方達の問題で俺はどうこう言える立場じゃない」


 「中々魅力的な提案だな」

 「王家に忠誠を誓わなくても良いってのが気に入ったね」

 「貴族や豪商達に気を使わなくても良いってのも魅力的だな」

 「でも、お屋敷に連れ込まれたら、身分証なんて役に立たないでしょう」


 「フランは良く判っているな」


 「何度も経験しましたから」


 「その時は覚悟を決めて大暴れすれば良いのさ。騒ぎが大きくなれば相手も無傷では済まないからな。王国の身分証を持つってのはそう言う事さ。陥れて犯罪奴隷にしようとしても、うやむやに処理できないからな」


 「俺はありがたく貰いたいです。あれって貴族用通路を通れるんですよね?」


 「ああ、通れるよ。余り大っぴらにやると、屑な奴等が群がってくるので注意が必要だけどな」


 「強制招集の時に、王家に雇われている事にしてドラゴンを討伐して王家に売るのなら、強制招集より割の良い話なので受けても良いと思います」

 「確かにな、ギルドに強制招集されたら自由に動けないからな」

 「どのみちドラゴンを討伐しなきゃならないなら、稼げる方が良いと思うぞ」

 「リーダー、受けようぜ。警備兵辺りに、当たり散らされなくなるだけで十分だろう」

 「だな、シンヤさん俺達は受けても良いです」


 フェルザンが仲間を代表して答えると、残りの者達も賛同の声をあげて全員宰相の提案を受ける事に決まった。


 客間に戻り、最終確認。


 「ブライトン宰相、先程の言葉以外、王国に命令と言うか依頼はないのですね」


 「勿論だ。身分証を示しても無理難題を押しつけられたなら、副官のところまで知らせてくれれば、悪い様にはしない」


 「全員提案を受け入れるそうです」


 「有り難い。明日にでも係の者を寄越すので、詳しい事を聞いてくれたまえ」


 宰相の言葉を受けて副官が進み出ると、五人の魔法使いに身分証を渡す。

 残りの者にも配られたが、その場で血を落として登録情報に間違いがないか確認をする。

 王国の紋章に青い縁取りと下に星が並ぶ物で、三つ星が伯爵と同等で二つ星が子爵と同等と教えられている。

 但し伯爵待遇や子爵待遇と違い、貴族ではなく官吏としての地位を示す物だそうだ。


 説明が終わると、明日係の者が詳しい事を伝えに参りますと言って宰相と共に帰って行った。


 「此が子爵様様と同等の身分証か」


 「ウィランドール王国役人の身分証だから、貴族も迂闊な事をすれば王家に睨まれるか潰されるので、無茶は言わないと思うよ」


 「いやいや、こんな物を振り回して貴族様と遣り合う気はないぞ!」

 「そうそう、ぶん殴られるのは御免ですから」

 「しかし、王家も太っ腹だねぇ」

 「ランク12で、時間遅延が180のマジックバッグを、ポンとくれるんだからな」

 「これでマジックバッグの容量を気にせずに狩りが出来るぞ」

 「シンヤ、魔道具商の所へ連れて行ってくれ」


 「明日の説明を聞いてからね」


 * * * * * * *


 身分証の管理係から色々な説明を聞き終わると、即行で魔道具商の所へお出掛けだが、各パーティーが全員登録するので大変な事になりそうだ。

 魔道具商の店に近づくと、表の護衛が緊張した顔で店内に何かを告げている。

 まぁ不審な冒険者の群れがぁー、何て言っているのだろう。

 店の前で皆を待たせ、俺一人で護衛の前に立ち身分証を見せる。


 「何か判るよな」


 「承知しておりますが・・・後ろの方々は?」


 王家の紋章入りマジックバッグを見せて「あと五つ同じ物が有り、それぞれに使用者登録と登録者制限を付けたいので、店主にそう告げてくれ」そう言って身分証を護衛に預ける。


 「少々お待ち下さい」と緊張の面持ちで身分証を受け取り店内に消えた。


 「なる程なぁ~、そうやって使うのか」

 「なかなかお勉強になるな」

 「でも、疑ってくる奴に渡すと返さなかったり、偽物だと難癖を付けられますからね」


 「フランは、相変わらず心配性だねぇ」


 「えぇ、シンヤさんと何回か経験していますからね」


 「まぁね。そんな時は叩き潰してきたけどな」


 「それが出来れば良いんですけど・・・」

 「おいおい、大丈夫かよ」

 「警備兵辺りから、偉そうに言われた時だけ使う方が良さそうだな」


 「身分証の真贋の見分け方を教わっただろう」


 「此って不思議よねぇ〈我、ウィランドール王国発行の、身分証の真贋を問わん・・・〉と呟いて魔力を流せば、あ~ら不思議」


 「リンナ、聞こえる様に言わないでと注意されたでしょう」


 先程の護衛が店主と思しき男と現れて一礼する。


 「シンヤ様で御座いますね。お待たせ致しました、お入り下さい」そう言って俺の身分証を差し出す。


 「全員入っても良いかな」


 「勿論で御座います」


 昼過ぎで店内に他の客がいなかったので、直ぐに使用者登録と登録者制限をしてもらった。

 次々と王家の紋章入りのマジックバッグを出され、店主も不思議そうにしている。

 当然だろうな、ランク12-180のマジックバッグが五つも出て来るのだから。

 全員の登録が終わったので、俺も未登録の一つを差し出したが店主が硬直している。


 「あのぅ・・・此は?」


 「ん、王家から貰った物だが何か?」


 そう答えると「はぁ」と気の抜けた返事が帰って来た。


 「シンヤ、それって私達のと違うわよね。あんたも同じ物を持っているでしょう」


 アリエラって、こういう事は見逃さないよな。


 「これは以前貰った物だよ、討伐の時に貰った物はそのうち役に立つだろうからしまっておくよ」


 キンキラキンな刺繍が施された、王家の紋章入りマジックバッグを捧げ持つ様にして、使用者登録と登録者制限を付けてくれた。

 六個のマジックバッグの登録料金貨六枚、高級品だと高いねぇ。

 店主の最敬礼に見送られて店を出ると、女性陣から質問の嵐。


 「シンヤちゃ~ん、そのマジックバッグって私達のよりお高いのでしょう」


 「貰い物だから値段は知らないけど、多分最高級品だと思うな」


 「私達のとどう違うの?」

 「容量はどれくらいなの?」

 「あんたって、マジックバッグを幾つ持ってるのよ?」


 「自分で買った物より貰った物の方が多いかな」


 「さっきの奴はどれ位入るの?」


 「ん、同じランク12だよ。時間遅延が倍だけどね」


 「ところで、ドラゴン討伐の時に狩った野獣が有るんだが、王都のギルドはドラゴン解体で忙しいのだろう。持って行って買い取ってもらえるのかな?」


 「明日にでも行ってみようか、ギルマスに尋ねてみるよ」


 * * * * * * *


 各パーティーのリーダー達と冒険者ギルドに出向き、ギルドカードを示してサブマスを呼んでもらう。


 「なんだ、ゾロゾロと珍しいな」


 「紹介しておくよ。俺と共に例の討伐に行っていた、五つのパーティーのリーダー達だ」


 それぞれがパーティー名と名を名乗りご挨拶。


 「紹介だけじゃないだろう。用件は何だ?」


 「クリムゾンスネーク迄は規約として、タンザにも権利がある。ドラゴン討伐は王家の依頼で彼等と共に討伐していたんだ」


 「ちょっと待て! それじゃお前達も・・・」


 「サブマス、声が大きいよ」


 「おっ済まねぇ。上の会議室に来てくれ」


 誰も二階に上がらせるなと受付に言いつけ、階段を駆け上がるサブマス。


 「お前達もドラゴンを・・・」


 「サブマス、気が早いって。ドラゴン討伐は王家の依頼だと言っただろう。ドラゴン以外の野獣は俺達の獲物なんだが」


 「奥地に行ったのなら大物だよな」


 「当然だよ。ドラゴンの解体で忙しいと思うけど、引き受けてくれるかな」


 「それは問題ない。野獣の買い付けはするが、解体はドリバンやハインツのギルドに運んでやってもらっている」


 「討伐者の名前は出ないよな」


 「ああ、買い上げた以上・・・奥地のやつならオークションに・・・なるが」


 「サブマス、オークションの予定価格より安くても良いぜ」

 「買い叩かれないのなら、討伐者が俺達と知られない方が良いからな」

 「今までも討伐者不詳なんだろう。解体係に口止めをしてくれるんだろう」


 「ちょっと待ってくれ。俺の一存じゃ無理だから」


 ドカドカと足音高く出ていったが、すぐに足音が消えたのでギルマスの所へ行ったな。

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