第149話 荒ぶる雷神の怒り

 しかし、倒れているゴブリンだけで16頭もいて、深追いは禁じたので逃げたのも多かったし、こんな大きな群れが王都近くにいたことにビックリだ。


 〈嘘ッ〉

 〈治癒魔法だ!〉


 ふむ、ゴブリンで怪我の治療は手慣れてきて、あっさり三人の怪我を治してしまった。

 無事だった三人も軽傷だが序でに治せさる。


 「見たところGかFランクに見えるけど、この数のゴブリンと遣り合うのは無謀だろう」


 「初めは八頭の群れで、同数だから狩れると思っていたんですが」

 「リーダーの命令で俺達だけで狩りを始めたんですが」

 「直ぐ近くに別な群れがいて、騒ぎで合流したんです。そしたらリーダーと奴の弟が逃げやがりました」

 「日頃Dランクと威張っていたリーダーとEランクの奴が逃げたら、数で負けているのに・・・」

 「日頃偉そうにしている癖に、魔法で蹴散らせば良いのに速効で逃げやがったんですよ。名乗り遅れましたヤザンです」


 「そりゃー災難だったな。模擬戦に持ち込んでも勝ち目がなさそうだが、泣き寝入りをするのか?」


 「力ずくじゃ勝てないので、ギルドに帰ったらパーティーから抜けます!」

 「と言うか、パーティー解散ですよ! 解散理由は仲間を見捨てて逃げたって触れ歩いてやります!」

 「食堂で大声で罵ってやりますよ」

 「あの~う、もしかしてシンヤさんですか?」


 「そうだけど、何処かで会ったかな」


 「いえ、でも王都の冒険者ギルドでは有名ですよ。猫の仔とフォレストウルフ二頭を従えているって」

 「タンザの強制招集と、ハインツの強制招集で大暴れをしたって」

 「ダラワン村でしたっけ、サブマスを脅したって噂になっていました」

 「Aランク何ですってね。憧れます!」


 ちょっ、虫唾が走るから止めて欲しいぞ。


 「俺達は王都に帰るところだが、どうする」


 「ゴブリンの魔石を抜き取らないんですか?」


 「それはあんた達に譲るよ」


 「あのぅ、急いで魔石を抜き取るんで、王都まで一緒に帰らせて貰っても良いですか」


 二人ほど青い顔をしているので、頷くとそれぞれ手分けして魔石の抜き取りを始めた。

 閉門前に何とか王都に辿り着いたので、ギルドに直行してパーティーの解散を報告すると息巻いている。

 しかし、逃げたリーダーが雷撃魔法使いで、パーティー名が〔荒ぶる雷神の怒り〕って、ちょい中二病を発症しているのかな。


 俺もザンドラで売り損ねた野獣がマジックバッグの中に有るので、ギルドへ同行する。

 ニーナが珍しそうにキョロキョロしながらついてくるので、ミーちゃんを護衛として預けておく。

 ミーちゃんには、ニーナが嫌がることをする奴は引っ掻いてよしと言っておく。

 閉門前に帰って来たので解体場も順番待ちになっていて、俺達が列の最後尾に並ぶと先客がジロジロと見てくる。

 その中には、下卑た笑みでニーナを舐める様に見てくる奴がいて、ニーナも嫌そうに俺の後ろに隠れる。


 ちょいと脅してやろうと想ったが、王の威圧や眼光はニーナに恐怖を与えてしまうので使えない。

 どうしてくれようかと考えていると「久し振りだな」と声が掛かり、解体係の親父がやって来る。


 「今日はどれ位だ?」


 「ザンドラで売り損ねた奴がそこそこ有るんだが」


 「判った、奥の広い所で出してくれ」


 親父に手招きされ、ニーナの手を引いて歩き出すときっちり文句をつけてくる馬鹿。


 「よう親父、小娘を連れた小僧を俺達より先にするとは舐めとるのか。己も何をしれっと雌ガキの手を引いて、俺達より先に行こうとしているんだ糞がっ」


 「見たところDランクかな。ホーンボアかワンちゃん程度を狩って意気がるなよ」


 「てめえ~、俺達に喧嘩を売っているのか」


 「モテないおっさんが、小娘に色気を出して気色悪いんじゃ! こんな所で伜をおっ立てるとは、ゴブリンそっくりな奴だな」


 〈おいおい、解体場で興奮しているってド変態か〉

 〈小僧に揶揄われているとは情けない奴〉

 〈よう、そこまで言われて引き下がったら王都で生きていけないぞ〉

 〈応援してやるから、模擬戦をしろよ〉

 〈お前も絡むのなら、相手を見て絡めよ〉


 「なんでぇ、俺達が小僧に負けるとでも思っているのか」


 〈プッ、勝つ気でいるよ〉

 〈やっぱりただの馬鹿か〉

 〈知らないって強いねー〉

 〈最近Dランクになったんだろうさ〉

 〈滅多に顔を出さないので、知らない奴も多いからな〉


 「シンヤ、そんなのは放っておいて、早く出してくれ」


 周りの野次に戸惑い、空元気がみるみる萎んでいき俺から目を逸らす馬鹿。

 解体係の親父が示す場所に、マジックバッグから獲物を取りだして並べて行く。


 ブラウンベア 2頭

 キングタイガー 1頭

 ホーンボア 3頭

 ブラックベア 1頭

 グレイウルフ 8頭

 ブラックウルフ 7頭

 ビッグホーン 2頭

 ブラックキャット 1頭

 レッドベア 1頭

 ハイオーク 5頭


 「こんな所かな」


 「相変わらず見事な腕だな。ザンドラでこんなに獲物がいるのか?」


 「ザンドラから少し離れて、西の奥へ行ったからな」


 「だろうな、王都近辺じゃこんな大物は居ないし、いたら大騒ぎになるな」


 ギルドカードを預けて食堂へ向かうが、さっきの馬鹿が俯いて小さくなっている。

 それを周囲の冒険者達がクスクス笑って馬鹿にしていて、少し可哀想に・・・ならないな。


 食堂に行こうとしたら受付の方で何か揉めていて、見ればパーティーを解散だと言った六人と二人の冒険者が睨み合っている。


 「どうしたヤザン、ゴブリンから逃げた腰抜けの二人か?」


 「そうです。逃げたのじゃなく、俺達が勝手にゴブリンの大集団に向かったのを止められなかったと言って、勝手にパーティーを抜けるのは許さないって」


 「あ~、確か・・・荒ぶる雷神の怒り、とか、恥ずかしい名前のリーダーだったよな」


 「なっ」


 「俺が助けに行ったときに、ゴブリンだけで十数頭いたぞ。話を聞けば八頭の群れを討伐しろと命じたのに、新手が現れると仲間を見捨てて即座に逃げたってな。荒ぶる雷神の怒りとやらは使えなかったのか? 雷撃を一発叩き込めば、ゴブリンの20や30程度は蹴散らせる筈だろう」


 〈其奴は無理な話だぞ〉

 〈そうそう、聞いていて恥ずかしくなる長い詠唱としょぼい雷撃〉

 〈そして命中率が悪すぎて使い物にならず、元いたパーティーから放り出された奴だからな〉


 横からの声に振り向けば、野次馬が揶揄い気味に教えてくれる。


 「お前、魔法の手引き書を読んで練習をしたのか?」


 〈法螺話は雷鳴の如く轟くってやつだから、練習なんてするかよ〉

 〈新人相手にベテランぶるのが得意な奴だぞ〉


 「お前・・・案外人気者なんだな」


 爆笑と揶揄いの声が周囲から聞こえてくる。


 〈ひいー、すんげえ皮肉〉

 〈駄目だ、腹が痛い〉

 〈奴は終わったな〉

 〈明日の朝一で、王都から逃げ出すさ〉

 〈口先ではゴブリンも倒せないぞ〉

 〈Dランクって言っても、おこぼれを貰ってのDランクだからなぁ〉


 「シンヤ、査定用紙だ」


 空気を読まない解体係の親父が、査定用紙を突きつけてくる。

 査定用紙とギルドカードを受け取り、そのまま受付に渡してギルドに全て預けると告げる。


 〈ゴールドランク相手に大口を叩くとは、奴は案外大物かもな〉

 〈そりゃー口だけはでかいさ〉


 荒ぶるリーダーは何時の間にか姿が消えていたので、ヤザン達にエールを飲もうぜと食堂に誘う。


 * * * * * * * *


 ニーナの野外訓練を終え、最後の病気治療をミレーネ様に預けてやらせる事にし、序でに良い預け先もお願いすることにした。

 ニーナを伴ってモーラン邸を訪れると、ルシアンが大喜びで迎えてくれる。


 「病気治療の練習なら、宰相閣下にお願いして施療院で出来ますが、預け先となると相手の都合もありますし。ニーナの希望は在りますか?」


 「弟と妹がいますので離れたくないです」


 伯爵様相手なのでヘドモドしながらも、弟妹とは離れたくないときっぱり告げる。


 「そうなるとシンヤの家から、何処かへ通うことになるわね」


 「えっ・・・それは考えていなかったなぁ」


 「魔法使いとの契約は一年単位と定められていますので、ルシアンが此処に住まっていても何れ王都に家を構えさせます。幸い父親が貴方の所に居ますし、治療依頼の報酬でそれなりの家は買えるでしょうから」


 「俺の場合はどうなるのかな?」


 「彼女は貴方のお弟子さんでしょう。契約なんてしていないでしょう」


 「取り敢えず預かっている。って立場ですかね」


 「それなら王国に、いや王家に仕えませんか」


 サロンの片隅で素知らぬ風を装ってお茶を飲んでいたバルロットが、話に割り込んでくる。


 「何で口を挟んでくるんですか。魑魅魍魎の巣くう王城勤めなんてさせたら、三日で儂の嫁にとか妾にしてつかわすって馬鹿が湧いて出ますよ。それに、ニーナは此れから病気治療の練習です」


 「施療院なら、宰相に連絡して何時でも利用できますよ。それに王家も魔法使いとは一年契約と改めていて、優秀な者を入れ進歩のない者は契約を解除しています。シンヤ殿が後見人になり、王家と契約してもらえませんか」


 「先物買いですか」


 「先物・・・とは?」


 「優秀と認めた者を一人前になる前に手に入れる事です」


 「シンヤ殿の住まいから王城に通われたら良いではないですか」


 「その話はニーナが一人前になってからしましょうか。施療院とやらを紹介して下さいよ」


 「ミレーネ殿に連絡を入れますので、シンヤ殿の都合の良い時に」


 「一つ聞いても良いかな」


 「何なりと」


 「俺がこの屋敷を訪れるときに都合良く居るけど、何故かな」


 「それは勘ぐりすぎです。私も命は惜しいのでね」


 「此処は殿下の暇潰しの場所になっていますの」


 「変な貴族や豪商の所へは行けませんし、ミレーネ殿の所なら母上も煩く言いませんので」

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