第150話 ドラゴン見物
ミレーネ様から連絡を貰い、ニーナを伴って施療院へ向かった。
施療院では院長と名乗った男に迎えられて病室に案内されたが、想ったより重病人といった雰囲気の者は居ない。
ミレーネ様の配下となり、ルシアンの片腕として鑑定係を務めている男は俺を見て黙礼して、今日はニーナの為に病人の鑑定をしてくれるそうだ。
何れの病人もニーナが最低の魔力で治療すれば治る様な者ばかりで、重病者はいなかった。
案内の女性に尋ねると、魔法の手引き書が公開されてから治癒魔法師の腕が上達し、重病人は少なくなったと教えてくれた。
ただ、施療院でも治せない者も少なくなく、今日は症状の軽い者をお願いしていると言うので、重病者のところへ案内してもらう。
鑑定使いの男が状態と場所をニーナに伝えると、ニーナが治療し改めて確認しニーナに伝え、完全回復をしていないときは改めて治療をする。
二人三人と一度の治療で治らなければ、次からは魔力を増やして治療して、粗方の重病者を治したところで「これ以上は無理です」と言いだした。
フラフラなので、もう少し早めに見極めろと注意して終わりにして、翌日改めて来ると告げて家へ戻った。
ニーナを見送ったアランナは、ルシアンの事を思い出していた。
同じ様に若い治癒魔法師だったが無類の腕を見せ、重病者を次々と治していった。
今回は王家の監視もなく気楽に案内出来た。
補助をする鑑定使いも優秀で、若い治癒魔法師も最初は余り馴れていなさそうだったがその腕は見事で、慣れてくるに従って重病者を一回で治して行くのには以前の治癒魔法師を思い出させた。
彼女に連れ添っている若い男は治癒魔法師には見えなかったが、ニーナが全幅の信頼を寄せていて、彼の言葉少ないアドバイスに素直に従い次々と重病者を治していった。
今回は彼等が帰っていった後で王家の使いの者が来て、彼等の治療の状態を詳しく尋ねられたので、王家も注目している者だと判った。
ニーナは二日間でほぼ全ての重病者を治して帰って行き、新しい世代の腕の良さに嫉妬すら覚えたアランナだったが、自分も精進せねばと魔法の手引き書を読み返し何処が違うのかと考える。
* * * * * * *
「どうだった?」
「重病者は全て回復しました。後は施療院の治癒魔法師に任せておけば十分かと」
報告をして下がる男の姿が消えるまで、黙っていた国王が口を開く。
「やはり、あの男の教えを受けた魔法使いは一流になるな」
「それも超一流の魔法使いです。私も彼に師事したいものですが、軽くあしらわれてしまいました」
「シンヤの話が本当なら・・・いや本当だろうから魔法使いの水準を上げておかねばならない」
「此の国を、ドラゴンやそれ以上の野獣が襲うのでしょうか」
「それは何とも言えないな。雪を頂く山々を背にする国は九カ国、何れの地に厄災が訪れるかは神のみぞ知る所だろうが、万が一に備えて準備だけはしておかねばならない」
「他国へは?」
「伝えはしたが、果たして信じるだろうか。あの巨大なドラゴンを目の当たりにしてすら、甘い考えのモリスンを見てみろ」
「兄上は、巨大なドラゴンが討伐されたのだから大丈夫だと笑っていました」
「多くの貴族達も同様だろうな。あれはシンヤだからこそ討伐出来たのだが、あの魔力量や多数の魔法を授かっていると教えても信じはすまい」
「では、万が一我が国に現れたら、討伐依頼は彼等にすることになりそうですね」
「ああ、それと彼等が魔法の手ほどきをしている者達にもだ」
「報告では彼等ほどではないにせよ、魔法部隊の上位者にも劣らないそうです」
* * * * * * *
ミレーネ様にニーナが成人するまで預かってもらう事にして、俺は花蜜を求めて花盛りの草原に向かった。
王都周辺で三日、ハインツに向かいながら三日ずつハニービーに花蜜を集めてもらい、それぞれの巣に負担がかからない様にする。
三週間程で蒸留水を入れる中瓶18本を収穫できて、在庫の9本と合わせて27本なので満足して王都へ引き返した。
王都の出入り口は何時もより混雑していて、貴族用通路も貴族や貴族待遇の豪商達の馬車と護衛でごった返している。
こんな時は馬鹿が湧いて出るので気が重いが、馬車列の最後尾に並んで待つ。
一般通路に並ぶ者達からは、貴族の護衛達の最後尾から少し離れて立つ俺や、RとLが珍しいのかジロジロと見られて恥ずかしい。
今日は流れが遅いなと思っているところへ、後続の馬車が進入してきて俺の後ろで止まったが、護衛の騎士から怒鳴られる。
〈小僧! テイマー風情が貴族用通路に立つな!〉
やっぱりこうなるのかとウンザリしながら振り向き、馬上で赤鬼の如くふんぞり返る騎士に王妃様から預かる身分証を見せる。
〈何だ、それは? そんな物をちらつかせて・・・〉
〈おい、止めろ!〉
〈煩い! テイマー風情が・・・〉
〈何を騒いでいる!〉
〈はっ隊長。この小僧がですね・・・〉
〈馬鹿! 身分証をよく見ろ! それでなくとも、この通路に並ぶにはそれなりの資格が要るんだ!〉
それを聞いて隊長と呼ばれた男が俺の前にやって来ると、肩に乗るミーちゃんと左右に控えるRとLを見て敬礼する。
「シンヤ殿とお見受けする。部下が失礼致しました!」
「確かにシンヤだが、何方の馬車かな」
「エルザート領ホルムの領主、ハインツ・リンガン伯爵様の護衛隊長を務めています。部下が大変失礼を致しました」
馬から下りて頭を下げるが、リンガン伯爵か。
タンザス街道に通じる南門にいれば出会っても不思議じゃないな。
「伯爵様は息災かな。部下の方は、相変わらず伯爵様の権力を後ろ盾に言いたい放題の様だが」
「はっ、教育が行き届かず申し訳ありません」
「冒険者虐めを続けると、王家と冒険者ギルドの取り決めを蔑ろにすると問題になりますよ」
警備兵が何事かとやって来たが、俺の顔を見て「お通り下さい」と言ってくれたので、リンガン伯爵に宜しくと言って背を向けた。
但し、心の中では煩くすると酒蔵を空にするぞと罵っておく。
後ろでは先程の隊長と名乗った男の「この馬鹿が! 此処を何処だと思っている!」と怒なる声が聞こえてきた。
警備兵の後に続いて歩き出すと「シンヤ」「シンヤさん」と声が掛かり、振り向けばエイナやリンナ達が手を振り、その後ろには火祭りの剣のフェルザンやコラン達も居るではないか。
彼等を待って王都の俺の家へ案内したが、余りの大きさに驚かれたが中に入って二度ビックリ。
「此れだけの大きさの家にタダで住んでいるのね」
「大邸宅なのに、シンヤさんは四部屋だけですか」
「こう、立派な部屋でデンと構えているんじゃないのかよ」
「なんか、立派な家なのに貧乏たらしいぞ」
「まぁ家を貰ったけれど維持管理が面倒なので、モーラン伯爵様のお世話になっているってところかな」
家令のムラードとマークスを紹介して、それぞれに空き部屋をあてがってもらったが、俺の居間に屯することには変わりない。
ドラゴンを見に行くぞと煩いので、明日マークス達に案内させると言って落ち着かせる。
「焦らなくても、冒険者はギルドカードを見せれば優先的に入れてもらえるぞ」
「あれっ、マークスは見てきたの?」
「ああ、あんな物を討伐しよう何て奴はただ者じゃないな」
「普通の神経じゃ、あれを見たら逃げ出すな」
「それを殆ど傷付けずに討伐しているんだぞ。人の成せる技じゃねぇな」
「ドラゴン以上の怪物だったりして」
「違いない。未だに討伐者が名乗り出ないってのは、人前に出られない面構えだと専らの噂だからな」
「それで、ドラゴンスレイヤーでも、王家が貴族に取り立てないそうだ」
何か凄い謂われ様だけど、素知らぬ風をしてお茶を飲むが、エイナがチラリと俺の顔を見て何やら考え込んでいる。
* * * * * * *
一夜明け食堂が手狭になるくらいに人が増えたので、食事の時はメイド達が大変そう。
スープは寸胴で、肉やパンも大皿で置きそれぞれが小皿に取る様に変更してその場を凌ぐ。
ドラゴン見物と魔法大会を見学したらエムデンに帰ると言うので、魔法大会に出ないのかと尋ねると、他の魔法使いがどの様に魔法を使うのか興味が有って見に来たんだと言われた。
「下手に名を売ると、後々面倒な事になりそうだしね」
「シンヤさんのお陰で稼ぎに困っていませんので、無理に出場して賞金稼ぎをする必要もないですし」
「コランが獲物を吹き飛ばし、弱ったところで襲い掛かれば討伐も楽ですから」
「稼ぎが良くなって獲物用のマジックバッグも買えたので、急いでギルドに帰る必要もなくなったし」
「でも、冒険者になったのなら、一度はドラゴンを見るのは夢ですから」
「討伐したいとは思わないけど」
「いやいや、無理むり。コランが腕利きでも俺は逃げるね」
朝食後、マークスの案内でサラディン広場を抜けて冒険者ギルドの方へ向かう。
途中にテラノドラゴンの絵姿の看板と矢印が有り、矢印に沿っていくと壁面に各種ドラゴンが描かれ、出入り口には警備兵が立つ建物が目を引く。
いやいや、ちょっとやり過ぎじゃないかと思うが、開館前の行列では壁面のドラゴンを見てワクテカ顔の人々。
壁面にはドラゴンの絵姿と共に館内案内図まで掲げられていて、相当稼いで・・・混雑していると思われる。
入り口横に冒険者ギルドのマークが有り、マークスは躊躇いもなくそこへ行き、十数名の冒険者達の列に並ぶ。
鐘の音と同時に一般の入場が始まり、同時に冒険者用の通路もギルドカードを示すと入場が許可されて中へ入る
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